第12話
「じゃ、井浦明日なー」
「おー!」
鞄を持って次々と教室から出て行く友人達に返事をして、俺は一人で教室に残る。今日は日直で、もう一人は何か用事があるとかで急いでたみたいだから俺がやっておくと言ったら凄い感謝された。よっぽど大事な用事だったんだろう。今度ジュースを奢ってくれるらしい。やったね。
『あ、日直だ』
「あれ、なまえ。今日先に帰っていいって言ったのに。石川は?」
『何か先生に呼ばれて行っちゃった』
「あちゃー」
『あとどれくらい?』
「もうちょい」
『一緒に帰ろ』
「いーよー」
俺の前の席に座って後ろを振り返るようにして座ったなまえは、しばらく俺の手元を眺めてから話し始めた。
『秀の字ってかわいいよね』
「え、なに突然」
『かわいいっていうより、小さい子の字みたい』
「…それって褒めてないよねー!」
あと少しで書き終わると言う所でなまえにそう言われて、自分の字が気になる。…俺だって、もう少し格好良く書ける…はず。消しゴムをもって、少し消して上から新しく書き直す。かわっ……いや、そんな変わんない。もういいや、適当で。そう諦めた所で、なまえが静かなのに気が付いてなまえの顔を見てみると、窓の外をぼーっと眺めていた。
「なまえ?」
『っ…え?』
「いや、ぼーっとしてたから」
『え、あ…なんでもないよ』
「そう?」
声を掛けると、ハッとしたように此方を向いたなまえはすぐに笑顔になったけど、何処かおかしいことくらい直ぐにわかった。…とりあえず、これを書き終えたら詳しく聞いてみようかな。そう考えて、もう一度シャーペンを走らせるとなまえが口を開いた。
『…秀、あのさ』
「んー?」
『透って、好きな人いるのかな』
「……え?」
ピタリ、とそれまで動かしていた手を止めて、なまえの顔を見ると、少し俯いていて顔がよく見えない。え、いま、なんて?
「え?なまえ?」
『と、透のさ!好きな人の話ってあんまり聞かないでしょー?だから、』
手を前に出して慌てるなまえに、素直に思ったことを聞いてみる。
「石川のこと、気になんの?」
しっかりとなまえの目を見ながらそう言うと、なまえは目を逸らして消え入るような小さな声で「わかんない」とだけ言った。中学三年の冬のことだった。
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