俺には、嫌いな奴がいる。否、嫌いどころじゃない。殺してやりたいと思っているし、いつか必ず殺す。そいつの名前――名前を出すのも忌ま忌ましいが――は、折原臨也。俺と臨也の犬猿の仲っぷりは互いの友人知人のみならず、俺の通っているこの来神高校全体にまで広まっているらしい。

いつだったか、友人に聞かれた事がある。
「静雄はさ、臨也のどこが殺したい程嫌いなんだい?」
愚問だ。総てに決まってんだろ。そう答えると、友人は眼鏡下の両の瞳を細めて苦く笑った。
「敢えて述べるなら、だよ。少し気になったんだ」


仕方ない、大人しくその質問の解答を頭に思い浮かべてみる。やたら饒舌で理屈っぽい喋り方、高らかで厭味たらしい声。そして何より――…あの常に顔に貼り付いている、憎たらしい笑顔。

授業開始の鐘が鳴り、ざわめいていた校舎が徐々に静けさを取り戻す。嗚呼、昼休みが終わっちまった。静雄は屋上のベンチの上に仰向けに寝転がったまま口の中だけで呟いた。太陽が眩しくて、仕方ない。目蓋を下ろしその上から両腕を乗せると光が遮断されて、頬を擽る涼風が意識を支配する。その心地好さの中で自分の静かな吐息のみを繰り返し聞いていると少しずつそよぐ風の音色が遠くへ行った。

「…――き、シズちゃん」

不意に生じた違和感に浅い夢の中に居たらしい意識がゆっくり浮かび上がり、薄く開いた瞳が映す景色の輪郭が次第にはっきりとしたものへと変わる。目の前に在るのは、紅色が二つ。俺がじっと見詰めるとそれは静かに揺らぎ、離れていった。

丸い二つの紅が臨也の瞳だと解るのに数秒掛かった。すると自ずと違和感の正体も、彼が柔らかな唇を重ねて居たのだろうと見当がついた。上半身を起こし背凭れへ片腕を預けてから瞳の主へと向き直る。

「…臨也」
俯く彼の表情が一瞬泣きそうに歪んだ、ように見えた。

暫しの沈黙後、黒髪を揺らして顔を上げた臨也は堰を切ったようにまくし立てる。
「……、シズちゃんさ。こんな所でそんな阿呆みたいな寝顔晒して恥ずかしいったらないよね?嗚呼、阿呆みたいな顔は元々か。実際脳まで筋肉の阿呆だから阿呆みたいな顔になるのは当然だよねぇ」
その唇は両端が上がっていた。

…――あ。また、この笑顔。
そう思ったと同時に、気が付いたら抱きしめていた。華奢で細い肩が折れそうで少しだけ怖かった。掌を宛がい固定した真横の頭から息を飲む渇いた音が聞こえた。何してんだ、俺。

「…お前、さっきもしかして」

「何、してんだよシズちゃん。元々暴力を振るう為の能力ばかり発達して頭は幼児並の奴だとは思っては居たけどここまでとはね。本当呆れるよ、死んじゃえば好いのに。嗚呼、皮膚にはナイフ刺さらないけど目なら刺さるのかな。ちょっと試させてくれる?」
そうして彼は流暢に言葉を紡ぐ。凜と声を張る。笑い声を上げる。
「好い加減離してくれない?今日は珍しく殴り掛かって来ないからマシだけど、正直鬱陶しいんだよ」
もういい、止めろ。止めろよ。
「………余裕、なんて」
俺は微かに振れる肩を壊さないように、だがしっかりと抱き直す。ふわりと女物のシャンプーの匂いがした。


…――余裕なんて、ないくせに。






それは俺も同じか。

嫌い、なはずなのに。

もう少しこうしてたい、なんて。




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