梅雨。
六月から七月にかけて降り続く長雨のこと。五月雨。ばいう。

今は六月の下旬、梅雨真っ盛りである。雨が降るのは当然なことだし、それを責めるつもりは毛頭ない。

下駄箱の出入口に立って先程よりも激しさを増した気がする土砂降りを眺める。履き変えたばかりの革靴で手持ち無沙汰に地面を軽く打つ。

俺が責めたいのは平和島静雄ただ一人だ。
今日も今日とて飽きもせずに俺を見るなり教卓、傘立て、挙げ句の果てに朝礼台をお見舞いしてきた。おかげで俺の傘は真っ二つで、帰るに帰れずこのザマ。全く迷惑な話だ。

いや、傘に関しては電話で九瑠璃と舞流に持って来るように言ったから問題は無いが、あいつらが果たして素直に俺の為に傘を運ぶかが難しいところだ。あの二人の普段の行動を見るに俺を困らせる為傘を持って来ない、或いは傘が無くてここで立ち呆けている俺の様子をどこかから見て笑っている程度なら大いに有り得る。さて、その場合はどうしたものか。


ふう、と細い息が零れる。
退屈は人を殺すというが俺の場合退屈は思考力を伸ばす、だと思う。一人で居る時は――誰かが居る時もだが――常に思考力が働く。俺には無駄な時間なんて一秒として無いんだよ。
ん?友達が居ない奴の負け惜しみだって?…面白い事を言ってくれるね、実に面白い。俺は人類全体を平等に愛してるんだ、心からね。まあ、必要と在れば自ら対象に接触はするけど。

嗚呼、誤解があるといけない。人類全体と言っても、勿論平和島静雄を除く人類全体だ。
シズちゃんときたら、自販機や標識やらを軽々持ち上げて投げてくるし驚く程短気だし恐ろしく頭は悪くて理解力はないし脳味噌は筋肉だしその癖妙なところで勘が好いから目障りだし。
それなのに細身で色気のある鎖骨してるし声なんか低くて綺麗だし痛んでそうな金髪も触ると柔らかくてさらさらしてるし笑顔なんか結構整っ…って、何俺。
こんなのって、まるで俺がシズちゃんの事――…。

「おい、ノミ蟲」
「ッ!…シズちゃん」

背後から聞こえた低音。
今正に彼の事を考えていたために反応が過剰になってしまう。泳ぎかける視線を無理矢理足元に留めると薄く開いた唇からは自然と言葉が漏れる漏れる。
「何してるの?こんなところで。俺はシズちゃんに傘を真っ二つにされたから帰れなくて困ってるんだよね、お詫びに死んでくれないかなぁ死んでくれるよね。シズちゃんが死んでくれるんなら傘の一本や二本なら折れても好いかなとか思ったりしてるんだけど」

「ん」

突如ぶっきらぼうに伸ばされた片腕。掌に握られているのは、御丁寧にも平和島と掛かれたタグをぶら下げる黒い傘。

「え」

「傘、無えんだろ。おら」

「あ、いやだけど俺は九瑠…」

「好いから」

胸元に半ば強引に押し付けられた傘を受け取り慌てて妹に遣いを頼んだ件を伝えようと再度口を開くもシズちゃんは俺の事なんてもう興味もない様子で踵を返し土砂降りの中を駆け出して行った。
すぐにずぶ濡れになって、消えて行く後ろ姿。

「……何、それ」
――そんなの、反則だろ…。

急激に頬が蒸気して熱が集まっているのは、梅雨独特の蒸し暑さのせいだと。そう思うことにしよう。


(「イザ兄!」)
(「………兄…」)

(「そこで静雄さんに逢ったから、傘貸しちゃった!だからイザ兄の傘無いよー」)
(「…無……」)

(「……、…赤…」)
(「本当だ!イザ兄何で顔赤いの!?」)


…………ほっとけ。
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