『黒尾先輩って、好きな人いるんですか?』

「いるよ」



その言葉を聞いて、私の心は死にました。
思考停止。何も考えることが出来なくなる。でも先輩はそんな私に気付くはずもなく「なんで?」と笑って聞いてくる。そんなの、私が貴方のことを気になっているから、聞きたいんじゃないですか。…と、いうより先輩は私の気持ちに気付いているんじゃないかと思ってました。
先輩は知らないと思いますけど、私の鞄の中には貴方に渡すためのプレゼントが入っているんですよ。でもまあ、今このプレゼントはゴミと化しましたけど。まさかこんな先輩の誕生日の朝に失恋するなんて。めでたいようでめでたくない。



「なまえ?」

『先輩って、今日で十八ですか?』

「ん?あー、そうだな」

『じゃあ、もう結婚できちゃう歳ですね』

「おお、もう結婚の話?」

『その好きな人とできるといいですね!』

「まだ付き合えてすらねーのに」

『私応援してますね』



精一杯の笑顔でそう言うと先輩も笑って返してくれた。
教室に戻るなり、机に伏せる私を見て、隣に座る研磨が「朝の元気はどこへ行ったの」と小さくこぼした。



『…研磨は』

「なに?」

『黒尾先輩に好きな人が居るって知ってたの』

「…………知らない」



バッと顔を上げて研磨を見ると思い切り顔を逸らされた。なにそれ。…何それ、研磨、私が先輩のこと好きなの知ってたじゃん。ねえ、



『…また私の心が死んだ』

「は?」

『親友だと思っていた人に裏切られた気分です、もう何も信用出来ない』

「…何言ってんの」



再度顔を伏せた私に研磨はもう何も言わなかった。
駄目だ、最悪だ。こうなったら今日部活が終わり次第一人でファミレスに行って、いっぱい食べてそれからこの鞄に忍ばせたゴミを何処かの川に投げ捨ててやる。環境破壊とか知るものか。ははは。
そう考えてしまえば、もういいやと思うことが出来て、何だかスッキリした。本当なら今日先輩におめでとうございますと好きですを伝えて終わるはずだったけれど、好きですを言う必要がなくなった今、朝家を出るときに感じていた緊張がきれいになくなった。うん、よかった。朝のうちに先輩に聞いておいてよかった。



「黒尾おめでとー」

「黒尾先輩おめでとうございます!」

「あー、わかったわかった」



部活が終わった後、朝も祝ったけど再度我らが部長の誕生日を祝う。みんなから好かれていて流石だなあ、と思いつつ私も朝と同じ言葉を朝とは違う気持ちで言う。



『黒尾先輩おめでとうございます』

「ん、ありがと」



わしゃわしゃと私の頭を撫でる先輩に、やめてくださいよーと少し抵抗をする。
それじゃそろそろ帰るか、と先輩の中の誰かが言った。私もその言葉を聞いて鞄を持ち直すと、その鞄をぐい、っと引っ張られ、体ごと持っていかれる。



「んじゃ、帰るわー。お疲れ〜」

「!黒尾先輩みょうじ先輩とどこに行くんですか!」

「リエーフには教えねー」

「何でですか!」



私を放って他の部員と話す先輩を見上げて困惑していると、少し離れたところから研磨が私をじっと見て「がんばれ」と口を動かした。
まばらに歩き始めた部員たちをよそに、未だ立ち止まって私の鞄を引っ張る先輩は「俺に何か言うことは?」と私に聞こえるように言った。



『え、』

「言うことあるんじゃない?」



鞄から手を離して、私の顔を覗き込むように背をかがめた先輩に、パニックになりながらもう一度「お誕生日おめでとうございます」と言う。



「それはさっき聞いた」

『じゃ、じゃあ、何を…』

「…じゃあまずその鞄の中から見せてもらおうか」

『………はい?』

「はい、見せて」

『い、いやこの中ノートとかしか』



私の言葉を無視して私から鞄を奪うと勝手にチャックを開けた先輩はすぐにそれに手を伸ばした。



「これは?」

『…ゴミです』

「随分綺麗なゴミだな」

『そうですねー…』



しゅるしゅると、巻かれたリボンを解く先輩に私はもう止めるのをやめた。…最悪だ。そもそもこれ、告白が成功したとき用のプレゼントなのだ。
中身を取り出した先輩は満足そうに私の方を見て「じゃ、プレゼントも貰ったことだし」



「そろそろ、聞きたいんだけど」

『……先輩は、』

「んー?」

『意地悪ですね』

「そ?」

『性格悪いです』

「ひでー」

『知ってたんですよね』

「何を?」



言いながら、しゃがみ込む私に合わせてその場にしゃがんだ先輩はそう言いながら私が渡したマフラーを私の首にかけた。



『…私が、先輩を好きだって』

「全然、知らなかったわ」



マフラーを引っ張っられて顔が近付く。…ああ、もう。



「泣いてるし」

『泣いてない、です』

「悪かったって」

『…先輩は、』

「ん?」

『先輩は、どうなんですか』

「それ聞く?」

『私ばっかりで、ずるいです』

「…じゃ、朝言ってたの」

『え?』

「応援するって言われたし。あれお前に叶えて貰おうかなー」

『あさ…』



ぐっと引かれたと思うと、そのまま先輩とキスをした。
ぱちぱちと瞬きをする私に、今日で十八だから、と先輩が耳打ちした。





♯HappyBirthday.

(な、なに言ってるんですか)
(お前が言ったんだろーが)




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