推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 12

 十二月は、色々なことを思い出す。
 いつになく人肌恋しいのは、寒さのせいだろうか。彼女に惹かれるきっかけは一年前のクリスマスイブだったから。
 鞄に彼女への早いクリスマスプレゼント、ネックレスを忍ばせて仕事で関西に向かった。うまく時間が作れたら渡しに行こう。いや、何としても作る。
「ダメならポストに入れて帰るか……」
 その気になればピッキングして入ることもできるが、彼女の家にそんな無粋な入り方をしたくはない。最初は招き入れられたい。いや最初じゃなくとも招き入れられたい。合鍵が欲しい。早く会いたい。
「……疲れてるな」
 さりとて今からは組織の伝手での安室透を名乗っての仕事で、顔を合わせるのは厳しい人間だ。まったく気が進まないが、この時期に関西を指定したことだけは褒めてやりたい。



 特段トラブルもなくスムーズに仕事をこなしたものの、後始末まで終えたのは深夜だ。後をつけられていないことを確かめ、彼女の居住区域に車で向かう。起きているだろうか。休前日だから、まだ起きてはいそうなものだが。
「忘年会シーズンと言っていたな……」
 道中今日が飲み会ならまだ外かもしれないと思い至り、直ぐにGPSで現在地を確かめた。まずGPSの充電が健在であることにほっとして、直後現在地で顔を顰めた。発信ポイントは自宅付近の道路だ。起きていたことを喜ぶべきか、深夜の外出を心配するべきか。
 発信ポイントが家から遠ざかる報告に動いたのを見て、アクセルを踏んだ。これは飲み会からの帰路ではない。パソコンをダッシュボードに押し込み、携帯電話に持ち替えた。悠宇はワンコールで応答する。
「もしもし?」
「僕だ」
「こんばんは」
「やっぱり起きてた。休日前の夜更かしが好きだな」
「そ、ですね」
 何食わぬ声で話を始めてみると、悠宇の返事はどこがぎこちない。寒さ、か。
「──今どこにいる?」
「えと、もうコンビニ着くとこですけど」
 少し不思議そうに悠宇は答える。
「家の近くのか?」
「そです、けど」
「一人で?」
「まあ」
「こんな時間に迂闊に出歩くな、危ないだろう。迎えに行くから中で待ってろ」
「はい?」
 文句を言う隙を与えず電話を切って、舌打ちをした。しまった、現在地を聞くのを忘れた。最寄り駅は話の内に何度か出ているが、住所を直接聞いたことはない。彼女の家を知っているのは、最初の日に住所を見て覚えていたことにしよう。彼女の家から一番近いコンビニならそこから言い訳できる。もしも指摘されたら、だが。

 コンビニに着くと、スウェットにコートだけという季節を考慮すれば薄着の悠宇が出てきてぎょっとした。助手席を指すと頷いて周り、乗り込んでくる。
「こんばんは」
 手にはコンビニのビニール袋だけ。飲み会帰りなどではなく、ただ何か買いに来ただけらしい。
「ああ──悠宇、危機感を持ってくれ。深夜徘徊かと思えばそんな薄着だし、どういうつもりなんだ。また風邪をひくつもりか?」
 頭を撫でるに留め、思わず引き寄せたい衝動は押さえる。すみません、と彼女が居た堪れなさそうに謝罪を口にする。常習犯か。
「それで、なんでこんな時間なんだ?」
 つい、という悠宇に思わず軽い説教をすると、謝りながらもバレなきゃいいや、という魂胆が透けて見えてじろりと顔を見下ろした。
「……すいません」
「あまり心配かけさせるな」
 やっと本心から言ったのを聞いて優しい言葉をかけると、何故か真顔になった。逆だろ、普通。
 調子を狂わされたまま「送る」というと、彼女はほっとしたように笑った。
「帰ってスイーツか。全く、いつ寝るんだ」
「紅茶とスイーツタイムですね。睡眠はまあ、お互い様じゃないですか」
「僕は仮眠をとっている」
 などというのはほとんど嘘だけれど。果たして五分は彼女の中で仮眠にカウントされるだろうか。
「紅茶か、いいな」
「──んんと、飲んで、行きます? ご迷惑でなければ」
「まさか。お願いしようかな」
 誘導通りの提案に笑顔で乗った。
 車を停め、プレゼントのネックレスとGPSの充電ケーブルを入れた鞄を身につけ、手を繋いで彼女の部屋に向かった。途中悠宇がまたすっぴんだと呻いて顔を隠そうとしたが、絶対に手を離さなかった。
「前も見てるし」
「それはそれ、これはこれです」
 どっちも可愛いのに、などと正直に言うと怒られそうなので、きちんと黙っておいた。

 四十秒待ってください、と某国民的アニメ映画を思い出させる数字で部屋の支度をする猶予を求めた。何を奪回しに行く気だ。急に来たのは僕なのだから気にしないのだけれど、必死そうなので受け入れた。部屋が汚いタイプには見えないから、せいぜい洗濯物を隠すとかその程度なのだろう。
 自分で課した制限時間に慌てて部屋を駆け回る姿を想像して、ちょっとおかしくなった。彼女ならきっと守るだろうから、腕時計で時間を計っている。そうこうするうちに勢いよく戻ってきてた。
 入室を許された部屋は想像通りにきちんと整理整頓されていて、時間がなかったはずなのに掃除機もかけられているので、やはり綺麗好きらしい。気にするポイントなどどこにもない。コートを脱ぐと暖房は少し控えめだった。
「炬燵か。久々だな」
 室温の理由はこれらしい。うちにはない、日本の冬の風物詩だ。
「エアコン派なんですか。あの、あんま部屋見ないでくださいね。急なので恥ずかしいです。あ、コート預かりますね」
「ありがとう」
 つい部屋を見回していたら、釘を刺されて炬燵に押し込まれた。彼女の部屋をまじまじと見るのはマナー違反か少し考えた。テーブルには悠宇の携帯電話の他にプリンと杏仁豆腐があり、スイーツが二つであることに頬が緩んだ。電話の時点で、彼女も僕を招き入れる準備をしていてくれたらしい。東京にいるはずの僕が現れて送ってそれじゃ、で終わる関係のつもりもなかったが。
「紅茶、何にします? ストレートかロイヤルミルクティーか。あとは茶葉もお好みがあれば」
 尋ねながらペットボトルをあけて水を電気ケトルに注ぎ、スイッチを入れた。何故未開封のペットボトルなのか思案しつつ、目的の一つであるペンギンのぬいぐるみストラップをつついた。美味しい紅茶の入れ方にあっただろうか。日本の水道水はほとんどが軟水だから、硬度は問題ないはずだが。
「悠宇に合わせるよ」
「アッサムのストレートでいいですか?」
「ああ」
「了解しました」
 棚出てきた茶葉のブランドを横目に見て記憶し、ペンギンを弄びながら悠宇の後ろ姿を眺めた。
「これ、つけてるんだな」
「前ずっとつけてるって言ったじゃないですか。ほら、先週の電話の時。疑ってました?」
「いや、全然。確認しただけだ」
 まさか、GPS機能を付けているので疑ってはない、なんて言えるはずも無い。少し気まずくなって視線を悠宇から部屋へと移す。ぎっしりと本の詰まった背の高い本棚に目を留めた。
「……本が多いな」
「もう、見ないでくださいって言ったのに。本棚くらいは構わないですけど」
「悪い悪い」
「思ってないですよね」
「はは。エンタメ寄りだが雑多だな。小説、専門書、漫画、雑誌……綺麗に並んでるあたりには性格が出てる」
 悠宇はじっと電気ケトルを見つめていて、こちらを見てくれない。活字が好きなのだと、本好きでなければ言わない表現で返し、沸いた湯で茶器をきちんと暖めた。ティーコジーや砂時計といったあまり一人暮らしではお目にかからない道具を手順通りに使い、紅茶を淹れる手をじっと見つめる。きちんと爪が整えれた指先に、ほんの少しのささくれ。繋いだ手は僕の手よりずっと白いけれど、僕の手柔らかいけれど、僕の手より細いけれど、他の若い女性とは違う。か細いわけじゃない。少しペンだこもある。きちんとケアされているから分かりにくいけれど、日々の積み重ねを窺わせる手だ。
 蒸らしに入ったので楽しみだと言うと、彼女は笑って、やっと振り返った。
「褒めても何も出ませんよ、といいたいところですが今回ばかりは出ちゃうんですよねえ。抹茶プリンと杏仁豆腐、どっちがいいですか? ちなみに、私の予想は抹茶プリンです」とおどけて言った。
「どっちも悠宇が食べたいものだろう。取らないぞ。状況次第でどう転んでもいいように、自分が消費する前提で買ってるんだから」
 指摘してやると、脱力してシンクに体重を預ける。
「バレましたか。名推理です」
「君に嘘は無理だ。推理という程大したものじゃない」
「そんなに嘘のセンス無いですかね」
「長所だよ」
 油断している時の君は本当に分かりやすくて、可愛い。
「即ち裏返せば短所」
「面接みたいだな。そう卑屈になるなよ」
「で、どっちがいいですか?」
「悠宇が食べたいのは?」
「どっちも」
 即答だ。
「ほら」
「違います今のは誘導です! 話の流れであって私の意見ではないことを主張します」
 至極生真面目な顔で主張するので、半分こだな、と折衷案をあげると、一瞬真顔になって、拗ねたポーズでカップを温めていたお湯を捨てた。あの真顔はきっと斜め上のことを考えている印だが、その内容が推理できるようになるまでどれくらいかかるだろうか。
「お砂糖はどうします?」
「なし」
「かしこまりましたー」
「ストレートなんだろ」
「ですね」
 昨今のストレートティーと銘打った砂糖入りの既製飲料に思うところはあるらしい。出来上がった紅茶が僕の前に置かれ、ふわりと芳醇な香りが鼻腔を擽る。
「こっち」
「え、あ、はい」
 紅茶に油断していると、悠宇が正面に座ろうとしたので隣に誘導した。久々に恋人と過ごせる時間だというのに、触れ合える距離にいたいというのに、何故そんなに不思議そうなんだ。不服を隠してカップを傾ける。
「……うまい」
 自宅でこうも上質なものを味わえるのか。アッサムと言えばコクのあるミルクティー向けの深い味わいだと思っていたが、意外と渋味も強くなく、まろやかだ。
「恐縮です」
 部下のような言い方をして、紅茶を一口飲んで安堵している。なんだ、彼女も緊張していたのか。少し嬉しくなって、照れ隠しにプリンと杏仁豆腐をあけた。
「どっちから食べる?」
「……プリン」
「はい」
 抹茶プリンをすくって悠宇に差し出すと、信じられないとばかりに目をぱちくりとさせた。
「ほら、口を開けろ」
 もう一度促すと、一呼吸おいてばくりと食いつく。そんな毒を食べるような意気込みは要らないんだが。
「ん、うま」
 まあ、おいしそうだから良しとしようか。
「美味しい?」
「はいっ」
 頷いてスプーンに手を伸ばしできたので、もうひとすくいを悠宇の口元に運ぶ。
「え、私、自分で」
「落ちるから、食べて」
「はいっ」
 慌てて彼女は口を開く。今日は目一杯甘やかしてやるからな。

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