卒業式の宣戦布告
「卒業おめでとーございまーす」


棒読みでそう言ってきた後輩に苦笑する。


「もっと感情こめて言って欲しいんだけど?」
「精一杯感情こめてるんですけどねぇ」
「ほんと可愛くない後輩だな」


貰ったばかりの小さな花束を眺めながら、高校生活を思い出す。
高校に入って、バレー部のマネージャーになってからはなんか毎日があっという間で。マネージャーの仕事がこんなに大変だって思わなかったけど、少しでもみんなの役に立つことが出来たなら嬉しいな。
黒尾鉄朗とは高校二年の時に出会った。黒尾くんは音駒高校の期待の星だった。これからは主将としてバレー部を引っ張って、もっともっと先へ向かっていって欲しい。


「別に、可愛いとか思われたくないんで」


ムッとした顔で私と話す黒尾くんはどこかご機嫌斜めの様子で少し悲しい。もう今日でお別れなんだから、今日くらい笑って見送ってくれてもいいのに。
今はこんなだけれど、黒尾くんは部活では真面目な方で真剣にバレーと向き合っている姿には凄く好感が持てた。バレーをしている時の黒尾くんはとても格好良いと思う。入部したての頃はまだこんなに打ち解けてなくて、もっと可愛いところあったのにな。


「昔は可愛かったのにね」
「いつの話ですか」
「一年生の頃」
「そんな前のこと覚えてんの」
「いつからこんな生意気な後輩になったのか…」


話しながら携帯を確認すると友人達から「まだ?」と連絡が届いていた。
この後みんなで集まる予定があるんだけど卒業式が終わってすぐ、この後輩に捕まってしまった。自分で引き止めておいて、さっきからその態度は何なんだ。


「お祝いの言葉くれるために呼んだんじゃないの?」
「違いますけど」
「えー…」
「そうじゃなくて」


がっくりと肩を落とす私に黒尾くんが手を伸ばす。
そのまま私の目の前で黒尾くんが手のひらを上にした状態で止めた。何かもらえるのかともおったけど、手の上には何も乗っていなくて疑問符を浮かべる。


「なに?」
「先輩の持ち物なんかくれません?」
「は、え?なんで?」
「ほら、よくあるじゃないですか。第二ボタン貰うやつとか」
「あるね…いやあるけど、え?」


さっきまでムスッとしていた顔が、にこにこ顔になっていて少し怖い。突然私の私物が欲しいと言い出した黒尾くんに驚いた。何…持ち物って何あげるの…。はやくはやくと催促をしてくる黒尾くんに慌てながら何かないかと探してみる。パッと目についたそれを取り外して黒尾くんに差し出す。


「これでいい?」
「充分」


私から受け取った校章を見て満足そうにそう言った黒尾くんが何を考えているのかはわからない。


「そんなのもらってどうするの」
「さっき言ったんですけど」
「え?」
「第二ボタンとか貰う意味知らないんですか?」


知ってるよ。
知ってるから、意味がわからないんだよ。黒尾くん私のこと好きじゃないでしょ。
だって、最初こそ素直に言うこと聞く後輩だったけど、一年も経てば完全に打ち解けて、生意気な口を聞くようになったり、私を揶揄ったりしていたし。


「好きです。先輩は知らなかったでしょうけど、一年の頃から」
「……ど、ドッキリ」
「じゃないっすよ」


もしかしてバレー部のみんなで私を騙そうとしているのではと辺りを見回したけど、誰もいないし、黒尾くんには否定された。


「嘘だあ…」
「その反応普通に傷付くんですケド」
「ご、ごめん」
「まあ、予想通りの反応ですけどね」


そう言うと黒尾くんは一歩ずつ距離を詰めてくる。長身の黒尾くんが近づいて来るに連れて徐々に見上げる角度が高くなって首がキツいので一歩下がろうとすると花束を握る腕を掴まれた。


「卒業しても試合見に来るって言ってましたよね」
「い、言いました」
「絶対、見に来いよ」
「すっごい上から…」
「惚れさすんで」


自信満々に言った割に照れているのか耳が赤くなっているのが見えて、少し可愛く思う。


「俺しか見えなくさせるんで」
「っふふ…うん」
「笑うとこじゃないんですけどね?」
「いや、だって」
「はぁ…なんで卒業するかな」
「え、もしかして私が卒業するから不機嫌だったの?」
「…そーですよ」


素直に答えた黒尾くんが可愛くて、空いている手を黒尾くんの頭に伸ばして撫でようとするとそっちの手も掴まれてしまって両手を拘束されてしまった。


「そういう年下扱いをやめろって言ってんの」
「ええ…」
「わかってんの?この体制だったら普通にキスとか出来るんですけど」
「え!?」


キスとかいう単語が黒尾くんから飛び出して、体が硬直する。腕が掴まれた状態ではどうしようもないのに、足を一歩後ろにずらして逃げようとすると「冗談」と黒尾くんが言うから、ホッとする。


「でも、次こういう状況が来るとしたらするけど」


握られた腕に力が込められて、熱が伝わる。
さっき冗談って言ったのが嘘なんじゃないかってほど近い距離でそう言った黒尾くんに耐えられなくてぎゅっと目を瞑って構えると、ふはっと吹き出す声が聞こえて目を開ける。


「緊張しちゃってかわいーですね、センパイ」
「っむ、むかつく…!」
「ああ、もう先輩じゃなくなるか」
「…今はまだ先輩だし」
「じゃあ、次会った時は先輩って付けなくていいですよね?」
「よくない」
「なんで」
「もー…腕離してくれませんか…」
「じゃあ、俺の名前呼んでくれたら離してあげます」
「なんでそうなる」
「呼んで欲しいんで」
「やだよもう…」
「ほらほら、早く呼ばないとどんどん距離が近くなっちゃいますよ」


両手を少しずつ後ろに引きながらそう言う黒尾くんに慌てる。このままでは私が黒尾くんに抱き付く形になってしまう。ええと、名前、黒尾くんの名前…!


「って、鉄朗!黒尾鉄朗!」
「フルネームじゃなくても良かったんですけど、まあ、いいか」


パッと腕を解放されて、急いで距離を空ける私を見て黒尾くんがにっこり笑う。


「意識してくれました?これからはこんな感じでいくんで覚悟しといてくださいね」


ひらひらと手を振る黒尾くんに「ばいばい!」と大声で言って逃げるように友人達の元へ向かった。
黒尾くんはああ言ってたけど、これから会う機会なんて滅多になくなるのに………と思っていたら、部活の為に教えていた連絡先に帰って早々メールが届いていて、自分でも驚くくらい心臓が高鳴った。…どうやらまたすぐに、黒尾くんに会うことになるらしい。返事を打ち込む指が震えるなんて初めての経験だった。


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bkm
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