手を介して伝わる鼓動
今日の全ての授業が終わり、部活動へ行く人と帰宅する人と友人と談笑する人に分かれて教室の人口密度が低くなる。私も友達に挨拶をしてから今日はどうしようか考える。部活動には入ってないし、今日はバイトもないし、友達との予定もない。…久しぶりに図書室でも行って少し勉強しようかな。勉強は好きではないけれど、何分受験生なものだから避けては通れない。


「名前帰らないの?」
『うん。勉強してく』
「頑張るねー。じゃ、ばいばい」
『ん、ばいばい』


友達に手を振ってから荷物を纏めて教室を出る。
今日は何人いるかな。この前は私の他に三人くらい居た気がする。まぁ、図書室に居残って勉強する人達は真剣だから何人居ても邪魔にはならないからいいんだけど。

空いていた机に教材を広げて睨めっこを始める。今日やったとこ全然理解出来なかったな、そういえば。明日先生に聞いてみようかな。
シャーペンを握って書いたり消したりを何回か繰り返した所でふと窓の外に目を向ける。


『げっ』


いつの間に降ってきたのか、ざあざあと雨が降っている。…傘、持ってきてないな。この問題を解いてる間に止んでくれたりしないかな。



…止んでくれたりはしなかった。
図書室から出て、靴を履き替えた所で足を止める。…走っていける程度の雨じゃないなこれ。でも、傘はないしそれしか選択肢もないんだけどさぁ。
はぁ、とため息を吐いてから足を一歩踏み出そうとした時に、誰かに腕を掴まれる。


「何してんの」
『と、……及川』


腕を辿ると、傘を片手に持った及川が眉間に皺を寄せて立っていた。なんで、こんな時間に及川が学校にいるんだろう。だって今日は、


『…部活休みじゃなかったっけ?』
「休み。俺は進路相談」
『あ、そ』


そっか。進路相談ね。ていうか、なんでちょっと怒ってんの?私何もしてないし……そろそろ腕離して欲しいんだけど。


『…ねぇ、腕』
「傘は?」
『は?』
「今傘差さずに帰ろうとしてたでしょ」


真顔でそう話す及川に少しビビリながら小さな声で「そうだけど」と漏らすと、及川の眉間に寄った皺がまた深くなった。あーあー、せっかくの綺麗な顔も台無しだね。


『っていうか、ほんと腕離してよ』
「…送ってく」
『いい。一人で』
「どうせ家近いんだから途中まで一緒でしょ」
『だから、いいって』
「いいから」


私の腕を掴んだまま、器用に片手で傘を開いた及川はそのまま私の腕を引いて歩き始めた。…いいって言ってるのに。大体、こんな所誰かに見られたりでもしたらどうするんだよ。


「いつもこんな時間まで残ってんの」
『…たまにだけど』
「ふーん」


そう言いながら及川は掴んでいた手をするすると下ろしていき、私の手を握る。ピクリと私が反応すると、及川が口を開いた。


「何でお前部活入んなかったの」
『部活?』
「…中学ではマネやってたじゃん」
『それ凄い今更じゃない?』
「そうだけど、さ」


確かに私は中学の時、及川、岩泉と一緒にバレー部で活動していた。マネージャーとして。それも、高校へ上がると同時にやめてしまったんだけど。そういえば、私がマネをもうやらないと言った時は岩泉に必死に引き止められたなぁ。


『別に私がマネじゃなくても代わりなんていくらでもいるでしょ』
「…バレーは、嫌いになったの」
『嫌いじゃないよ』
「じゃあ、何でそんな」
『なんでそんなに知りたいわけ?』


私がそう言うと及川は少し黙ってから、ぼそぼそと話し始める。


「…俺が原因じゃないのかって、そう思って」
『……なんでそう思うの』
「高校上がってからは俺のこと…岩ちゃんのこともだけど、名前で呼ばなくなったじゃん」
『それは』
「それに急によそよそしくなったよね」
『…気のせいでしょ』
「ねぇ、」


私の手を握ったまま立ち止まる及川につられて私も立ち止まる。雨止みそうにないな、なんて呑気な事を考えていると及川の口から懐かしい言葉が発せられる。


「…名前」


久しぶりに聞いた自分の名前に、及川の顔を見ると及川は少し寂しそうな顔で私を見てくる。


『…なに』
「俺何かした?」
『してない』
「じゃあ、なんでそんな避けんの?」
『だから、気のせいって』
「気のせいじゃないよ」


私の言葉を遮った及川に今度は私が眉間に皺を寄せる。なんで今日はそんなにしつこいの。今まで私が距離を置いたりしても口出ししてこなかったくせに、なんで今更。この掴まれた手だって気に入らない。こんなこと軽々しくしてほしくない。私たちはただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない。


『…なんで気のせいじゃないって言うの』
「俺がずっと名前を見てきたからだよ」
『は?』
「名前がなんで急に俺を避け始めたのか、今までずっと考えてきたけど結局わかんないし、気付いたら俺達もう受験生になってるし」
『ちょっと待ってよ、何言ってんの?』
「まだわかんないの?」


何を、
そう言おうと開いた唇が何かとぶつかってすぐに離れる。目の前には少し顔を赤くした及川がいて、握られていた掌に思わず力が入る。何か、言わなきゃいけないのに言葉が出てこない。そのまま及川から目を逸らせずにいる私に及川が悲しそうに言った。


「…俺やっぱり名前が居ないと駄目なんだけど」


ざあざあと降っている雨の音はもう耳に入らなくなっていた。


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bkm
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