▼ Already, the limit
それからの毎日は私にとって地獄でしかなかった。
今までの嫌がらせはもちろんそのままで、直接的に暴力、とまではいかないけど軽い怪我をさせられることはあった。
中でも一番怖かったのは、階段を下りている時に背中を押されたことだろうか。まだ段数が少なかったから良かったものの、これがもっと高い位置だとしたらと考えるとゾッとする。
これらの行為によって、私の精神は確実に磨り減っていった。
授業と授業の合間の時間が私にとって何よりも辛い時間だった。座っているだけで此方に向けられる敵意むき出しの視線にひたすら耐えることしか出来ない。
はやく、はやく次の授業…。そんなことを考えていると、久しぶりに聞く声にビクリと体が反応する。
「なまえ」
…前に、落ち着いて話をしたのはいつだったっけ。副主将になるかもしれないと聞いた時くらいかな。あれから本格的に部活で忙しくなってしまった彼と話す機会はあまりなかった。本当なら、名前を呼ばれて嬉しくて仕方がないはずなのに、自然に、笑えるはずなのに。…それすらも出来なくなっていた。
『…あ、』
周りの視線が痛くて、さっと立ち上がって彼のところまで行く。いつもなら私も彼の名前を呼んで返事をするのに。何故だか彼の名前を呼ぶことが出来なかった。
『どう、したの?』
「ごめん、電子辞書持ってないかと思って」
次の授業で使うらしいの忘れてて。
京治くんが忘れ物だなんて、部活よっぽど忙しいんだね。大丈夫?体調崩してない?ご飯ちゃんと食べてる?
言いたいことはたくさん浮かんでくるのに、どうしてもそれを口に出すことができない。…ここのクラスの人達に、彼と話しているところをあまり見られたくなかったから。後で何をされるのか考えるだけで嫌になった。
返事を待つ京治くんに、言葉を詰まらせながら何とか返事をする。
『え…っと、ごめん、私ももって、ない』
「そっか」
『ごめんね』
「大丈夫大丈夫。ありがとう」
他の人をあたってみると言って教室を離れる京治くんに、罪悪感がうまれる。…電子辞書を持っていないなんて真っ赤な嘘だ。さっきの授業で使い終わってから鞄の中にしまったばかりだ。どうして、こうも私は弱いんだろう。
前までは何をされたって、京治くんからは離れないと思っていたのに……今では自分から遠ざけている。ぐっと握り締めた掌に爪がささって痛い、けど。少しでも力を緩めたら泣いてしまいそうだった。
…ごめんね、なんて心の中でいくら言ったところで彼に届くわけもないのに。
▼ ▲