「うわぁー…、もう無理」
『えぇ、まだ半分しか終わってないよ』
「だってさぁ!ちょっとこれ見てよ!」
そう言って半泣きで私にテキストを見せてくる彼は、私の彼氏である。今、私達は秀の家でテスト勉強の真っ最中だ。真剣に課題を進めていると、さっきまで真剣にやっていた秀の手が止まり、冒頭に至る。
『数学…』
「これ苦手なんだよ」
『うわぁ、これ私も無理なやつだ』
「だよね」
『明日学校で堀さんに聞こう』
「んー、そうしよ」
問題は直ぐに解決して、私はもう一度自分の課題に向き直る。あともう少しで終わりそうだから頑張ろうとシャーペンを握り答えを書いていくと、なんだか視線を感じて顔を上げる。
『…秀?』
「集中力きれた」
そう言った秀は顎を机の上にのせて口を尖らせる。なんか可愛いな、なんて考えていると、今日はもう勉強おわりにしよ、なんて言うから今やってる課題が終わったらやめる、と答えた。わかった、と返事をした秀はアイポを取り出して音楽を聴きながら口笛を吹く。秀の口笛をBGMにして残りわずかな課題をささっと終わらせる。
『出来た!秀終わったよ!』
「おー!おめでとー!」
『私も音楽聞く』
「!片方貸す…!」
『うん』
「これさぁ、一回やってみたかったやつ!」
『一緒に聞くの?』
「そうそう!」
少し興奮気味に片方のイヤホンを渡される。秀のすぐ隣に座ってイヤホンを付けようとした所で気づく。……なんか、近い。いや、二人で一緒に聞くとこの方法しかないから仕方がないんだけども。近い、だってすぐ横に秀の顔がある。
「なまえ?流すよ?」
『え、あ、うん』
どもりながらそう答えると秀は不思議そうな顔をしてアイポを弄る。聞きたいと言ったのは私なのに、心臓がうるさすぎて耳に流れてきた曲を集中して聞くことができずにいた。
「これ俺の好きなバンドー」
『へ、へぇ』
「?どうかし…、」
反応が可笑しい私を不思議に思ったのか秀が、すぐ隣にある秀の顔が私の目の前までくる。ぼぼっと、まるで湯気まで出るんじゃないかっていうくらいに赤くなる私の顔を見て秀が固まる。
『う、わ、えっと…』
「………」
うわぁ、やっちゃった…!
慌てて固まっている秀の顔を確認して、驚く。
『…なんで秀まで赤くなってるの、』
「……なまえが赤いから」
『なにそれ』
「なまえの赤いのがうつった!」
あーもう!なんて言い出した真っ赤な秀に何故か笑えてきて、声を出して笑う。
「…なまえ、」
『え…、しゅ、秀?』
名前を呼ばれて秀のほうを見ると、さっきみたいに秀の顔がすぐ近くにあって、また慌てる。
『え、なに』
「目、閉じて…もらえますか」
『!?』
戸惑う私の顔をじっと見ながら私が目を閉じるのを待っている秀に耐えられなくて、目を思いきり閉じる。え、うわ、これあれだ。そういえば付き合ってから一回もしていなかったような。どくんどくんと鳴る心臓に耐えながらじっとしていると少しだけ唇に触れた熱に思わず肩が上がる。
『っ、うわ』
「なまえ、真っ赤」
そう言って笑う秀もさっきまで赤い顔だったくせにいきなり余裕を持った顔になっていて驚く。え、私が異常に緊張してるのこれ…?え、なんで秀そんな余裕なの…?
「うはー、なまえ可愛い」
『え、ちょ』
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる秀は、私の首筋に顔を埋めながら可愛い可愛いと言う。いつもこんなことしない秀にただただ驚くばかりの私に追い討ちをかけるように秀が言った。
「結構我慢してたけど、もう無理かも」
『……はい?』
「…もういっかいしていい?」
『っ!?』
腕の力を緩めて私の目を見て言った秀は、ほんの少しだけ顔が赤いだけで、言われたほうの私はもう真っ赤に染まっていて……なんていうか、情けない。そんな私を見てまた可愛いと言った秀を少し睨んで小さな声でうるさいと言うとまた唇が重なった。
♯羊のような狼のような。
(どうしよう俺)
(!?おかしい!手の位置がおかしい!)
(あちゃー)
(え、うわ、秀!)