推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ #4

 情報収集には気を使う。間違ってもこの家が特定されるわけにはいかない。時に海外のサーバーを経由する。ここまで自由を得れば、オレの水面下での活動は彩の監視下から離れたも同然だ。
 公安と接触を計るかもしれない。組織に探りを入れるかもしれない。家族と連絡をとるかもしれない。どれだって継続的に行うことができる。軽い釘を刺しただけで、彩仁はそれを容認した。
 バーボンはまだ組織にいる。暗躍している。それだけは確かめた。彩に事後報告すると、そうか、と言われただけだった。

 そして有力な『核』候補である女性を探ることになった。
 進藤悠宇。SNSは鍵ばかりで最初は難航したが、高校と大学が分かっていれば特定に時間はかからなかった。いかに本人にネットリテラシーがあっても、周囲は必ずしもそうではない。長らく稼働していないアカウントをピックアップして適当に乗っ取ってアクセスし、閲覧する。
 大学卒業後は資格を活かして大阪の総合病院に勤務しているらしいが、本人の写真はあまり拾えなかったが、とりあえずはまだ独身らしい。果たしてこれは彩にとっての朗報なのか悲報のか分からない。彼氏らしい人物の影はないが、いないとも言えない。朝倉君に探りを入れるのが手っ取り早いと思うのだが、彩の恋心は朝倉君の中では過去になっているので蒸し返したくないらしい。やっぱりまだ好きなんじゃないか。朝倉君が聞いたら喜ぶと思うんだけどな。
 意外とチキンだよな、と呟いて殴られた。

「──以上。特段変わった動きはないかな」
 調査結果をタブレットで見る彩に口頭で補足しながら報告する。
「……そうか」
「どう思う?」
「友達の結婚式でこっちに来てたんやろ。もしそうなら、東京が東都になってることに必ず気付いている。まあ『核』やとして、本気で動くならこの四月からでも来そうなものやけど、今も大阪なんやろ。動く気がないなら、別に構わない。勝負は来年だから様子見だが……」
 来年、か。紗知ちゃんの予知がなくなったのがかなり痛いな。『核』は、その程度はさておき、未来を知っているらしいが、進藤さんがそうだとして。
「進藤さんって、干渉したがるタイプだった?」
「いや。目の前で何か起きない限り、他人の未来をどうこうしようって行動起こすとは思えんな。自分から他人への不利益には厳しい。万一を想像するだろうな。このまま大阪に居続けて、それであと二年が過ぎるなら。予知の期間の先に進めるなら、ひとつの終わりだと思うがな」
「予知の先、ね。そこに到達すれば『核』がエネルギーなくなるわけじゃないんだろ?」
「だが『弾かれる』原因がなくなる。あとは普通に最後まで生きればいい」
「老衰すりゃ『核』は行き場を無くすんだっけ?」
「試してないから推測やけどな。『遷移』は俺が怪我した時じゃなくて目覚めた時だし、一旦身体の回復が必要らしいから」
「……なんか、すごく長生きしそうだよな」
「百歳超えても生きそうだな」
 思わず顔を見合わせた。日本人女性の平均寿命は八十七歳。なんだか途方もない気がしてくる。
「身体が回復できなきゃいいんだから、『核』諸共死ぬって選択肢もあるが……」
「回復能力、だよな」
「ああ。死に続けないと終わらないらしい。俺の時にも終われなかったってことはな。腹への銃弾と、屋上転落の衝撃じゃダメだ。魔女のいない物理主義だから、マグマの中に突っ込むとか、絶海に飛び込むとかになるな。間違いなく相当苦しいやろうな。……あの一回でも、苦しかったんだからな」
「待て、紅子ちゃんの助けがあったんじゃないのか!?」
「そううまくいくかよ。こちとら漫画ちゃうんや」
「なんだよそれ……嘘はナシだろ……」
「嘘はついてない。勝手にお前が勘違いしただけだ」
「ミスリード誘っただろお前。卑怯だ」
 彩は涼しい顔でコーヒーを飲んだ。
「進藤さんのこと自分の痛みに自覚がないとかほっとけないとか言ってたけどな、お前も大概だぞ」
「うるせ」
 今度はぷいとそっぽを向いた。自覚はあるらしい。
「まったく……」
 心配だよ、オレは。



 夏が過ぎ、秋になってやっと紗知ちゃんに同居人の存在が知れたが、変声機がないのでメールで挨拶をするという珍妙な事態になった。シスコンがこんなにも言い訳として有効だったのを初めてみた。同居人レベルでも妹に男紹介したくないって、それで納得されるって、お前今まで何やってきたんだよ。
 そして進展のないまま自己研鑽を重ねつつほぼ一年が経った。黒羽快斗の動向は追いつつ、偶然を装って彩が数回軽く接触した程度。名前の知らない顔見知り段階だ。最有力候補の進藤さんの件も停滞している。他のそれらしい候補者もいない。彩仁は仕事に追われて、休日出勤で時々イライラしている。東都の治安の悪さはこの世界のせいらしい。
 ゼロは人並外れた洞察力を持っているし、情報収集力も随一だ。迂闊に動けば全て暴かれてしまう。結局警察関係の情報収集は彩に任せていて、時々脈絡なく班長の情報を寄越すようになった。無敵だと思った五人のうち、残ったのは俺含めて三人。警察庁からの潜入捜査官の情報を得るのはほぼ不可能だが、課は違えど同じ警視庁、同じ刑事部の伊達航はその限りではないらしい。気を使ってくれているようだ。
 組織の方は時々探りを入れて、ライが赤井秀一というFBIの凄腕スナイパーだと判明した。元の知名度が高いのに、よくも潜入捜査をしようと思ったな。ゼロを送り込んでる日本の公安が言えたことではないけど。
 溜息をつき、オレは今日もネットと海に潜る。
「──彩っ!!」
「ん?」
 風呂上がりで半裸の彩が首にタオルをかけたまま、顰め面を出した。
「死人は叫ぶな」
「お前そういうとこ地味に細かいよな!」
「服着るから待て」
「そんなのあとでいいからこれ!」
 ああもう、と苛立ってパソコンの画面を突きつける。
「──動いたか」
 青山剛昌で引っかかった、匿名掲示板への書き込みと同日に作られたSNSアカウント。
「昔読んだ本を探しています。作者は青山剛昌という名前だったと思うのですが、調べても出てきません。どなたかご存知ないでしょうか? ストーリーは小さな名探偵が活躍する話で、ミステリ風ラブコメでした。……主人公が漫画の世界に入り込んでしまう話も書いていたと思います、か」
 彩が静かに読み上げる。
「決まりだな。その呟きのURL送っといてくれ」
「分かった」
 あっさりと離れかけた彩の腕を掴んで引き止める。
「いろいろ聞きたいことがあるんだが」
「頭拭いてくる。お茶よろしく」
 じとりと同居人を見上げる。それなりに強く掴んだが、眉一つ動かさない。
「慌てなくても逃げねえよ。俺も『核』も」
 仕方なく腕を離した。
 その名前はこの世界の中心だと聞いていた。彼が見たものの一部を『核』が知っていると。彼が語り部、核は伝聞。一年経った今になって、それを敢えて物語仕立てにして、情報収集を始めた。何かあったのは明らかだ。隠さねばならない理由がある。
 小さな名探偵、ミステリ風ラブコメ、漫画の世界。この三つが示すところはなんだろう。紅子ちゃんが居なくなったように、この世界からファンタジーは切り外されたはずだ。小さな名探偵とは誰のことか……これは、きっと彼女が見た未来のことだろう。ミステリ風ラブコメ名探偵というくらいで、事件が増えたのがこの世界のせいで、となると、名探偵が遭遇する事件が多い事だ。
「ラブコメ要素のあるミステリではなく、ミステリ風ラブコメ……」
 どうも『核』が知っている未来は随分と偏っているらしい。紗知ちゃんほど語り部とシンクロできなかったとか?
 区切ったあとに漫画の中に、というのは世界線の揺らぎを自覚したことの示唆だろう。
 溜息をつき、立ち上がってお湯の準備を始めた。
「問題は『核』に何があったか、だよなあ」
 長くなりそうだし、彩の好きな焙じ茶でも淹れてやるか。

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