Raison d'être | ナノ


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「羽佐間さんって、七海さんの事が好きなんですか?」
「え? なんでそうなるの?」
 気心知れた補助監督の高橋ちゃんの言葉に首を傾げた。ちなみに現在地は長野県で、チェーンのカフェで糖分摂取に勤しんでいる真っ最中だ。ドライブスルーしようと思ったが、彼女の希望で店内で休憩をしている。ちなみに話題にあげられた七海はというと、先程次なる任務に飛び立っていった。出立時間の都合で車をめちゃめちゃにかっ飛ばした高橋ちゃんを労っているのが私である。余談だが七海の諭吉だ。マジ男前。
「違うんですか?」
「同い年が七海しかいないから親しく見えるだけじゃない? あ、禪院直哉がいたか。あれは論外ってことで。普通に超戦いやすくてしょっちゅう組ませてもらってるから、自動的に一緒にいる時間が長くてそう見えるんじゃない?」
「いつの間にか呼び捨てだし」
「その方が短いから、戦ってる時楽」
「うわあ面白味のない合理主義じゃないですか……」
 残念そうな高橋ちゃんがキャラメルソースの乗ったクリームを口に運んだ。
「面白味求められても」
「それに任務の時よくご飯行ってませんか? 前も途中も、時々後も」
「そりゃあ打ち合わせとかあるから時短になるし。イコール早く祓えて早くお家に帰れる。帰れない時にはご飯行ったりするけど、コンビネーションの擦り合わせと反省会をやってたりかな」
「ちぇ、真面目か。確かに見かけるの帰れない日ばっかりですね。つーまーんーなーいー」
 高橋ちゃんが口を尖らせた。あれ、この前の任務の後──は店で再集合したんだったか。事前予約の時間まで余裕があったのと、泥んこになっちゃったのとで。誤差だな、とコンマ数秒で結論を弾き出した。
「つまるつまる。あ、今度一緒にいかない?」
「行きませんよ」
「えー。たまに仲良くなれた補助監督さんとか誘うんですけど、まあフラれますよね」
 ずぞぞ、と太いストローで抹茶成分を吸い上げる。
「そりゃそうでしょうよ」
「でもそれで二人だ! デキてる! 七海は羽佐間に捕まった! とか噂されも正直知らんがなって気持ちでいっぱいなんだよね」
「確かに? じゃ他の人二人っきりでご飯とか行くんですか?」
「でしょでしょ? 二人以上で任務もそこまでないし。二人っきりねえ……そうだ、日下部さんとランチミーティングはしたことあるよ。補助監督抜きでさ」
「うーん、なんか違います」
 高橋ちゃんは小さく唸った。
「普通に失礼なんだけど? 逆に考えてみて。私が禪院とか加茂の誰かとかとご飯行くと思う?」
「思わないですねえ」と即座に返事があった。
「そういうこと」
「例が極端です。他にもいませんか?」
「あ、硝子さんに一度だけ飲みに連れてってもらった。サシで」
「いや家入さん女じゃないですか。でも超羨ましいです!」
「でっしょ?」
 思いっきりドヤ顔した。
「高橋ちゃんは好きな人いないの?」
「いないですねえ」
「じゃ、どんなのがタイプ?」と恋バナを振ってみる。絞り出すネタは驚くほどこかつしているが、聞くのは楽しい。
「やっぱり優しい人ですね。定番ですけど。あと年上の安定感ほしいです。メンヘラとかマジ勘弁なんで。精神的な余裕のある人が他人に優しくなれると思ってるんですよね」
 なんだか深いことを言い始めた。体験談だろうか。
「なるほどねえ。高橋ちゃん何歳だっけ」
「二十二ですよ」
「二十三より上……それもう七海では?」
 名案だと思ったが、高橋ちゃんは驚いて首を振った。
「いやいや、恐れ多すぎます。あと普通に厳しいです。優しい人で真っ先に七海さんあげるのなんて羽佐間さんくらいですよ」
「事実に即してるだけで、長期的に見ればすごく優しいと思うけどな。面倒見がいいというか。先生とか向いてると思んだよね。私とか同い年なのにめっちゃ色々教えてもらってるもん。シンプルに私がバカなだけかもしれないけど、やっぱり優しいと思うな」
「いや、羽佐間さんめっちゃ塩対応されてません?」と奇怪そうに言った。
「そう思うならなぜ好きとか聞いちゃったのかな?」
「めげずにいくから……対七海さん仕様ですし、てっきりそうなのかなって……」
 高橋ちゃんは目を逸らし申し訳なさそうな顔をする。もちろん演技だ。
「ねえよ。ただの相棒」
「一方通行ですよね?」
「言ったな? 否定されなかったし」
「肯定されました?」
「無言は肯定!」
「独自解釈じゃないですか。まあいいや」
「よくない」
「羽佐間さんのタイプってどんな人ですか?」
「聞いて」
 この世界はどうもマイペースな人が多い。私もそうだけどね。
「そうだなあ、死ななそうな人」
「なるほど五条さんですね。超イケメンって話ですし」
「違うよ!? 確かに一番死ななそうだけども! 超イケメンは認めるけどオトナがいいです!」
「顔はタイプ、と。年上じゃないですか」
 高橋ちゃんは七海から五条さんに矛先を変えたらしい。本人がいないからってメンタル激強だな。
「他にも好みあるって」
「例えば?」
「えー、私が死んでも塞ぎ込んだりしなくて、しっかり前に進める人」
「基準が暗すぎません? てかやっぱりそれ五条さんですよね。五条悟特級呪術師ですよね。あの人なら絶対止まらないですよ」
「それはそうだけど違うったら。えーと、他、他」
 糖分摂取で時間を稼ぎつつ考える。自分の色恋沙汰は至極不得手なのだから仕方がない。
「受け入れなくていいんですか?」
「あの人に私要らないじゃん。ちょっとでいいから必要としてほしい」
「分かんないですよ? 意外に精神的な拠り所求めてたりするかもしれないじゃないですか。どうです?」
「だとしてもあの自由奔放傍若無人が服着て歩いてるような人は無理」
「告白して付き合って五条さんをセーブしてくれてもいいんですよ?」
「絶対、無理。それただの高橋ちゃんの願望だし」
 大仰に片手を振って否定する。
「対応できるまじ伊地知さん尊敬しますよね」
「憐れんじゃうよね」
「労わってあげてくださいよー」
「半分五条さん専門みたいなところあるでしょ、彼って。だから私とバッティングすることがそもそも少ない。あー、この前七海と一緒に仕事後ご飯に誘ったのに五条さんのパシリにかっ攫われたの思い出した。マジビンタはこっちのセリフだ」
「それは最強がギルティ」
 高橋ちゃんが真顔になった。彼女は結構どころかかなり伊地知さんを敬愛しているのだ。
「でしょでしょ。いつかみんなのストレスをぶつけてやりたくて方法模索中」
「無下限ですよ?」
「無下限も領域みたいな扱いなのであれば、うまく読み取れてすり抜けられないかなあと画策中」
 領域と結界は少し似ているだけに、応用が効くはずだ。効かせて攻略して一回でいいからぎゃふんと言わせてスッキリしたい。
「そんなことできるんですか!?」
「理論上可能だったらいいな、って範囲でしかないよ。やってる間にぶっ飛ばされるから机上の空論でしかないけど。七海あんまりこの方面得意じゃないから助言も少ないし。帳の通り抜けでさえまだ練習中だし夢のまた夢……」
 最近ますます筋肉が付いて逞しく進化している思う。スーツ新調するレベルだよ。何回目だ。もうスーツ諦めろよ。まあ体型問題いがいでもお釈迦になることが普通より多い職種なので、ついでにという感覚であるようだ。つまり多分ずっとスーツ。
「ああ、七海さんともそう言う話をしてるんですね。羽佐間さんって根本無駄にクソ真面目ですよね」
「常に真面目ちゃんだけど?」
「真面目ちゃんは特級にいっぱい食わせる計画立てないですよ」
「あはは、違いない」
「伊地知さんにぜーったいに、とばっちりがいかないようにしてくださいね!」
「それは無理かも」
 近くにいたら何ら保証できない。
「意味無いじゃないですか!」
 はは、と笑って流す。テーブルに裏返して置いたスマホが震えた。
「お、七海だ」
『お陰様で無事に乗れました。高橋さんにお礼を言っておいてください。それから、余ったお金でリンゴバターと地ビールをお願いします。あなた今から土産を買いに行くでしょう』
「なんて言ってます?」
 高橋ちゃんが期待の眼差しを向けてくる。まだ続いてたんだあ。
「無事乗れたみたい。お礼言っといて、ってさ。かっ飛ばしてくれてありがとうね、高橋ちゃん」
「律儀な……さすが七海さん……」
 七海には了解のスタンプで返しておいた。行動読まれてるなあ。自分用にまるごとリンゴパイを買うとして、硝子さんと猪野君にも何か買おうかな。猪野君はにこにこ受け取ってくれるから私が癒される。密かにこれを課金と呼んでいる。会えなかったら伊地知さんのデスクに置いとこ。高橋ちゃんも喜ぶ。
「飲んだらお土産買いに行くから、私の方は終了で。高橋ちゃんは関係者のフォロー向かわなきゃいけないんだっけ? 解散?」
「いえ、そこまで送りますよ」
「ありがと」
 私は補助監督の好意に甘えることにした。

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