【聞いてないよ】
私がバレー部に入部して、暫く経った。どうなることかと思っていたけど、部員みんな優しい人達ばかりで直ぐに馴染めた。ちなみに監督とコーチにも挨拶済みである。
「随分と可愛らしい子が入ってきたなぁ」
「これから頼むな」
猫又監督は私を見るなり笑ってそう言った。直井コーチも優しそうな人で良かった。
大分私の仕事にも慣れてきた頃、研磨と一緒にご飯を食べている時に唐突に言われた言葉に頭を傾げる。
『遠征…?』
「そう、なまえは親と話してから決めろってクロが言ってたよ」
『遠征って、どこに行くの?』
「宮城だって」
『え、宮城…宮城まで行くの!?』
「うん」
驚く私を気にもせずにもぐもぐと咀嚼している研磨は至って冷静だ。宮城って…そんな急に言われても。しかも出発は来週のゴールデンウィーク。いくらなんでも唐突すぎじゃないの。そう言うと「言うの忘れてた」と返ってきた。それって研磨のせいじゃんか。
『ええ…、じゃあゴールデンウィークの間みんな居ないの?』
「選抜メンバーだけで行くから、リエーフとかは残るよ」
『んん…じゃあ、クロ先輩も海先輩も夜久先輩も走くんも虎くんも研磨もいないの』
「芝山もね」
『え、優くんも居ないの』
なんだか寂しいなあ。
どうしようかな、宮城か、私行っても大丈夫なのかな。みんなの足を引っ張ったりしちゃわないかな。
「…なまえ来ないの?」
『どうしようかなって』
「来ればいいのに」
『研磨は来て欲しいの?』
きっと冷たく返されるだろうなと思いながら笑ってそう聞くと、私の予想とは全く逆の言葉が返ってきた。
「…なまえが来たら、夜までずっとゲームできると思ったんだけど」
『研磨…!』
すぐに目を逸した研磨にすかさず抱きつくと、心底迷惑そうに「離して」と言われた。ひどい研磨。文句を言う研磨を無視してぎゅーぎゅーと抱きしめていると、後ろからもう聞きなれた低い声が聞こえた。
「何やってんのお前ら」
『あ、クロ先輩』
「…はやく離して」
苦しそうな研磨を開放してあげると、クロ先輩は私に向き合って話し始めた。
「研磨から聞いたか?遠征のこと」
『いまさっき聞きました』
「はあ?…オイ、研磨」
「…ごめん、忘れてた」
研磨の言葉に深く溜息を吐いたクロ先輩は「今日帰ってから親と話して決めろ。結論が出たらすぐ俺にメール」と言った。お母さんならきっと許してくれるだろう。
『親に確認とってないですけど、行きます!』
「は?駄目に決まってんだろ」
『え、何でですか?』
「俺だって一応主将としての責任があんだから、お前の親からの了承を貰わなきゃ連れてけねーの」
『…研磨、クロ先輩が主将っぽいこと言ってる』
「イイ度胸してんなお前」
指の関節を鳴らし始めたクロ先輩に、研磨の後ろに隠れて「わかりましたわかりました今日連絡します!」と返せば先輩は「それでいいんだよ」と笑って言った。目は笑ってないけど。
「とりあえず、行く気はあるみてーだから準備は早めにな」
『はーい』
「研磨、お前も」
「うん」
それだけ言うとクロ先輩は私のお弁当箱に入っていた卵焼きをひとつつまんで口の中にいれて、じゃーなと言って出て行った。あまりにも自然な動作すぎて、何も言えなかった。
『ど、泥棒猫…!』
「その言い方やめなよ」
悔しいけれど、研磨に促されて少し寂しくなったお弁当の中身を再び食べ始めた。
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