第10話「決心」01
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「ほんっ―――――とうにばっかじゃないの!?」
 ズドン。
 昼休みに突きつけられた凄まじい怒りの一声に、彩歌は驚きも怯えも隠せず後ろにひっくり返っていた。啓司も助け起こすどころか頭を殴ってくる。
「いたっ!? あぅ……」
「親父だけであの女をなんとかできるわけねえだろ! 何死にに行くような真似ばっかりしてるんだよお前!」
「だ、だってね……」
「だっても何もないわよ! 朝あの人が近くにいた事も驚いたけど! それ以前の問題、何回自分から危険に身を投げれば気が済むのあんたは!」
「かっ、肩痛いっ、目ぇ回るよぉ……! ひゃぅぁ……ぅ」
 激しく揺すられた彩歌は、やっと放してもらえた反動で一気にコンクリートの床に倒れこむ。真上に見えた啓司を恐る恐る見上げて、目を丸くした。
 視線を逸らして苛立つように顔を歪ませている彼が、なんだか悔しそうに見えたのだ。
「けーじ……?」
「伊川も怒ってるって事よ。なんにせよね。それで、和解できたっていう確たる証拠はあるの? それもないままについていったって言うんなら、何が待ってるか分かってるんでしょうね」
 もはや獣を狩る猛獣の目だ。蛇に射竦められた蛙のように怯えつつ、こくこくと頷いた彩歌は、多少迷いも残しつつ話し始めた。
 テュシアはもう、言ってもいいと朝方に言ってはくれていたけれど、やはり申し訳なさもあった。

「――なるほどね。作り話とは思い辛い点もいくつかないわけじゃないけど……今までの相手の対応から考えても、嘘をつく気は最初からなさそうだし」
 昨日の昼から夜まで聞いた限りの事を、覚えている限り話せば、理真里は深い溜息をこぼして額を押さえている。啓司は腕を組んだまま校庭の向こうを見やっているだけ。
 それでもと、理真里は弁当の中の卵焼きを挟んだまま、箸を突きつけてきた。
 凛とした目。彩歌は気まずくなる。
「少なくとも最初に与えられた情報だけで食いつきにいけるだけの材料はなかったんでしょ。もし万が一、今回の事を隠すために今までずっと本当の事を言っていて、騙そうとして来ていたらどうするつもり? 例え疑心暗鬼と言われてもこれだけは譲れないわ。あんたは他人に関して無防備すぎるわよ。自覚を持ちなさい」
「……う、うん……」
「それから、あの女性(ひと)に会うのは今回限り。これ以上関わるのは限界よ。彼ですらいっぱいいっぱいだわ」
「そんな! ……わ、分かってる、けどぉ……」
 しぼむ声。理真里の顔すら見れない中、啓司が腕組みを解いてこちらに近づいてきたかと思えば、察したのだろう理真里がひょいと卵焼きを差し出している。
 あっさりと口に加えた啓司は、そのまま何を言うでもなく戻っていった。
 相変わらずだよ……。
「あんたが放っておけないのも分からなくはないけど、司子と呼ばれる人にこれ以上の接触は危険よ。……そりゃ、気にならないわけでもないわよ、私だって。あの情報が本当ならね。それでも私達が関わっていい範囲をとっくに超えてるの。生死に関わる力とすら言われてるのよ、分かってる? 公の場ですらそう言われるのに、私達(こども)ができる範囲ですらないわ。大人すら手にあまるものよ」
 納得できない。何かが心の中でふつふつとしている。
 理真里が正しい事を言っているのも分かっている。彼女の分析に、間違いがあった事なんて本当にないから。分かっている。
 分かっているのに――
「ここまで知ったんだよ?」
「知ったからこそ、退く必要性もあるって事。悪い言い方をするなら他人は他人なのよ」
「他人じゃないよ! 弘輝さんもテュシアさんも、あの男の子だって!」
 理真里も啓司も目を丸くした。彩歌も驚いて固まり、すぐに首を振る。
「他人じゃないよ、他人じゃない! そんなの知らない人だったり嫌いな人の事だよ!」
「そ、それはあんた」
「いいのっ、あたしにとっては≠サういう意味なんだもん!」
 理真里にも啓司にも、絶句された。啓司なんて租借していたのだろう卵焼きの欠片が口の中から覗きかけている始末だ。
「弘輝さん、いつもあたしと会った時顔が青くなってた。また巻き込んじゃうって感じで。一般人一般人って距離置いて、弘輝さんもテュシアさんも、あの男の子だってずっと独りだったんだよ?」

 何しとるん、こんなとこで

 ――火錬ではないのね
 分身でもなさそう……あなた、何

 なんでおるん……! 待てきさん、勝負はついとらんぞ!

 目覚めたか

 一般人を巻き込むんは話が違う。そげんとは、オレは許せん。他に意味はなか

 信じる信じんはそいつの勝手やけん

 いいんか? もうかなり巻きこんどる。こっからまた首突っ込んでっちゃ次は助けられんかもしれんのやぞ

 山にいるわ。案内するからついてきて。あなた達の誰も、今回は殺す気はないから

 テュシアよ。テュシア・クレーネル
 わたしの今の名前。あなたは

 おまっ、また……!? なして戻ってきたんか水想(すいそう)! 彩歌まで巻き込ませるために逃がしたわけやなかぞ!

 あなたは、世界をどう見るの

 一般人は巻き込みたくなか

「一般人で終わりたくないよ」
 もうずっと前から心の中にあった事。線を引かれて、最初に感じたしこり。
 テュシアも、あの男の子も。そして弘輝も。
「なんにも力ないけど、なんにもできないかもしれないけど、自分が危ないからさよならなんてしたくないよっ」
「本当に分かってないわねあんたは」
 疲れたように呟かれ、彩歌は思わずうっと詰まる。
 分かってないのは分かっている。どうすればいいかも分からないし、教えてくれる人だっていない。
 自分で考えなければいけないその答えをどうすべきかは、本当は分かっているのに。
「これは互いのためなの。あんたが関われば関わるほど、あの人達はあんたを守るのに必死になって、いつかボロが出てまたあちこちを放浪しなきゃいけなくなるのよ。あの男の子の言葉、覚えてないわけじゃないでしょう」

 Alcorce of Ignis、Alcorce of Sabulumと、Alcorce of Aquaもこの場所、来ています。もう戦いは、避けられません

「まだ砂の司子がいるのよ。あの人のように暴走しかけないとも限らない。私達が関われば真っ先に誰が苦しい思いをするのか分かってるの?」
「でも――あれ?」
 ふと音が聞こえた気がした。驚いて周辺を見渡して、耳元で響く声に驚いて悲鳴を上げる。
 ――Ah、無事に聞こえますね。マスター、これでOK、ですか?
「あ、あれ? 昨日の!?」
「な、何? どうしたの?」
 ――アヤカ、近くに友達、いるのですか?
「あ、うん。りんちゃんとけーじ……ほら、弘輝さんが叫んでたでしょ?」
 ――Oh、彼女達、ですか。OK。二人にも聞こえるように調整、します
 どういうことなのだろう。何故声が――
 ――Do you hear this?
「な、何よこれ!? あの風の子!?」
 ぎょっとして叫ぶ理真里に、啓司まで顔が引きつっているではないか。
「おいおい、ホラー体験は他所で頼むぜ、ったく」
「ホラーなんて言わないでよ! 風で音を運んだんでしょ、きっと!」
 ――Yes。さすが、です。あなたはとても、賢いですね。早速、上手く行くと、思いませんでした
「え、えーっと……」
 ――本当に繋がっとるん? おーい、彩歌ー。りん、けーじ、聞こえとうとか?
「あっ、弘輝さん!? うん聞こえてるよーあぅっ!?」
 頭を叩かれた。啓司まで脱力している。
「全部幻聴だったらどれだけ……おい弘輝、なんでそいつがいるんだよ。うーわー俺変な人認定されねえよな……」
 元から変だろう。色々と。そう思っても口にできない彩歌は、理真里の鉄拳の痛みにまだ震えている。
 ――人の声ば幻聴っち言うなちゃ。おっちゃんの威厳と尊厳で戦争ば中止にさせられたっちゃん
 そんな尊厳どこにあった。
 啓司と理真里の顔は語っている。
「で、その威厳と尊厳を盛大に使った権力者のおじ様はどうしたの」
 ――おいおーい、随分な言われようだなぁ。おっちゃん傷つくぞ。まあ昼飯を食いに集まってくれたんだ、この子達がな。それで互いの能力を平和的に利用できて、なおかつ他人に知られずに済むような方法はないかと思ってだ。第一回の会議で、トー坊の力は解決気味だな
「トー坊?」
 風の司子の男の子の事だと、城条の声が教えてくれた。理真里が重く息を吐いている。
「とりあえず話は放課後聞くわ。――いい加減予鈴がなりそうだし」
 ――Sure。……勉強、頑張ってください。それでは
 声が途切れた。首を傾げつつ、理真里へと振り返る。啓司も時間を確かめて怪訝そうだ。
「あと十五分もあるぜ」
「その十五分の間に人が上がってきたらどうする気? 私達が変な目で見られるだけならまだいいわよ。纏わりつかれでもしたら厄介だし、それこそさっきの声が他の人にも聞こえたら一大事だわ」
 舌を巻きたくなった。
 ここまで考えて行動できる理真里に、ただ言葉が出なかった。
 やはり、自分の言葉は全て、わがままでしかないのだろうか。
 不安になりそうになって、啓司が頭を叩いてくる。
「いったぁ……な、何?」
「自分の中ではっきりしたんだろ。――言っとくけど、俺も山野に賛成だからな。関わっていい話には思えねえ」
 本当よ。理真里の声はまだ憤然としている。下手に口を開けば程よく乾燥した最高の火薬に、盛大に着火しそうだ。
「徹底的にしごいてあげるから覚悟しなさい、容赦しないわよ。もう頭が悪いだけで済む世界じゃないんだから」
 それと。
 少しだけ口を閉じる幼馴染を見上げ、彩歌は戸惑った。戸惑った傍、抱き締められて目を丸くする。
「……あの人達みたいにあんたまで姿消す事になったら、承知しないからっ」
「――うん。ありがとぉ、りんちゃん……っ」
 泣かないのと、怒ってくる声のほうが、先に泣きそうになっているのに。
 彩歌は一生懸命笑みを作り、涙を拭いた。啓司にまた頭を叩かれても、もう痛いとは、言わなかった。
 そんな世界に足を踏み入れたのは、分かっている。
 ――そうでなければ、理真里がこんなにも心配して泣いてくれている気持ちですら、ないがしろにしてしまうから。




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