Quiet threat

『お母さんおはよう!』

「あら、もうすっかり元気ね」

『うん、もう大丈夫だよ』

「そう?」



身支度を整えてからお母さんに元気に挨拶をして朝食を食べる。
はっきり言ってまだ完全に元気ってわけじゃないけど、これくらい明るくしていなくちゃやっていけない。なんて言ったって昨日の今日だ。教室へ行かなければいけない事を考えると胸が痛むけど、しょうがないことだ。頑張ろう。とりあえず、今日一日。



「じゃあ、お母さんそろそろ行くけど…本当に大丈夫?」

『大丈夫だって!いってらっしゃい!』



未だ心配そうに私を見るお母さんの背中を押して玄関まで見送ると、行ってきますと言って出て行った。ふう、と一息吐いてから朝食を済まして食器を片付ける。

大丈夫、大丈夫。起きてからずっとそう自分に言い聞かせている。まだドキドキはするけど、昨日よりは安定してる。



『行ってきます』



家に誰も居ないから、返事は返ってこないけど。
いつもより少し早く家を出て、いつもより少しだけ歩くスピードを落とす。京治くんは今頃朝練でもしてるのかな。
ずっと下を向いて歩いていたら、気付くともう学校に着いていた。はやく着いて欲しくない時に限って、はやく着いてしまうんだから不思議だ。少し落ち着いていた心臓が、またトクトクとリズムを刻み始める。軽く深呼吸をしてから教室のドアを開けると、一瞬、教室に居た人達の目線が此方に向いて、直ぐに逸らされた。……大丈夫、深く考えちゃ駄目だ。
自分の席に座って荷物を整理した所で、隣の席の彼にいつものように挨拶をする。



『おはよう』



頬杖をつきながら前を見ている彼は、私の言葉に何も返さない。聞こえて、なかったのかな。少し戸惑いながらも、もう一度「おはよう」と口にした所で彼の目が一度私をうつす。けれど、それは直ぐに逸らされてまるで何もなかったかのようにまた目線を前に戻す彼に、また、胸が…、



「あ、なまえ来てたんだ!おはよう!」

『っ…え?』

「昨日知らない間に帰っちゃってたから心配したんだよ?」

『あ、』



私と彼の間に割り込むようにして入って来た優里ちゃんは、この前私に向けていた冷たい視線とは全く違う、まだ私と彼女が「友達」だった頃に向けてきた優しい視線で私に話しかけてくる。なんで、いきなり…?だって、もう話しかけないって、もう限界だからって…。



『…な、ん』

「優里、無理しなくていいよ」

「そうだよー」



何で。
そう口にしようとすると色んな所から声が聞こえる。…勿論、全て私に向けたものじゃなくて、優里ちゃんに対するものだ。



「えー?」

「優里辛いでしょ?みょうじさん見るの」

「そんな子放っておきなよ」

「え、だけど、それじゃ可哀想でしょ?」



しれっとした顔でそう言った優里ちゃんに、周りの女の子達が口々に「優里優しすぎー」と言う。
本当に、優里ちゃんはそう思っているのかなんて考えるだけ無駄な気がする。
私にしか聞こえない程の小さな声で、優里ちゃんが言った。



「ねぇ、この前のこと赤葦に言ったら許さないから」



もう、学校は私にとってただの地獄でしかないのかもしれない。

  
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