推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 21

 RX-7を見送り、嵐みたいやったな、と思いつつ道の端に寄り、帰宅ルートを検索するため鞄からスマホを取り出した。そう言えば、朝から確認してない。メールもメッセージアプリも、日課のSNSチェックもなにもしてなかった。あかん、溜まってるやつやなあ。
 まずはと一番使用頻度の高いメッセージアプリをひらくと、グループトークを辿るのは後にして、一番下の三井くんの文字に目が止まる。深夜のメッセージと、朝の着信。
『深夜にごめん、起きてる?』
『手紙のことで話がある』
 三井くん、巻き込んじゃって悪いことしたな。その場で折り返すと、ワンコールで三井くんが出た。
「あ、三井くん? ごめん、今気づいて」
「進藤さん! 良かったあ」
「ごめん、ほんまに見てへんかってん」
「そういうこともあるよな。それで手紙のことなんやけど。ごめん、渡せへんかったわ」
 やっぱりか。ほんまに、悪いことしてしまった。他部署の先輩にそう易々と遭遇するなんてことはなかったらしい。
「進藤さん、落ち着いて聞いて欲しい」
「うん、何?」
 分かってるくせに。
「伊達さんが亡くなった」
「……」
「交通事故らしい」
「……うん」
「七日に、運悪く」
「……うん」
「渡せなかったし、もう渡せない」
「……うん、分かった。なんか変なこと頼んでごめん。それシュレッダーかけといてもらってもいい?」
「おっけー。
 なんや、その、間違ってたら謝る。もしかして、このこと知っとった?」
「っ!」
 違う、違う。三井くんが言ってるのは死ぬ未来の話じゃなくて、死んだ事実のことのはず。それでも一瞬勘違いして息を呑む。隠す気あんのか、阿呆。
「……やっぱりか」
「あー、実はネットニュースで」
「……。……そっか」
「連絡できてなくてごめん」
「いや?」
 痛い沈黙が流れる。
「……なんかあったら、また頼ってくれ。今度こそ達成すっから」
「そんな責任感じんといてや。でも、ありがと」
「そういうんちゃうよ。進藤さん溜め込むタイプやん。心配くらいさせてや」
「そんなことないけどなあ」
 心配されてたんか。三井くんは相変わらず優しいなあ。
「図書委員の時もそうやん。みんなが投げ出して帰った本の整理ぼっちでやっとったやろ」
「あー」
「朝倉と俺が見つけて手伝った」
「その節はお世話になりました」
 それがきっかけで三井くんと時々話すようになったんやっけ。懐かしいなあ。
「ちゃんと頼ってな」
「はあい」
「言質とったで」
「えー」
「えーちゃうわ。絶対頼れよ。そんじゃな」
 三井くんは頼れるシスコンやった。思いの外強い捜査二課のパイプができたっぽい。



 しばらくして無理矢理仕事の合間で戸籍謄本を取って零さんにそのことを報告したら、その夜には電話がかかってきた。だからその時間どうやって錬成してんの? なんのために入籍を四月に設定したと思ってんの、零さんが合間でちょっとずつ話を進めるためやで。
「次会う時でもいいが、保管場所を教えてくれ。もし仕事でそっちに行く時があれば回収しておく」
 なるほどそれなら私が仕事中でも大丈夫やな。
「了解しました。では本棚の一番上にファイル置いときます」
「分かった。あと引越しの話だが、とりあえず三つピックアップしたから、今度内見に行って決めてくれ」
「私が最終決定していいんですか」
「悠宇の部屋だろ」
「まあ、一応そうですけど」
「勿論どれも気に食わないならそれで構わないからな。変に遠慮はするな」
「了解です」
 推しが優しい。三択から決めてやる。絶対にだ。……家賃、大丈夫かなあ。ここ一年で随分散財が捗っている。東都訪問然り、キックボクシング、飲み会エトセトラ。節約していたとはいえ、ゆとりがあると言いづらい懐だ。年度の切り替わりで引越しも高くつきそうやし。
「言い忘れていたが家賃は気にするなよ。払わせる気はない」
 思考を読まれたみたいでびびるわ。
「私の部屋ですよ」
「でも僕のセーフハウスでもある」
「せめて折半!」
「却下。むしろ手間がかかる」
「さすがに私も社会人ですし……」
「けど今までより職場から遠ざかって負担が増えるのは君なんだ」
 尚もせめて折半をと食い下がる私と僕が払うという零さんの仁義なき家賃戦争を制したのは、当然のように零さんだ。内見の際に家賃を隠させるという暴挙である。解せぬ。
「それで、都合のいい日はいつだ?」
「次の日曜か、その次の土曜か」
 参加必須でない飲み会に参加するのをぱたりとやめたため、随分時間にゆとりができるようになった。酒などという理性を緩ませるものを信頼できる人以外の前で積極的に摂取するのは好ましくない。職場では珍しいな、と言われる一方で旧友にはなぜか喜ばれた。特にオタ友はここぞとばかりにハマっているジャンルのプレゼンを行う始末だ。でも悪いけど私の推しは変わんないかんな?
「分かった、そのままあけておいてくれ。時間と場所が確定したら連絡する」
「はい」



 日曜に担当の柔和な中年男性に連れられて三つの物件を回った。この人も協力者かなんかなんやろな。こういう物件を斡旋する口の堅い人。防犯カメラは当然として、玄関どころかエレベーター、エレベーターホールのトリプルオートロック。エレベーターが居宅の階にしか止まらないコンシェルジュがいるマンション。それから生体認証の最新型。
 悩んだ結果、最初のトリプルオートロックにした。鍵は複製やピッキングが困難なタイプやし、立地や間取りも一番いい。防音もしっかりしている。コンシェルジュが不穏分子だと一発でアウトなのに油断してしまいそうやし、生体認証はまだ認証ミスも少なくないと聞く。零さんが選んだものだから大丈夫と思いたいが、そもそも手を怪我したり変装してたらどうするのという話もある。選んだ部屋は1人で住むには広すぎる築年の浅い1LDKだ。三口コンロの対面キッチンとウォークインクローゼット、それから足を伸ばせる浴槽。当然のようにバストイレは完全別だ。……家賃、無理やわ。給料のほとんど吸い取られるやつやろこれ。嬉しいような悲しいような。
 内見したの部屋自体は既に入居予定の人が居るとのことで、実際に住むのは同じ間取りの高層階の角部屋になるらしい。そこの現住人が退去後に引越す形になる。入籍する日の週末に引越しをして、月曜に有給を取って各種手続きを一日で行う計画となり、着々と準備が進んでいく。引越し業者も零さんが手配することになった。公安の潜入捜査官という身分が明かされた以上、信用出来る人材の選択は任せるしかない。少しでも自力でなんとかしたいが、どうにもうまくいかずに歯噛みすることになった。
 降谷という珍しい苗字を病院という開けた場で晒すのは悪手と判断したため、職場では旧姓を使用できることは確認済だが身分証明書はそうはいかないし、手続きは平日の昼間だ。……これで入籍日が大きくズレたら休み取り直しやな。しゃーないけど。
 家具選びも必要だ。せっかくマットを買い直したが、今度こそダブルベッドに新調することにする。カーテンなども考えなければならず出費は嵩むが、模様替えなどを考えるのは好きなタイプだ。三月は週末に一人で家具屋巡りをする計画を立てた。目の前にタスクがあると前を向けるので、正直に言うと助かっている。
 鬼籍に入った伊達さんのことは言うまでもなく、その上どんどん工藤新一がニュースなどに取り上げられるようになって原作開始が迫っていることを意識せざるを得なかった。



 その日は珍しく昼休みに電話がかかってきた。いや、珍しいどころか平日のこんな時間にかかってきたのは初めてだ。人気の少ない所へ早足で向かいながら通話を開始する。
「もしもし?」
「僕だ。今晩時間はあるか?」
「仕事後でよければ」
「何時くらいに終わるか分かるか?」
「予約少ないし──六時半くらいに切り上げられると思います」
「七時半には家に着けそうか」
「はい」
 だったら、とゆとりを持って八時に待ち合わせで指定されたのは家から自転車で十分ほどにあるコーヒーショップだ。
「そこに戸籍謄本を持ってきてくれるか」
 是の返事をして通話を切ったが、敢えてそこを指定された理由はよく分からなかった。今までの流れなら私の部屋はある程度問題ない空間と思われているらしいにも関わらず、そう遠くない場所で会う意味は。うちのマンションでなんかあったっけ。それとも私の部屋か?
 帰ってめっちゃ確認したけど凡人の私にはなんも見つけられなかった。疲れた。

 二十時前、飲み物を手にしてなんとか確保した隅の二人席の壁側に座って、出入りする人に注意を払いながら相手を待った。
 キャラメルラテが飲みやすい温度になった頃、見覚えのある姿を認めた。見覚えと言っても、一方的なものだ。
 まじか、風見さんやん。
 ガン見する訳にもいかず、本を読むフリをしながらも全意識は警視庁公安部風見裕也その人に集中している。コーヒーを注文して、店内を見回す。傍から見れば、席を探す人だろう。特段変わった挙動でもない。それから無表情のまま真っ直ぐこっちに来て、目の前の空席に収まった。
「……」
「……どうも」
 目が合って、なんとなく気まずくて愛想笑いをする。
「進藤さん」
 名前を呼ばれて、認識されていることが確定する。
「……はい」
「こういう者です」
 私にだけ見えるようスーツに隠して警察手帳が示される。斎藤さんみたいやなと思った。
「上司の代わりに書類の受け取りに参りました。今後もそういった機会はあるかと思いますのでお見知り置きを」
 そういう意図であればここを指定された理由も説明がつく。
「そうですか。了解しました。でもそういう連絡は……ちょっと、失礼」
 一言詫びてスマホを見る。メールも着信もなし。うん、微妙。そもそもそういうつもりでここ指定なんやろし、このタイミングで連絡がなくてもそんなもんか。
「んー、このまま渡すと警戒心が足りないって叱られちゃいそうなんですよね。一応、質問しても構いませんか?」
「……どうぞ。答えられるかは分かりませんが」
 探る目付きに苦笑いになる。
「お渡しするものが何かご存じですか?」
「はい」
「何に使うかご存じですか?」
「はい。証人の欄に記名したのは自分です」
「……それは、ご迷惑おかけしました」
「いえ」
 風見さんがずれてもいない眼鏡を押し上げる。予想の範囲内とはいえ、なんか申し訳ない。パワハラに屈しないでください。裕也務まってるよーって叫びたいけどこれ公まだ起きてないんだったわ。
「そう言われちゃ、大人しく渡すしかないですね。サインありがとうございます」
 トートバッグから茶封筒を出して差し出す。
「よろしくお願いします」
「……確かに受け取りました」
 それでは、と言いたいところだろうがコーヒーを飲まずに出るのはやや不自然。零さんは何狙ってここにしたの、タイムロスあるやん。ごめんねかざみん私にはどうすることもできないよ。
「……お忙しい中ありがとうございます」
「いえ」
「……」
 あまりに陳腐な言葉で、会話は膨らまず無意識に腕時計を撫でる。癖になりつつある行為に、特別感が出て良くないなと手をカップに移動させる。
「そんなに見つめられたら飲みづらいです」と肩を竦める。
「失礼しました」
「上司さんのこと、好きですか?」
「唐突ですね」
 片眉を吊り上げて風見さんさんが返事をした。
「どういう人に見えているのか気になりまして」
「尊敬する上司ですよ」
「そうですか」
 僅かに眉を顰めて迷う素振りに、少し考えて羽場二三一の実態を知らないんやったなと思い出す。それでもこの人は降谷零に忠実だ。実はまだ飲み込み切れない程度には最近の話なんかなあ。当たり障りのない、ぼかした表現で会話を続ける。
「規格外の人ですから、無理無茶得意で振り回されてるでしょう。パワハラされてません?」
 メモを一枚千切りながら問う。
「……いえ、自分が至らないだけです」
「それは肯定ですね。マンションとか提出書類の用意もやったりとかは」
「自分ですね」
「やっぱり。ご紹介いただいたあたりもしかしたら右腕さんでしょうか。度々ご迷惑おかけすることと思いますが、共々これからもよろしくお願いします」
 連絡先を幾つか書いて、主たるものにくるりと丸をつけた。
「ご存知かもしれませんが、必要に応じてご連絡を」
「分かりました」
 風見さんはメモ受け取り、折りたたんでポケットにしまう。
「……あの人とは、いえ、なんでもありません」
「気になります。仰ってください」
「……どういったお知り合いなのかと、思っただけです」
 歯切れの悪い風見さんに、確かにそらそうだわ、なんで大阪の女と繋がりあるんやって思うわなと納得する。私の事調べたやろうけど、生まれてこの方関西圏を抜けたこともないし。
「うーん、そうですねえ。私が旅行中にあの人のお仕事中にばったり会って。それから、ですね」
「職務中にですか」
「ちょっと良くない場面に出くわしまして。あー、もちろん別にあの人がまずかったわけじゃないんですよ。斎藤さんがうっかり、えーと」
 ミスを犯したのを言うのはちょっと悪かったかな。
「斎藤? まさかあの日が初対面ですか」
「分かんないですけどその日じゃないですかね」
 なんやあの日の件は知ってたんか。秘密やったかなと少し思ったけどあの場にいたのは公安関係ばっかやったし、ゼロティーの白バイみたいなのとは違うんかも。スマホ持ってかれてから時間あったし、風見さんがマッハで調べさせられてそうやし。やとすれば真っ先に思い浮かぶのも道理。
 まだ一年ほどしか、と零した風見さんに全力で同意したい。会って一年半、多分付き合って三ヶ月せいぜい、会った数に至っては両手に満たない状態で婚約。うんうんハイペースよね。上司の多忙さを思えばこの辺推測できるもんね。
「あはは、そういうこともありますよね」
「そ、そうですね。失礼しました。人それぞれですし」
 以前からの知り合いで、踏み込むに至って調べさせたと思っていたのかもしれない。私ならそう思うやろうし。
「……お喋りが過ぎましたね。あなた相手とはいえ、叱られちゃいそうです。ええと、甘いものとかお好きですか?」
 笑って話題を変える。
「……そうですね、チョコレートが好きです」
「私もです。バレンタインの百貨店行ったことあります? 戦争ですけど普段買えないものが買えていいんですよね」
「実は、今年も仕事の合間で行きました」
「目当ての物買えました?」
「ええ、なんとか」
 食べ物の話題は素晴らしい。今年限定のチョコで良かったものが聞けて、それは一ヶ月前に知りたかったと悔やんだ。気軽に聞いたけど思いの外ガチ勢やった。

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