「ああ、君か臨也。また来たの?」

室内に鳴り響いたチャイム音にテレビへと向いていた顔を上げて開いた扉の先にはよく見知った同級生。
本人曰く"趣味で営む職業"の為に池袋や新宿でそこそこ知られている彼の名前は、折原臨也。

大した驚きも意外性もなく(強いて言えばセルティでなかった落胆はあったけど)、私は臨也を部屋に招き入れた。

「今日はどうしたんだい?」

私が尋ねると、彼は少し視線を泳がせた後小さな箱を差し出してきた。わあ少女漫画みたい。

「美味しいケーキ屋を見付けたから、一緒に食べようと思って持ってきてあげたんだ」
「そういうのは俺よりも静雄の方が喜ぶと思うんだけど」
「それは……そうかもしれないけど、でも俺は新羅と…」
「珈琲でいい?」

彼の言葉を遮り、台所に立つ。自分用と御客用のマグカップの中にインスタントの珈琲をスプーンで掬い適当な量を落としてからやかんを傾ける。珈琲の粉が注いだ湯を黒に染めていくのを見て、恋人の姿を思い出した。私が珈琲を好むのは、何を隠そうこの色が彼女を彷彿とさせるからである。
嗚呼、セルティに会いたいなぁ彼女は一体いつ頃帰って来るのだろう。そんな事を考えて居ると不意に後ろから華奢な腕に包まれた。

「……臨也、どうかした?」
「新羅、…」

後ろから掠れた声が紡がれぞわり、と全身が粟立つ感覚が広がった。耳元に掛かる吐息とか密接に触れる体温とか、男にしては華奢でも女性と比較するとやはり骨張った身体の感じとかが堪らなく気持ち悪くて。

「…一回だけでいいから、抱いて」

とんでもない要求が聞こえた。…嗚呼もう、私がセルティ以外には何も感じないって事位解って居るだろうに。私に絡み付いて腹部で組まれた臨也の手を解き、向き合う。

「悪いけど、俺そんな趣味は無いんだよね」
「首があるのが嫌なら声は出さない、轡をしてもいいし…黒い布頭に被る。何なら実験台でもいいから、…昨日手に入れた新薬使ってみたいって言ってたよね?」

珍しく必死な形相で此方を見据える彼の双眸を、私は冷ややかに見つめ返した。彼は気付いたのだろうか、自分の失言に。

「臨也、…俺は新薬を手に入れた事も使ってみたいって事もセルティにしか言ってないんだけど、それも昨日この家で。」
「あ……」
「盗聴器は全部外したと思ってたんだけどね」

私とセルティの日常に聞き耳を立てられる事程不愉快な事はない、私は沸々と頭に血が上っていく感覚を覚えた。好いだろう、上等だ。

「君がそれを望むんだったら、実験台にしてあげるよ臨也」
「…新羅」
「この薬の効能は…否、言わない方が先入観無く実験出来るかな。腕出して」

仕事用の鞄の中から新薬で満たされた注射器を出す。針部分を上に向けて少し薬を押し出してから差し出された腕へと先端部分を宛がう。血液の流れを読みながら注射針をゆっくり差し込もうと腕に力を込める、その瞬間。

ガチャリ。

玄関の扉が開く音が室内の空気を振動させた。お姫様の御帰宅だ、出迎えないと。私は注射器を台所のシンクに置いて玄関へ足を運んだ。

「セルティ、おかえり。今回の仕事はどうだった?」

私が話し掛けると彼女は素早くしなやかな指と不思議トンデモSF物質を駆使して応じてくれた。

『何て事も無い、簡単な仕事だった。依頼人が臨也だから厄介になるかと思ったけどな』
「ならよかった、じゃあ今から二人でゲームでもしようか」

私と彼女で居間へ辿り着くとバルコニーに続く窓が開いていて冷たい風が入り込んでいた。

「あれ、どうして窓が開いてるんだろう?」
私が疑問を口に出しながら窓を閉めきちんと施錠すると室内全体を見回したセルティがPDAをこちらに向ける。
『誰か来てたのか?珈琲が二人分入っているが』
「いやまさか、僕一人だったよ」

台所に立つと彼女の言う通り確かにマグカップが二つ並んで居て、その横の小箱にはケーキが二つ。そしてシンクには注射器がある。
さて、さっきまで私は何をしていたっけ?
失われた記憶に首を捻るも何だかどうでも良くなって考える事は止めた。

すっかり冷めた珈琲を流し捨てケーキは冷蔵庫、注射器はごみ箱に移動させてからソファへと座った。

そうして恋人へと視線を向けると彼女は拭い取れない疑問に首を傾げて居た。嗚呼、そんな姿も可愛らしい。自然に私の口許が綻ぶのが解った。

「ねえ、セルティ。愛してるよ」



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