第9話「揺らがぬもの」09
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「そっか……また犠牲者が増えたか」
「おっちゃん……ガチであれ、どうにかしちゃらん……?」
「そうです、Master。彼女の子供さ、ついていけません」
「いや、俺も犠牲者なものでな。未だにどうやっても、あやちゃんを大人にはできていないのが現状なんだなぁ、これが」
 現在男湯と化した、突発温泉。
 その世間話の肴は、結局の所やはり、彩歌で。近くで人が来ないかどうかを見張っていても聞こえる小言に、本人は口を尖らせた。
「子供じゃないもん……」
「子供でしょう」
「違うもんっ、違うんだもん! あと三年したら大人だもん!」
「今子供なら子供でしょう」
 返す言葉もない。男湯から拍手が三人分聞こえてきて、当てずっぽうに石を投げた。
 ……どうも、悲鳴的に弘輝に当たった気がしなくもない。少年にからかわれたらしく、湯をかけて黙らせたようだ。そのくせ、今度はじゃれ合うような湯飛ばし合戦になっているらしい。
 膨れっ面だった彩歌も笑い、テュシアに見られている事に気づいて涙を拭きながら首を傾げた。
「あはっ、おかしいよね……どしたの?」
「あなた、普通過ぎるのね」
 きょとんとすると同時、相手は僅かに考えているではないか。けれどそれ以上言う事をしたくはないらしい彼女へと、彩歌は思い出したように笑顔を見せる。
「ねえねえ、山降りたらご飯食べよっ」
「時間の感覚もないの、あなたって」
「うっ……じゃあ明日は? だめ?」
 食い下がる彩歌をしばし眺める女性は、僅かに息を吐いた。
「子供ね。一食だけよ。わたし、外貨の持ち合わせもほとんど――」
「やったあっ! おじちゃん、明日テュシアさんと一緒にご飯食べに行くねーっ!」
「はっ!?」
「お、お前さんなあ……分かった分かった、用意してやるから。今月は赤字か……」
「Master、経営、よくないのですね」
「そりゃあの店名やったら、料理の腕云々以前っちゃろ。オレも最初怪しいって思った」
「余計なお世話だ。俺のネーミングセンスはピカ一だぞー。いい感じに人払いできて」
「狙っとったん!? ちょっ、赤字当たり前やんそれ!!」
「おあっつ!? こー坊温度管理だろう!? 熱い下げ」
「あ、わり……オレ熱上げるのはできるばってん、冷ますのはぶぉう゛ぃ」
 バシャアッ。
 くぐもった音に変わった弘輝の声のおかげで、理解できた。
 テュシアが水を投入したらしい。一気に冷えた事で、城条が盛大にくしゃみをしているではないか。
 それでもすぐに温度が戻ったらしく、弘輝が盛大に咳き込んでいるのと、少年の小さな感嘆の声が聞こえてきた。
「一気に、Riverのように冷たい、でした」
「す〜い〜そ〜う〜……! きっさんやるならやるで前もって言えっちゃおい! 風邪ば引いたらどげんすっとか!!」
「あなた達、何十分浸かる気なの。長い。あなたも煩い」
 笑い転げていたからだろう。釘を刺され、けれど彩歌は腹を押さえるので精一杯だ。弘輝の怒りがこちらにも向いた気がしたが、腹痛と呼吸確保でそれ所ではない。
「彩歌! 勉強見らんぞ」
「はっ、は、はぁい、っあは、ごめ、ごめんなさぁい……ぷっ、あははっ!」
 ぶつぶつと温泉側から声が聞こえてきた。同時に水面が揺れる音が聞こえて、彩歌は道路を見やった。
 暗くなった今、特言って人通りもなければ車も来ない。盛大にくしゃみをした城条の声に紛れて、少年もくしゃみをしたのが聞こえてきた。
「――彼はここ数年なのね」
「え?」
 小さな呟きは、まるで彩歌に確認するようで。意味が分からず首を傾げれば、女性は「アルカース。司子になった時」と、伝えてくる。頷く彩歌は、すぐに困り顔になって笑う。
「あんまり詳しくは聞かなかったんだけど……あれ? そういえば、どうやって司子になっちゃったんだろ?」
 思えば、その肝心な所を聞いていなかった気がする。テュシアがしばし黙り、不思議そうに見ていれば、女性は一瞥してきたかと思えばふいと顔を背けた。
「……わたし達は選ばれただけ。それ以上も、それ以下でもないわ」
「選ばれるって? でも、どうして?」
 押し黙るテュシア。彩歌は慌てて「言えなかったらそれでいいよ?」と付け足すも、女性はふと水の気配のあるのだろう、下り坂方面を見下ろしている。
「……元々、わたしも普通だった」
 目を見開いた。そんな彩歌を見る事なく、淡々と口を開く女性に、表情が見当たらなくて。
「水が凄く好きだっただけで。でもその水に両親を殺されて、気がつけば水で造形≠ナきるようになっていた」
「造形=H 弘輝さんも言ってたけど、それってなぁに?」
「わたしなら水を、彼なら火を操って、本来なら成し得ない外観をとらせる事。動物の形を真似たり、一箇所に停滞させたり、浮遊させたり。彼もわたしもやっていたでしょう。ああやって操る事」
 猿や鳥を真似させた弘輝。水を矛やドームの形に変え、身を護っていたテュシア。
 自らの力で、自然の一部の形を自在に操れる事を、陶器などに代表される工芸に例えて造形≠ニ呼んでいるのだという。
「力を持っていて、親も死んだ。親戚からも気味悪がられて、親殺しとも言われたわ。ハイスクールにも行かせてもらえなくて、最終的には捨てられた。それから後は、ずっと一人」
「……一人……?」
 頷いてくる女性。
「そう。一人。あなたみたいな人は、初めて」
「あたしみたいな……? でもあたし普通だって、テュシアさん……」
 言っていたのに。まるで、世の中全ての人が普通ではないかのような口振り。
 テュシアはしばし黙って、ふいに立ち上がっている。
「あなたは、世界をどう見るの」
「え?」
 突然何を言い出すのだろう。呆けてしまうと同時、後ろから足音が近づいてきて、振り返った。弘輝達がまだ髪を湿らせたまま、こちらにのんびり歩いてきている。タオルは城条が、元々弘輝が怪我をしていた場合を考えて持ってきてくれたものを使っているから別にいいとして。
「あー、風呂ひっさびさやったぁ」
「温泉、初めてでした。気持ちのいいものですね」
「ちょっと待てこー坊、聞き捨てならんぞ今の台詞! 男とはいえきちんと入れ! 汗臭い奴はモテんぞ」
「んなっ、おっちゃんに言われたくなかばい! 絶対サンドアートした後ば砂落としとらんかろうもんが」
「な、何故ばれた……」
「シンクにいくつか砂ば落ちとったら誰でっちゃ気づくくさ!」
 そう怒ってはいても、本人はやや疲れが抜けていない顔。不安げに見上げつつ立ち上がれば、弘輝は苦笑い。
「さすがに力使っとう間は気ぃ抜けんけん。でも数日ぐらいは造形≠ケんで済むぐらいには満足しとうけん平気やけん、な?」
「あの程度で、ですか? Ignisはまだ弱い、ですね」
「……安っぽい挑発には乗らん」
 そう言いつつ、随分とむっとした顔だ。彩歌は笑い、軽く頭を小突かれた。城条も少年とテュシア、そして弘輝を見やり、厳しい表情。
「もうこんな時間だ。これ以上争ったりなんたりしたいんだったら、後が怖い事を覚えておけよ。それからお前さん達全員、戦いだなんてふざけた真似はこれ以上するな。あやちゃんを巻き込むだけで済む話でもなければ、あやちゃんだって尊い一人の命だぞ。意味が分からんようなら、俺だけの拳で済むとは思わん事だ。いいな」
 しばらくして顔を背けるテュシア。少年はしばし考え、「仕方、ないです」と渋々頷いている。彩歌は目を丸くした。
「おじちゃんそんなに凄かったっけ……?」


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