手のひらの上
今思えば、いつも私は自分のことばかりで彼の気持ちなんて気にしたことがなかった。


「これ以上は協力出来ません」


いつも私の話に耳を傾けて、アドバイスやダメ出しをしてくれていた後輩の彼が、私の方を見ずにそう言った。あまりにも突然の話に、思わず「え?」と聞き返すと、目線をこちらに向けた赤葦くんと目が合う。


「好きです」


一瞬で、頭が真っ白になって周りの音が耳に入ってこなくなった。先程みたいに聞き返すことも出来なくて黙り込む私を見て赤葦くんが続ける。


「…すみません。でも、木兎さんが好きなのは知ってるんで大丈夫です。ただ、これ以上はちょっと」


混乱する頭の中で、何か言わなければと必死に言葉を絞り出す。


「な、なんで」


今までそんな素振り…と考えたけれど、思い返しても木兎の事を相談している時の赤葦くんの表情なんて覚えていなかった。最低だ。
言葉が出てこない私を見て笑う赤葦くんの顔を今やっと、しっかりと見ることが出来た。どこか悲しそうに見えるその表情に今更胸が痛む。


「気にしないで下さい。応援してるので、頑張ってくださいね」


一体どんな気持ちで今まで話を聞いてくれていたのか。今更後悔しても遅いのに。私は小さな声で「ごめんね」と絞り出すのが精一杯だった。



それが数日前のことである。
告白されたその日のうちは、これから赤葦くんとどんな顔をして話せばいいのかと頭を抱えていたがそれは杞憂だったようで、特に何事もなく数日経ってしまった。……何事もなく、というか。


「赤葦と喧嘩でもした?」


かおりちゃんの言葉に動かしていた手が止まる。不自然に動きを止めた私に「え、ほんとに喧嘩したの?」と雪絵ちゃんが続けた。…喧嘩、周りから見たらそう見える状況なのか…そりゃそうだ。
あれから赤葦くんとまともな会話をしていない。同じ部活だし、必要最低限の会話はするけど…それだけだ。


「喧嘩してるように見える?」
「見える…っていうか、急に距離開いたな…と思う」
「前まで赤葦見つける度に話しかけに行ってたのにね」
「そ、そう?」
「あれ、自覚なし?」


まあとりあえず、喧嘩したなら早く仲直りしてね。
笑ってそう言ってきた二人に曖昧な返事をしてその場を収める。…私って、周りから見たらそんな感じだったのか。


「…あ」


廊下を歩いている時、向かいの棟の廊下を歩いている赤葦くんを見つけた。なんとなく目で追っていると赤葦くんの後ろから走ってきた女の子が赤葦くんの背を叩いて隣に立つ。少し前のめりになった赤葦くんが女の子に一言二言何か言った後二人で並んで歩き始めた。同じクラスの女の子だろうか親し気なその雰囲気にモヤモヤしつつ、そのまま見ていると赤葦くんが笑った。勿論、私にではなく、一緒にいる女の子に向けて。…私と一緒にいる時、あんなふうに笑ったことあったかな。思い出そうとするとあの日の悲しそうに笑う顔が蘇ってきて胸が痛くなる。…なんで私なんかの事を好きになったんだろう。私よりも、他の子と一緒にいるほうが随分と楽しそうなのに。
赤葦くんと話さなくなってから、毎日少しずつ胸にモヤモヤが溜まっていく。少しでも暇な時間があれば赤葦くんのことを考えているし、部活中なんか目で追ってしまう始末でどうにかなりそうだ。


「先輩、ちょっといいですか」


部活中聞こえてきた声に反射的に振り返る。


「え、私?」
「はい」


そう言って赤葦くんは私ではなく隣のかおりちゃんに声をかける。…自慢ではないけれど、こういう時赤葦くんが声をかけるのはいつだって私だったから振り向いて反応してしまったのが恥ずかしくて顔が熱くなる。かおりちゃんも驚いたようで私と赤葦くんを交互に見て戸惑いながら赤葦くんに近付く。
二人が話しているところを眺めながらまた胸がざわつく。話している内容は部活のことだってわかってるけど。止まらないモヤモヤに頭を振って、気持ちを整理する。私が好きなのは、木兎で、赤葦くんではないはずだ。それなら、赤葦くんが誰と仲良くしていようが、誰と笑い合っていようが関係ない。


「…え、どうした!?」


いつの間にか私の顔を覗き込んでいた木兎の声に驚いて顔を上げるのと同時に頬を滑り落ちた雫を慌てて袖で拭う。


「なんで泣いてんだよ、大丈夫か?」
「っだ、大丈夫…!何でもない」


おろおろと心配そうにしている木兎に返事をしていると、急に手首を掴まれて引っ張られる。


「…体調悪そうなんで、ちょっと抜けます」
「おお!頼むな赤葦!」
「いってらっしゃーい」


あまりにあっという間の出来事に、一言も発せずに手を引かれるまま足を動かす。驚いて涙はすぐに止まってしまったし、沈黙がキツい。暫く歩いた後、前を歩く赤葦くんが足を止めたので私も足を止める。私の手首を掴んだまま振り向いた赤葦くんは心配そうな顔で私を見てくる。


「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫…です」


木兎と同じことを聞かれて、同じように返すけど赤葦くんは全く納得していないようで少し眉間に皺を寄せる。


「泣いたのにですか?」
「………」


そんなこと私が知りたい。自分の事なのに他人事のようにそう思いながら赤葦くんの顔を見ていると、ここ最近のモヤモヤが脳裏にチラついて赤葦くんから視線を逸らす。


「…もう、大丈夫だから、放っておいて」


せっかく心配してくれたというのになんて嫌な奴なんだろうと思う。でも、先に距離をとってきたのは赤葦くんのほうだ。…応援するって、言ったくせに。


「放っておけません」
「だから、大丈夫だってば」
「じゃあ、なんで泣いたんですか」


ぎゅっと握られたままの手首に力が入ったのがわかる。なんでそんな事を聞いてくるの、赤葦くんには関係ないのに。赤葦くんが誰と仲良くしようが私には関係ないし、私がさっき泣いた理由だって赤葦くんには関係ない事なのに。


「…痛い」
「…すみません」


すぐに離された手首に、またじわじわと目の奥が熱くなる。痛いのは手首じゃない。


「赤葦くんには、関係ない」
「…はい」
「なのに、なんで」
「先輩?」


私の顔を見た赤葦くんがぎょっとする。


「っもう、やだ、放っておいてよ!私なんかに構わなくていいから…私のこと、避けてたくせに、なんでこういう事するの…っ赤葦くんの、せいで」


自分がどんどん嫌なやつになる。
散々赤葦くんを苦しめてたくせに、今頃になって胸を痛めて。その上赤葦くんが離れていった途端に身勝手な独占欲が湧いてくる。私に赤葦くんを縛り付ける権利なんて何もないのに。


「俺のせいで、泣いてるんですか」


ハッとして、赤葦くんを見ると、赤葦くんが自分の予想とは違う表情をしていて驚く。


「な、なんで、笑うの」
「すみません、嬉しくて」
「は、なにが…」
「俺のせいで、なんですか?」
「…え」
「聞かせてください」


優しくそう言ってきた赤葦くんに戸惑う。意味がわからない、今、この状況のどこに笑う要素があったのだろう。なんでそんな顔して笑えるんだ。


「あ、赤葦くんのせいで、モヤモヤする」
「はい」
「わたしは、木兎がすき、なのに」
「なのに?」
「…赤葦くんが、離れていってから、赤葦くんのことしか考えられなくなった」


木兎を見ても、何も感じなくなった。目で追ってしまうのは赤葦くんで、赤葦くんに話したいことはどんどん溜まっていく一方だ。
赤葦くんに目を向ければ先程と同じような顔をしていて、思わずムッとする。


「…笑わないで」
「すみません、嬉しくて」
「こんな、好き勝手言われて、嬉しいわけない」
「嬉しいですよ、すごく」


にこにこと笑う赤葦くんは、前に見た同級生のあの子に向ける顔よりも良い顔をしていて心が満たされる。


「まだ木兎さんが好きですか?」
「…わからない。でも、赤葦くんが他の子と仲良くしたりとか…私の事避けたりするのとか、凄い嫌だった」


もう木兎の事が好きなのかわからない。あんなに毎日木兎を眺めて、赤葦くんに話していたのに。あの時の私の気持ちは恋ではなかったのだろうか。


「もう一度やり直していいですか」


そう言った赤葦くんの手が私の手に触れる。


「好きです。木兎さんよりも好きにさせてみせるので、俺にしませんか」


自信たっぷりな様子でそう言った赤葦くんは、まるで私の返事がわかっているかのように答えを促してくる。なんだか全てが赤葦くんの思い通りのようで悔しくて、私の手に触れている赤葦くんの手をぎゅっと強めに握り返すと、それすらも嬉しそうにして笑うものだから赤葦くんには敵わない。


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bkm
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