子供は嫌いだ。

五月蝿いし、すぐに泣く。それに何よりも思考が安定して居ない。
世の中には子供が好きな人間というものも居るが、あれはきっと「子供を可愛いと思って居る自分」が可愛いんだと思う。何と浅はかで、計算高い生き物だろう。しかしそんな人間も愛おしい、人ラァブ!

嗚呼、話題がそれて仕舞ったね。公に言えない職業の友人の癖を借りて言えば、閑話休題。
何故俺が子供も話を始めたかと言うと、そこに居るからだ。

小学校低学年と高学年の間程度の黒髪でどこか気の強そうな少年が店の外から硝子越しにこちらをじっと見ている。
否、細かく言えばこちらの冷蔵ケースの中身を。

ケーキが食べたいんだね、うん。カウンターから出て彩り鮮やかな甘味達と俺とを隔てる硝子を拭く、彼からより良く商品が見えるように。
彼は店内に入ってくるだろうか、或いはお金が無くて諦める?どちらでも好いから早くここを去ってくれれば俺も助かるんだけどなぁ。

カランカラン。

入室を告げる鐘の音。バタバタと近付く足音。
…嗚呼、入って来たんだね。仕方ない。

「ボク、ケーキ好きなの?」
くるり、と身体を反転させてその場に座り込み少年と目線を近付ける。彼は驚いた様子で固まり、そうして答えた。

「……ボクじゃねえ、平和島静雄だ」

わあ生意気、という心の声を飲み込みながら俺は口許を弛緩させ笑顔を向ける。子供も大人も俺の笑顔には気を許すからね。

「平和島静雄くんかぁ…じゃあ、シズちゃんだね。俺は折原臨也、よろしくシズちゃん」
「誰がシズちゃんだてめえっ……変な顔しやがって。そんなのわらい顔じゃねえっ」
「…え」

彼は眉山と眉山との間の玉のように艶やかな肌へと皺を刻み、幼い大きな瞳を必死に鋭くしていた。
…あれ、今ナチュラルに俺の作り笑いばれた?こんな子供程度に?
そんな俺の困惑も露知らず、既にシズちゃんは硝子に顔をくっつけて中のケーキを覗いて居た。なんて気まぐれなんだろう。だから子供は嫌いだ。
…気を取り直して。

「シズちゃん、ケーキ買ってく?どれ食べたい?」
「……イチゴ」
「ああ、苺のショートケーキ?380円だよ」

指差した先の甘味の値段を告げると彼は僅かに双眸を曇らせ、そしてポケットに手を突っ込んで中身を全て出した。
開いた掌の中に現れたのはささやかな小銭とビー玉、それと萎れた葉っぱが数枚。
これじゃ流石にケーキは買えないね、シズちゃん。どうするのかな?

「……かすか」
「微か?」
「かすかが、病気で…ケーキ食べたら元気になるかもって……」

そう言いながら俯いたシズちゃんの瞳が潤む。かすかって誰っていうかどうしようかこのこ泣きそうだよこんな所で泣かれても困るっての。

「かすか…くん?兄弟?」
「かすかは、弟……ケーキ、食べたら…風邪……」

ぽたり。
飽和量を超えた雫が彼の双眸から零れ落ちた。そして静かに震える肩。

「……シズちゃん、じゃあ俺がお金貸してあげるよ。俺もかすか君に早くよくなって欲しいから」
「でも……」
「返すのはいつでもいいから、大人になってからとか。だから、ケーキ持って早くかすか君の所に行ってあげな?」
「……うん、あ…ありがとな…」

この子供をさっさと帰す為なら380円位何て事無い。俺は再度笑顔を向けてからカウンター内へと入る。冷蔵ケースを開き冷気を腕に感じながら苺のショートケーキを取り出し、手早く箱の中に入れた。保冷剤でもおまけするか。

「はい、シズちゃん。どうぞ」

箱を大事そうに抱えた彼は少し戸惑ってから、意を決したように顔を上げる。そして一言。

「…えっと、俺……大人になったらここではたらく!それで、ちゃんと返すから…まってろよいざや!」

そのままシズちゃんは踵を返し店から出て行った。
店内を支配する静寂、無意識に細い吐息が漏れた。

「……いざや、だって。あーあ、やだやだ生意気」


だから子供は嫌いだ。

まあ大人になったらどうかは、解らないけど。

なんてね。

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