Raison d'être | ナノ


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 呪術師生活も気付けば二年目に突入した。盆正月に実家に帰る余裕などなく、時期外れに数時間だけ顔を出してお菓子を置いて帰ったりした。家族だからこそ深く聞かれるから困るんだよね。たまに友達とランチする余裕くらいは出てきて、転職してバチクソ忙しいんだ、とドタキャンする羽目になって心配されている。分かる分かる、OLでキラキラとかほざいてた人間の所業じゃないよね。今の方が合ってるって言われたけど。そんな風に私の性質を見抜いている数人の女友達だけが呪術界以外の交友関係として生き残っている。
 いい加減引越しをしよう。懐にも幾ばくかの余裕が出てきたし、何人かそこそこ親しい補助監督さんもできて、うまく言えば日程問題もクリアできそうだ。
「──と思うんですけど、どの辺がいいですかね?」
「知りませんよ」
 新聞から目を離さず七海さんが返す。現在地は呪術高専東京校の一室だ。報告の関係でソファでゆったり待機中の七海さんと私に、伊地知さんがお茶を用意してくれている。ほんといい人。呪術界の癒しランキングのトップスリーに入れてあげよう。ちなみに一位は家入さん。心の傷まで癒されちゃうね。会うにはそれなりに痛い思いをしなければいけないのが難点だ。交換したものの使っていない連絡先を駆使し、酒豪らしい彼女を飲みに誘うべく機会を虎視眈々と狙っている。二位はこの前廊下ですれ違った、人懐こい笑みで挨拶してくれた高専の男子生徒。名前すら知らない。
「新幹線とか飛行機へのアクセスがそれなりに良くて、高専にも行きやすくて、でも近すぎるのは嫌だからちょっと離れたところ。知り合いに会いたくないですし」
「いい物件が見つかるといいですね」
「他人事だー」
「もちろん他人事です」
 七海が新聞のページを捲る。
「知識貸してくださいよ。あと一応、そこそこ治安もいいところで。あ、七海さんの家からもやや近いと助かりますね。この雰囲気だと有事の際もセットじゃないですか。ちゃちゃっと合流できるところに住みたいです」
「セットにされに引っ越して来ないでください」
「伊地知さん、思惑がバレちゃいました。どうすればいいと思います?」
 ぐるんと体を回して癒しランキング三位に話をふった。
「え、私ですか?」
「伊地知君、真面目に考えなくていいですよ」
「七海さんひどい。もう同じマンション引っ越しますよ」
「やめなさい」
「うっわガチトーン……冗談ですよ」
 やっと顔をあげた七海に手を振り宥めつつ、半分、とちょろりと付け加えた。
「半分本気じゃないですか。迷惑です。近隣で知り合いに会いたくないんじゃなかったんですか。その理論だと同じマンションなど以ての外でしょう」
「そうでした。危ない、寝起きドすっぴんやる気ゼロ部屋着でゴミ出ししてる所を目撃されて死にたくなるところでした」
「いやに具体的ですね」
「あとスーパーでお菓子とカップ麺めっちゃ買ってるところ見られるとかも嫌ですね。野菜買ってたりしたらセーフなのに」
「体験談ですか」
「ですです。止めてくれてありがとうございます。七海さんから離れたところに住みます」
「そうしてください」
「なになに倦怠期? 別居するの?」
 ぬるりと五条さんが現れた。
「今は同居してるみたいな言い方しますねえ」と呆れた声で返事をする。
「だって実質カップルじゃん?」
「男女が一緒にいるとカップルにしか見えないとか五条さんまじで視野狭いですよね。引きます。ドン引きです」
「ホント言うようになったよね」
「五条さんの教育の賜物ですかね」
 この人には気を使うだけ無駄だ、と一年もあれば猿でも学習する。
「羽佐間さん、相手しなくてよろしい」
「なんだよ、男の嫉妬は見苦しいよ?」
「違います」
「じゃあ佳蓮は僕がもらっていい?」
「私に聞く理由が分かりませんね」
「五条さんは私がサポートする余地ないんで嫌です」
「そういうんじゃなくてさぁ」
「拒否されたのに見苦しいですよ、五条さん」
「なんだやっぱ嫉妬じゃん…………え、無視? おーい建人くーん? 聞こえますかー? もしもーし」
 バシバシどころかバンバンと遠慮なく七海さんの肩叩いて耳元で大声を出す。この間、七海さんは一度も新聞から顔をあげていないのである。まじ鋼の心。見習いたい。いや鍛えられたくないな。合掌。
 結局、知り合いの誰とも近くない場所に引っ越した。七海さんの家でこそ直線距離なら遠くはないが、最寄り駅の線が違うのでうっかりばったりやあ偶然、なんて展開は回避できる素晴らしい立地だ。家知らない誰かが住んでたら知らん。補助監督さんの話的にはなさそうだったので、きっと大丈夫だろう。



 呪術師としては三級術師ですっかり安定していて、日下部さんら他の術師とのコンビネーションもそこそこ取れるようになってきた。うまくやれたと思っても、嫌な顔をされるのも少なくないが、致し方ない。自分の伸びてきた呪力と呪霊の強さも感じ取れるようになり、それなりに滅することもできることが分かってきた。祓えない支援のみの術師というレッテルが剥がれる日もそう遠くはないと信じている。
 とはいえ相変わらず七海さんとの相性が最もいいものだと各所に学習されたようで、セットで一級相当の任務をぶつけられることも増えた。ここまでくると決定打は七海ばかりになってくるので、彼の準一級、一級への昇格が囁かれている。むしろ推薦と派閥の関係で面倒がっている気配すらあった。別に誰が推薦したっていいじゃんね。
 どうあれ自分の等級を超える呪霊の相手は骨が折れる。気を抜く暇などもちろんあるはずがない。三級の分際で経験値が飛び抜けて来たように思う。そんな調子なので、七海の表情と思考回路はますます分かるようになったし、特に任務中はより短い言葉で連携が取れている。となると、ちょっとした弊害が生まれてきた。
「あー、すみません。今回また七海って呼び捨てしてましたよね。焦るとつい」
「もう七海でいいです。年も同じですし、敬語でない方が情報伝達がスムーズならそれでも構いません」
「ならお言葉に甘えて。正直建人の方が言いやすいけど。ほら、酔ってるとたまに噛むし」
「やめてください。五条さんあたりが特に面倒臭いので」
「それは分かる。七海で」
 エンドレスストレッサー代表に付け入る隙は与えたくない。彼は私達の関係を勘繰るのにオープンに全力投球だ。それに、なにも面倒なのは彼だけではない。具体例として扱いやすいこともあって建前に利用されがちなのだ。
「それと、呂律が回らなくなるまでのまないでください」
 七海が強いから釣られちゃうんだよね。そう正直に言葉にしようものなら、分かっているならセーブしなさい、とでも呆れられるだけなので、肩を竦めるに留めた。
「私のことは親しみを込めて佳蓮ちゃんでもいいですよ?」
「嫌です」
 即答だった。
「じゃあ佳蓮。リピートアフターミー、佳蓮」
「……佳蓮さん」
「すっごい渋々。敬語も要らないよ?」
「それは私が決めることです」
「七海の方が等級が上で歴も長いのに、ヘンな感じ」
「では佳蓮さんも敬語にすればいいんじゃないですか」
 名前にさん付けで落ち着いたようで満足し、にこにこしながら返事をする。
「やだよ、折角許可降りたんだから。気が向いたら何時でも言葉崩してね」
「ええ、万一気が向いたら」
「今日の所はこれくらいで勘弁しといたらあ!」
「それはどうも」
「ふふん、ちょっと親友度高まった気がしない?」
「しません。そもそも私とアナタは親友ではありません」
「相棒?」
「…………」
 あ、黙った。相棒はアリなんだ。ちょっとぐっとくるじゃないか。
「ふふ、相棒かあ」
 前世でもこれまでの人生でも得られなかった存在に、一人笑みを深めた。

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