研磨は付き合ってから私に何もして来ない。付き合い始めはそわそわとしていた私も何だか拍子抜けと言った感じで肩の力も抜けてしまった。あれ、私達付き合ってるんだよね…?
不安になって黒尾先輩に相談したもののニヤニヤとした顔のまま「じゃあお前が研磨襲っちゃえば?」と冗談混じりにそう言った。馬鹿なのかこの人。そんなことしたら絶対に、きら、われ……。



「名前?」

『っあ、あ!?なに!?』

「いや、ぼーっとしてたから」

『え!?な、なんでもないよ大丈夫大丈夫!!』

「…そう?」



何を考えてるんだ私は!!!!あんな先輩の言うことなんて放っておけばいいんだ!!忘れろ!!
チラリと研磨の顔を見ると相変わらず携帯を手にしたまま夢中でゲームをしている。何だか寂しくなって来て、また頭の中で先輩の言葉がぐるぐると回る。…女の私がそんなことしていいの。だって研磨は嫌じゃないの。そんなこと突然されて驚いて嫌いになったりしないの。
…ーー「案外研磨も待ってたりして」
うるさい先輩の馬鹿野郎。大体先輩がそんなこと言わなければこんな変な気持ちにならなかったのに。もう一生恨みますからね。……ううう、研磨、



『…けんま』

「なに?」



私に目も向けずにゲームを続ける研磨に私の中の何かがプツンと切れた。
携帯を持っていた研磨の両手を自分の両手を使ってぎゅっと押さえる。目を見開いて驚いている研磨と距離を詰めて軽く唇をくっ付けてから直ぐに離す。

…やって、しまった。
こんなこと勢いに任せてする事じゃない。ましてや研磨との初めてのキスだ。これはもうドン引きものだ。顔を青くして後悔する私に黙り込んでいた研磨が口を開く。



「…これで終わり?」

『………へ?』



目の前の研磨は私の予想と反して挑発的に笑っていた。……私の知ってる研磨じゃない。
驚いて手の力を緩めると私の手から解放された研磨の手が私の頬に触れる。



「名前はこういうの嫌だと思ってた」

『え…』

「嫌じゃない?」



なんだ、これ…。
研磨の顔がこんなに近くにあるのは初めてで、いや、私から近付いたんだけど、これは予想外で。混乱する頭で必死に言葉を探して口に出すと、本当に恥ずかしくてどうにかなりそうだ。



『…いやじゃ、ない』

「うん」

『もっと…けんまと、ちかづきたい』

「…うん。俺も」



そう言った研磨が笑ってから目を閉じたのが分かって私も同じように目を瞑った。


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