第7話「風運びの少年」01
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「あんた、食いすぎだろ……」
「……う……すまん」
 皿は既に三枚を越えていた。結局乗せられて裏メニューに挑戦しかけた弘輝は、周りに止められた代わりにオムライスやビーフシチュードリアを平らげていたのだ。
 彩歌や理真里、啓司も夕飯がまだだったおかげでそれぞれ頼み(啓司がメニューにないラーメンを注文した時は、弘輝の目が光っていた事に彩歌達は唖然とした)、その額は啓司が出すと言い切って。
 けれど財布の中身を見てやや苦い顔をした幼馴染の顔を、彩歌も理真里も普通に見抜いていた。
「あたし、自分の分ぐらい出せるよ?」
「あんたは小遣いピンチなんじゃないの?」
「お、お年玉でなんとかなるもん! ――何?」
 弘輝にまた頭へと手を置かれ、ぽかんとして振り返る彩歌。脱力している青年は深い溜息。
「あんな……人の事言われんばってん、計画ってもんさ立ててから金ば使いんしゃい」
「だ、だって美味しいんだもん……」
「あー、それ思う。ガチで美味いなぁ。オレ料理できんけん、余計羨ましかごたあるし」
「ご、ごた?」
「……えっと、羨ましいぐらいあるって意味なんだけど……うえ、標準語さ直したらキモいな、オレ」
「自分で言うかよ、それ」
 啓司もやや引いたくせに突っ込む辺り、もしかしたら仲良く慣れるのかもしれないと、かなり楽観視する彩歌は首を傾げる。
「弘輝さん格好いいから、標準語でも行けると思うよ?」
「そうか? ……いや、よか。怖気走るごた気色悪(わる)かっ」
 身震いまでしなくても。理真里も呆れた様子。
「少しは慣れるべきじゃないの? ただでさえここにしばらく留まるんだったら、標準語に近いここの言葉に近づけたほうが無難だと思うけど」
 そうかもしれんっちゃけど。弘輝は困り顔だ。
「生まれてからずっと九州に住んどうけん、標準語慣れとらんっちゃん……オレ気短いらしいしな、苛立ったりしとったらどげんしてっちゃ地元の言葉ば出るんよなぁ」
「田城も大概短気だったけど……九州って血の気そんなに多いのかよ」
 聞かれ、弘輝は考え込む。
「……短気っちゃなかろうか。福岡は女の血の気が酷かけん、喧嘩に口挟んでくるばってんなあ」
「挟むって、止めようとする程度じゃないの?」
 なんがちゃ。どこがという意味なのだろう。弘輝は見事に嫌そうな顔。
「勝手に首さ突っ込んどう癖してから、オレらが『女はすっこんどれ』言うたら『男も女も喧嘩は関係なかろうが』って吠えてくるんぞ。止める前に買っとうとはあっちやとに」
 もしかして……。彩歌はふと思い出し、口の中のオムライスを飲み込むと小首を傾げる。
「それって、弘輝さんのお姉さん?」
「おう。しゃーしかぞ、うちんとの姉貴は……喧嘩自分で売って何倍にされたらさらに累乗倍にして買いようけん」
 自らも夕食にする気だったらしい。ラーメンを作ってきた城条と、カウンターで勝手にレジを使って必要金額を計算し、置きにかかろうとしていた啓司も顔を引きつらせている。
「どんな鬼だよ……」
「やけん姉貴から逃げたっちゃないや。捕まった暁、骨折で済んだらよかっち思うぞ。ヒスの塊やけん」
「何も実の弟にぐらいそこまで酷くはせんだろう……するのか」
 城条、結局顔の強張りは止まらず。彩歌はそれでも羨ましいばかりだ。
「いいなぁ。あたし一人っ子だもん。きょうだい欲しかったなぁ」
「死ぬぞ」
 弘輝と啓司から止められ、二人揃って互いの苦労を感じたような顔。彩歌は気づかず首を傾げ、また弘輝から頭を撫でられたのだった。
「っし、じゃあそろそろ小屋戻るな、あんがとさんでした。おっちゃん、明日も来るけん、いくらでもこき使ってよかばい」
「おっ、じゃあ皿洗いでも頼むかな。覚悟しておけよ……お、風が強まってきたな」
 彩歌が振り返った矢先、風の唸り声が聞こえてきた。弘輝はげんなり顔だ。
「嘘やん……山小屋吹っ飛んだりせんとよかばってん」
「そんなにやわな造りはしとらんだろう、さすがに。――雨が降ったら土砂崩れの危険性はあるだろうから、気をつけないとな」
 ゴッ
 店のテラス付近のガラスが揺れた。激しく叩きつける風に、彩歌も理真里も目を丸くする。
「珍しいね、こんな風」
「台風並みじゃない。もう山からの下降気流は落ち着いたはずだけど」
「今日は穏やかな晴天じゃなかったのかよ……天気予報当たんねえな、最近」
「そうなん?」
 訝しげな表情を見せる弘輝に、啓司が頷く。
「山の麓だから仕方ねえとは思うけど。先週は霙まで降りやがったからな。その後からは特になかったとは思うけど」
「……霙……水想は水しか操っとらんかったけん違うか……」
 呟く青年。彩歌は不安げに見上げた。
「弘輝さん、陽岡に下りて来たほうがいいんじゃ……」
「逆でしょ。あの女を陽岡で目撃したって言ったの、あんたじゃないの」
 理真里だ。風の強まり方に視線を走らせつつ、弘輝へと目を向けている。
「水、火。風がないとは言わないでしょうね」
「……考えとうはなかばってん、言えんな。風やったら風唄――司子で確かにおる」
「おじ様、回線借りるわよ。料金こっち回しで構わないから」
「お前さん、またパソコン持ち歩いてるのか……どうぞどうぞ」
 素早くパソコンを開き、無線LAN用のチューナーを取り出す理真里。電源が入ると、素早く立ち上がる画面に、弘輝は羨ましそうな顔で見ているではないか。
「最新型やん……いいなぁ、オレんと十年前の年代もんとに」
「古過ぎね、買い替えをお勧めするわ。今時CPUを二つ積むなんて常識になりつつあるんだから。あ、これ業務用のパーツ使ってるから性能いいわよ」
「うっわ、進んどうなぁ。今度組んじゃらん? 金は頑張って工面するけん」
「オーケー。OS最新型で、周波数二.五GHzのCPUでデュアルコアマルチプロセッサ、オフィス系ソフト標準搭載済み、容量五百Gのハードディスクノートでいいなら、九万八千ぐらいで手を打ってあげる」
「よかとか!? そげん安くしてもらえるんやったら十二万まで工面するぞ」
「成立ね。準備できたら、OSやソフトはその時の最新型で用意して、金額相応にしてあげるから頑張って。言っておくけどこれ、今回限りのサービスだから。十五型か十三型の三年保障でいい?」
「おう、十三でよか! 恩に着るな!」
「何こんな所で商談してんだお前ら! っつか高校生が打診する額じゃねえだろ!!」
 本当だ。専門用語だらけで流れが掴めない彩歌ではあったが、それでも分かる事はある。
 パソコンでネットを開きながら、無表情でキーボードを叩きながらの台詞が、現代版大和撫子と称されるほどの美人な女子高校生からでいいのだろうか。
 またも強風がガラスを打ち付けてきた。さすがに弘輝もそれ以上余裕を見せはせず、扉の傍へと視線を走らせる。
「――彩歌、まだいらん紙あるか?」
「うん、テストならいっぱい燃やして!」
「テストは取っとけ!! そうやなくていらん勧誘紙!」
 慌ててこくこくと頷きつつ、学校からもらった博物館関連の案内プリントに紛れてテストの用紙も渡したが、見抜かれて抜き取られ、突き返された。さすがに理真里から鞄に忍ばせていたらしい扇子(せんす)で頭を叩かれ、痛みに呻きつつ、プリントが下に落ちて点数が露になる。理真里絶句。
「あと三十点は伸ばしなさいよ! 就職すらできないわよこの点数!」
「りんちゃんこの間見たでしょー!?」
「うげっ、負けてる……」
「お前もちったあ勉強しんしゃい! って違う、外ば出んなよ、怪我ばするけん!」
 もしかして、弘輝と理真里はかなり性格が近いのではなかろうか。そう思うも、確実に百五十度は違うと気づいて苦笑いが零れる彩歌。
 プリントを手に火を灯す準備も万端に、外に飛び出た弘輝はすぐに立ち止まっている。扉に近づいて覗き込もうとした彩歌は、けれど啓司に止められた。
「見てくる――なんでだよ、俺は自分ぐらい守れるぜ」
「失礼かもしれないけど、彼に任せたほうがいいわね……」
 彩歌が慌てて止め、理真里もパソコンの画面を見つつ渋い顔。城条が驚いた様子でパソコンを覗き込む。
「まさか載っていたのか? そこまで知られているものとは思わなかったなぁ」
「私も目を疑ったわよ。データベースサイトにちゃんと登録されてる……」
 彩歌も覗き込み、目を疑った。
  
  
※この内容には仮説・不確かな情報が記されてる、未完成の記事です。さらなる確実な情報を求めています。ご協力ください。
 司子(つかさどりご)
・概要
 英名アルカース(Alcorce)。中世よりその姿を度々目撃されてきた、自然に働きかける力を持つ超能力者達の総称。
 一般に言う超能力者との違いは、働きかけられる自然界の物質に制限があり、それぞれの特徴で、自らを操るものに応じて呼称を変えている(表1)。例えば火であれば火錬の御子(英名 Alcorce of Ignis)、水を操る力が強ければ水想の巫子(英名Alcorce of aqua)など、流動性に長けた物質を得意としている事が挙げられる。
 様々な宗教の伝説の中にもそれに近い能力を保持する生物の姿が描かれている所から、宗教の中には悪魔の使徒として彼らを死刑に処した過去もあるとされ、魔女狩りに拍車をかけたともいわれている。


「短命……って……それなのに同じ司子同士で戦ってたっていうの? 血が騒ぐみたいに? 正気じゃないわよ……」
「ど、どこ? どこに書いてあるの?」
 先に読み終えていたらしい理真里が口を押さえている。左手でその文を示してくれ、読んだ彩歌はすぐに飛び出そうとして、城条に腕を掴まれた。風の唸りを聞き、いてもたってもいられず、すぐに振り解くと走り出す。
「彩! ――っの馬鹿!」


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