不器用すぎる僕らの愛情表現
剣城と狩屋















「…んっ、はぁっ…」

すぐ終わるから付き合えって言われたのが最後に聞いた言葉だった
それがどうしてこんな事になってんだよ
薄暗い部室の隅っこの方で、身を捩らせながら蠢く二つの影
その二人以外はいないのだろう、消灯された部屋にはしんとした静寂があった
片方は壁に押し付けられ、もう片方はそれに覆い被さるように前者を押さえ付けていた

「んー…っ」

苦しくて顔を逸らすと、さっきまで喉を通らなかった涎が口端を伝って線を描く
キスの余韻が残る中、間を開けず耳に囓りつかれた
ビリビリと痺れる様な感覚にまた意識が遠くなる
背中に触れる壁の冷たさが、唯一現実を確かめる術だった
肩を震わせて大きく息を吐くと、やり切れない中途半端な快感から解放される
合わない視点を必死に定めると、見慣れた綺麗な顔が顕わになる

「何の嫌がらせだよ」
「なんだよ、構ってほしいんじゃないのかよ」
「誰がそんな事言ったんだっての」
「ホント可愛くねーよな」
「五月蝿い」

そうだ、あの時、彼に言われたんだ
ちょっと頼みたいことがあるんだ、すぐ終わるから付き合えって
コイツが頼み事なんて何かあるとは踏んでいたけど、

それがまさか、性欲処理の相手なんて

あんな事聞かなきゃ良かった
いつもみたいに上っ面だけの笑顔張り付けて、いい子ちゃんぶってさっさと帰っていれば良かった
後悔したってもう遅いんだろうけど
ちょっとからかってやろうかな、なんて思ってた俺が馬鹿だった
コイツはからかうどころか、ちょっとした冗談でも受け付けない性格の持ち主だと云うことを、マサキはよく分かっていた

「やめとこうよ、剣城クン
こんなのは俺相手じゃなくて、君を好いてくれてるそこら辺の女の子にしてあげてよ」

いつも振り撒いている偽装し尽くされた微笑みで、彼の金色の瞳を見上げた
ただでさえ身長差というハンデがあるのに、彼の瞳に捕まると抜け出せない迷路に迷い込んだ感覚に陥る
焦燥感とも呼ぶべきプレッシャーが、マサキの余裕を打ち消していた
適当にそれっぽい理由を捏ければ、大人しく引いてくれるかとも思った
けど、返事を一切しない剣城に不安を通り越して恐怖さえ覚える

「ここまでやって冗談だと思うのか」
「冗談でしょ、剣城クンは俺みたいなガキは相手にしないだろ
つーか俺男だからどっちにしろそういうの無理だって」

言い終わるのと同時だったろうか
剣城はまた狩屋に口付けた
さっきよりきつくて、呼吸をする事すら許さない様な舌の絡ませ合い
苦しくたって抵抗出来ないし、そもそも力負けしてるし
必死になって足掻くも一向に唇を離してくれない剣城に若干の苛立ちを覚えた
確かに気持ちがいいって言うのは理解出来なくもないけど、些か強引過ぎる気がした
力比べしていた腕力を緩めた代わりに、必死に口内を掻き回す彼の舌に噛み付いた

「……っ!」
「ざまあみろ、ばぁか」

強めに噛み付いた舌は切れていた
少量だが、狩屋の口の中にも赤の液体は紛れ混んでいて、気持ち悪かったから唾液と一緒にそのまま吐き出した
口内か吐き出され、泡立った唾液は血液と混ざって滲んでいた
その光景にすら嫌気がさす
目の前で口を押さえて睨んでいる剣城を見ると、少しだけ優越感が込み上げた
窮鼠猫を噛むって諺あるけど満更でもねーよなぁ

「痛いでしょ、天罰ってやつ?」
「…そうやって強がるの止めろって言ってんだよ」
「強がってんのはそっちでしょ」
「お前は俺と似てる、だから分かる」

訳がわからない
何を言ってるのか全然理解出来ない
別に俺は強がってないし、痛いなら痛いって言えばいいのに…




……痛い?




あれ、前、なんか、こんなこと、いや、違う、これは、痛いんじゃなくて
苦しくて、辛くて、寂しくて
ああそうだ思い出した
これは、俺の

思い出した瞬間涙が溢れた
かつて幸せだった頃の記憶が、ふと頭の中に浮上したのだ
父親に騙され、母親に裏切られた
幸せだった日常に、突然やってきた残酷な不幸せ
人を信じられなくなったあの日から、「こんなものにはなりたくない」と言い張り続けた一人の少年
それが狩屋マサキという人間の本性だった

「なんで、こんなこと」
「お前は誰よりも寂しがり屋なんだよ、下手な笑顔作って人から好かれようとしたり、好きで好きで堪らないような奴突き放したり、全部お前の強がりだろうが」

今まで鬱陶しくて仕方がなかった剣城が愛しく見えた
寂しさは笑顔で塗り潰して、苦しさは他人を傷付ける事で紛らわして、愛されたい気持ちは拒絶で隠し通してきた
ちょっと前まで赤の他人だったような奴に、どうして気持ちを悟られたのだろう
上手く隠していたつもりなのに
次から次へと零れる涙の意味をも知らない子供が、他人からの愛され方を知る訳がない
震えるその背中に、ユニフォーム越しに暖かい体温を感じた

「愛され方が分からねぇなら俺が教えてやる、だからもうお前が傷付く必要はねぇよ」

ありがとうとか、ごめんなさいとか、気の利いた言葉すらも言えないくらいに息が苦しい
嬉しいと思うのは、剣城が愛してくれると言ってくれた事だろうか
それとも、剣城が自分の悪癖を知っても尚、好いてくれた事だろうか
どちらにせよ、今はただこうして居たかった
孤独なあの場所から救ってくれた彼に感謝の意を込めて
嗚咽が混じって、何を言ってるのか聞き取れないくらい下手くそで不器用な言葉を君に送った


『ほんと嫌い』





(警戒が強い猫ほど、甘えるのが下手だったりする)
Fin.




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テーマ「人外ファンタジー」
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