今日は、私の好きな人の誕生日である。 同じバレー部に所属している同学年の赤葦京治くん。 私はバレーが好きで中学の頃は選手として出ていたが、あまり上手くはなくて。それなら、せめてサポートする側に回ろうと女子バレー部の方へ向かう途中で男子バレー部マネの先輩に捕まってしまい、男子バレー部に入ることになってしまった。…まあ、今となっては、先輩達にも感謝している。 赤葦くんは一年生の中でもずば抜けてバレーが上手く、また一つ上の木兎先輩に気に入られ二年生になってからは、二年唯一のレギュラー、そして副主将にまでなってしまった。 「ははーん、さては赤葦の事が好きなんだな?」 今から二日前。部活が終わった後の自主練時間。私はボール拾いを手伝いながら先輩と他愛もない話をしていると、突然そんな言葉を投げかけられて思考停止した。両手に抱えていたボールが、コロコロと転がり落ちてしまった。 どうしてそんな話題になったのかよく覚えていない。私は、赤葦くんのことが好きだと誰かに打ち明けたことはなかったはずだった。どうして、それをこの人は……パニックになってわたわたと慌てる私を見て「え?まじで?」と言った先輩は、どうやらかまをかけただけらしく、確信はなかったみたいだ。 『ち、ちがいます』 「いや、明らか動揺してるよね?」 ニヤニヤとし始めた先輩から距離を取りつつ、落としてしまったボールを再び集める。しまった、さっきの反応で先輩は確信を持ってしまったらしい。どうしよう、こんなこと、赤葦くんに伝えられてしまったら。 「もちろん赤葦には黙っといてあげるよ」 『え!?』 「え?俺が言いふらすと思ってたの?心外だわ〜」 『え、いや、そんな』 すみません思っていました。 私の心を読んでいるかのように話す木葉先輩は、少し怖い。 ああ、もう。はやくこの話題終わってほしい。 「明後日さあ、赤葦の誕生日じゃん」 『…そうですね』 「告白しちゃえば?」 『は…?』 サラリと、とんでもないことを言い放った先輩に、せっかく集めたボールがまた腕から零れ落ちる。 「バレー部でのお祝いは朝のうちに終わるし、部活終わってからとか…どう?」 『え、ちょ、え…?』 「いいじゃん最高の誕生日プレゼントだと思うけど」 いや、それは好きな人からの告白ならそうかもしれないけど…ただ部活が同じなだけな私から、いきなり告白されたら赤葦くんはどう思うだろう。……考えただけで血の気が引く。そんなの、ちょっと引くに決まっている。ましてや、自分の誕生日に告白だなんて、せっかくの誕生日に嫌な思い出を追加させたくない。バレー部でのお祝いだけでいいじゃないですか。 「よし!決まりな!あとは俺に任せといて」 私が一人で悶々と考えているうちに、先輩はそう言って親指を立てながらウインクをしてきた。いやいやいやいや。 『ちょ、先輩…!』 「じゃ、明後日頑張れよ!」 …と、言うことがあり、今日はもう赤葦くんの誕生日当日である。 あれから部活で謎のアイコンタクトをしてくる木葉先輩に、無理ですと伝えることが出来なかった私は、二日前から「告白」の二文字が頭から離れない。そもそも私、生まれてから今まで告白なんて一度もしたことがない。告白ってなんだ、好きですって伝えるのか…私が?赤葦くんに? 『…絶対無理』 でも今更木葉先輩に無理ですって言うのも無理だ。 これのせいで朝のお祝いは赤葦くんの顔をまともに見ることが出来なかった。 どうしようどうしようと考えていると、時間が流れるのは早いことで、気付けば部活が始まる時間になってしまっていた。 気が重い…そもそも木葉先輩は何を手助けしてくれるって言うの…お願いですから何もしないで欲しいです。 「みょうじ、みょうじ」 ちょいちょいと手招きをされて、そちらに向かうと「今日は木兎を何とかしてやるから、お前は赤葦と二人で帰れよ」なんて耳打ちされた。…本当に、告白するんですか私。そう言葉を漏らすと「当たり前、みょうじはこうでもしないと自分からは動かないタイプだろ」と、返ってきて、ギクリとした。 『たしかに、そうですけど…』 「やっぱなー、絶対今日のうちにしろよ。そんで、明日報告」 『え、えぇ…』 「先輩命令」 ニヤリとそう言った先輩に口ごもると、自信もって行ってこいと背中をたたかれた。 あっという間に終わってしまった部活に、いよいよ緊張はピークに達する。 「よォし!今日は赤葦の誕生日だから、俺が赤葦の練習に付き合ってやろう!」 大声でそう言った木兎先輩に、赤葦くんが若干うざそうな顔をする。それを見ていた木葉先輩が慌てて木兎先輩に近付くと何かを耳打ちしていた。その数秒後「マジで!?」と声を上げた木兎先輩は私の方を見ると目を輝かせながら親指を立てて来た。…木葉先輩、言いましたね。ぎぎぎと睨みつけると、手を合わせてゴメンゴメンと口パクで言っていた。 「何ですか。やるんですか?やらないんですか?」 一人だけ状況を読み込めていない赤葦くんが先輩達に向けてそう言った。 「今日はナシ!木兎は課題がたまってるから今から俺らと勉強な」 「はあ!?聞いてね、」 「で!赤葦はみょうじ途中まで送ってってやって」 『えっ?』 そういうこと? 木葉先輩の言葉を聞いて赤葦くんはチラリとこちらを見た後に、もう一度前を向いた。 「…言われなくても、送ります」 「んじゃ、頼むわ」 『え、え…?』 それからさっさと体育館を出た赤葦くんに続いて私も体育館を出ると、すぐに着替えて更衣室から外に出た。 赤葦くんが、ああ言ったのを聞いて驚いた。実は赤葦くんと二人で帰るのは今日が初めてで、いつもはみんな一緒に帰るから二人きりなんて、なったことない。 『…赤葦くん』 「じゃ、帰ろっか」 そう言って歩き始めた赤葦くんの少し後ろをついて歩く。 どうしよう、何か、会話。何か話さなくちゃ。 体育館の中の温度と違って、外はとても寒い。もう12月なんだから、当たり前なんだけど。緊張も相まって手がとても冷たい。両手をこすり合わせながら、まず始めに赤葦くんに言わなくてはいけないことを口にした。 『赤葦くん、誕生日おめでとう』 「ん、ありがとう」 少し微笑んでそう言った赤葦くんに胸が温かくなる。なんだかほっとして、少し緊張が解けた。 『朝のお祝いはどうだった?』 「…驚いた。あれはほんとに心臓に悪いからやめてほしい」 『あはは』 いつも通りの距離で普段と同じように会話をする。やっぱり、木葉先輩には申し訳ないけど告白はまたの機会でいいや。ごめんなさい。 「みょうじも止めてくれればいいのに」 『先輩達には逆らえません』 笑ってそう答えると、赤葦くんが少し間を開けて「木葉さんにも?」と言った。 ……うん? 『え?』 「いや、みょうじ木葉さんと仲良いでしょ」 『…そうかな?』 「今日だって木葉さんと、」 そこまで言いかけて口を閉じると「なんでもない」と言って口を閉じた。 なんでもなく…ない。私、もしかして今とんでもない誤解を生んでいるんじゃないだろうか。赤葦くんは、私と木葉先輩が何か親密な関係だと勘違いしてしまっているのでは…? 『っま、待って!』 「え?」 『ち、違うくて!わ、わたし』 慌てて赤葦くんの服を掴んで引き留めると、赤葦くんが驚いたように目を見開いてこちらを見る。 「…みょうじ?」 『私、まだ、赤葦くんに…言いたいことが』 ばくばくと鳴る心臓に変な汗をかいてしまう。さっきまで冷たかった手もじわじわと熱い。赤葦くんの顔を見ながら言うことなんて、できるわけない私は赤葦くんの服を握ったまま下を向いて、やっとの思いで小さな声を発した。 『…わたし、赤葦くんがすきです』 とうとう言ってしまった。 もう引き返せないな。明日の部活、一気に行くのが嫌になってしまいそうだ。どうしよう、告白したはいいものの、この後どうしたらいいの。 無言のまま動かない赤葦くんは今、どうやって断ろうか考えていたりするのかな。そんなことを考えて、握ったままでいた赤葦くんの服をそっと放した。 意を決して、未だに何も言わない赤葦くんのほうをチラリと見上げてみると、赤葦くんが顔に手を当てていて、どんな顔をしているのか見えない。 『あ、赤葦くん』 「…あー、」 あー、と言いながらその場にしゃがみ込んでしまった赤葦くんに、慌ててさっきの告白に付け足すように言う。 『と、突然ごめんね!びっくりしたよね、ほんと、全然気にしなくていいから!ただの独り言みたいなものだし、その、全然…これからも友達って感じで、』 「…無理」 『え…』 「気にしない、とか…無理」 その言葉に、ぐっと胸が詰まる。 …そりゃそうだ、簡単になかったことには出来ない。友達だと思っていた相手が、自分を好いているとわかってしまったら、もう今までと同じように接するなんて不可能だ。ごめんなさいと小さく言葉を漏らすと「違う」と今度は赤葦くんに腕を掴まれた。 「俺も好きだから、さっきのなかったことにしないで」 その言葉が上手く理解出来なくて、掴まれた腕を辿るようにして目線を赤葦くんの顔に移して息を飲んだ。…待って、待って。 『え…まって』 「待てない」 『う、うそだ』 「嘘じゃない」 『…だって、あかあしく』 「みょうじ」 『っ、』 「俺も、ずっと前から好きだった」 真っすぐ私を見てそう言った赤葦くんの顔は少し赤くて、掴まれた腕には確かに熱を感じる。色んな感情が入り混じって、目からぼろりと涙が零れ落ちる。それが顎を伝う前に袖で拭い取ってくれた赤葦くんに、また涙が出て来た。 落ち着いたら、もう一度、ゆっくり話がしたい。そんな事を考えながら頭の片隅で世話焼きの先輩に少し感謝をした。 ♯HappyBirthday. (ありがとうございました) (ああ、いいよ。お前ら両想いなの知ってたし) (……え?) 2016/12/05 ×
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