第6話 02
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「目覚める? 元から力を有してるわけじゃないの?」
 そうやったらオレ、生まれた時から日本一周せんといかんやん。心の底からいやそうな顔をする弘輝。理真里からハヤシライスを返してもらい、合掌してハヤシライスにありつきつつ(「うめえ! さすが店やっとるなぁ」、「おっ、じゃあ奢るから裏メニュー挑戦せんか?」、「わ、わーダメ危ないよそれ!」)。口の中が暇になっては話してくれる。
「少なくともオレは最近になって目覚めたな。あの女は結構長いっち思う。水の扱いば上手すぎる。
 オレが調べた限りで合っとるんやったら、同じ力の司子は同じ世代じゃ生まれんと思う。まあ、オレが生きとううちは、他の奴が火の司子として目覚める事はなか」
「……それ、全部自分で調べたの?」
 遠い話を聞くように尋ねれば、弘輝は平然と頷いている。
「ほかに誰が調べるん。おかげさんで、図書室のおいちゃんやおばちゃんと仲良くなったぞ」
「よく警察から見つからなかったわね、行方不明扱いだったでしょうに……」
「家には『日本中ば旅してくるけん探さんとって。あと今まで溜めとったお年玉使うけん。じゃっ』って書いといたけん。心配しとらんやろそこまで」
 ……本当に、家を飛び出してきた青年なのだろうか。
 彩歌も理真里も、そっぽを向きつつ話を聞いていたらしい啓司も生暖かい顔。気づいていないのか、弘輝は「あ、話それたな」などと呟いている。
「司子は一旦目覚めたら、自分の力に関わるもん作らんと落ち着かんらしいな。オレも一日一回は、火作り出さんと落ち着かん――あ、燃やすもんは落ち葉ぐらいやけん安心せえよ? 後は……まあこういう力持っとるけん、超能力者から妙に好かれるな。追いかけ回される事もざらにあるし。多分、知っとる奴は知っとる能力っちゃなかやろか。彩歌、いらん紙あるんやったら一枚くれん?」
「あ、うん」
 鞄を漁り、去年のテストが一瞬見えて苦い顔になったが、すぐに隣のプリントを渡した。内容を見られて気まずそうな顔をされる。
「お前、点数そんな悪いんか」
「え? ――あっ、ち、違うの理科が苦手なだけでっ! なんでテストばっかり入ってるのこれーっ!」
「あんたまだ溜め込んでたの……」
 理真里からも疲れたような声を出された。涙目になりつつ返されたプリントを受け取り、今度こそ必要もなければ恥ずかしくもないプリントを取り出して突き出した。弘輝から「今度教えちゃるけん持ってきい」と言われるなど思ってもみなかったので、ことさら恥ずかしくてたまらない。
「とりあえず百聞は一見にしかず。どういうもんか見らんと、納得できるもんもできん時あるやろ。オレの造形≠ヘこんな感じっちゃん」
 言うが早いか、弘輝が見つめる紙に火が灯る。道具も使わず発火した色を見て、彩歌は目を見開いた。
 自分を助けてくれた時と同じ火。啓司を呼んだのと同じ火。
 炎の揺らめきを残したまま、弘輝の掌で、火は意思を持ったかのように形を変えていく。
 赤と、黄と、その中間と。
 巧みに色を映し出しながら、熱気が彩歌の頬を撫でていく。
 やがて火が映し出した形は、掌ほどの小さな子猿のシルエットで。
 理真里が言葉を失ったのも分かった。城条も、啓司も見入っている。
 やがて小猿が両手をばたつかせ始めたと思うと小鳥になる。地上に降りるような仕草をした後、遠くを見上げるように首を伸ばしてみせた。最後はその姿のままハムスターになって、紙を燃やし尽くして消えてしまう。
 手の平でプリントの燃えカスを握り締めると、熱い熱気が彼の手の平から溢れ、炭が小さく縮こまっていた。こちらへと戻ってくるその目は、やや不安そうで。
「……オレが知っとる動物しか真似させきらんっちゃん。自分が火操れるって分かってから、こんなんさせて遊んでばっかりやったけん。それば近所のおいちゃんに見られて、周りにばれる前に逃げてきた。ゲームとかでもあるやん? 力を持った奴はまず追われるか、追い出されるかやし。警察沙汰もメディア沙汰もごめんやけん。それに……オレの家、山ん中っちゃん。変な噂で皆がこんごとなるんは見たくなか」
 ふいとそっぽを向く青年。静まる店舗で、城条が思い出したように閉店の看板を表に出しに行った。
 ハヤシライスを食べつつ、再び口が空になった弘輝は、ほんの少しだけ遠くを見るような顔で。
「奇妙なもんやんなぁ。力捨てればよかとにくさ。これがない生活は考えきらんっちゃけん。――彩歌には教えたな。一日でも火起こしとらんと落ち着かんごとなる。けどオレはまだマシらしいな。力に溺れた奴は燃やせるもん全部燃やしてくらしいけん。オレは……そげんしてまで燃やしとうはなか」
「一つ、首突っ込んでもいいかしら」
 理真里の問いに頷けば、啓司が口を開いている。恐らくは同じ事を考えていたのだろう。理真里も彼に任せた様子だ。
「なんで桜井を助けたんだよ。今の話聞く限りじゃ、あんた自分から身の危険増やしてるようなもんじゃねえか。あの水使った女だって、同じ能力者のあんたを攻撃する理由はないはずだろ」
「一般人は巻き込みたくなか」
 まただ。
 また、一般人と強調するように、括られる。
「――オレ、姉貴おってな。今年で……そっか、もう二十三か。とりあえずその姉貴がな、オレが家出した時になんか勘づいたっちゃろうな。追いかけてきたっちゃん。けどオレが逃げた道やのうて、工事中の道のほうに行ったらしくて、崖から落ちた」
 気づいて警察に連絡したばってん。そっから先は、よう知らんっちゃん。
 こぼす青年はほんの少し懐かしそうで。ほんの少し、悔しそうで。
 そして、淋しそうで。
「オレが家出したのばれてもごたごた起こる、姉貴が落ちた場所におっても何かとつけて言われた後に自宅待機の可能性もある。そげんしたらまた姉貴ら巻き込むやろ。親父達にも一応連絡したばってん、すぐに電話切ったし。身潜めとかんと、噂に尾ひれついて追っかけ回されたら洒落にならん。目撃者が増えたら親父達に迷惑かかるけん」
 そうやって、九州を出てきたという。
 自分を助けたのも、前に教えてくれたように、重ねてしまったのだと教えてくれた。
「オレ自身は水想――あの水操っとう女みたいに非情にはなりとうなか。オレの火は破壊するための火やない。そう思っとるっちゃけど……水想見るとな、急に体が押さえきらんごとなって火作り出して攻撃するっちゃん」
「――え?」
 つい聞き返す彩歌。躊躇い気味に瞳を揺らした弘輝は、一度自身を落ち着けるように息を吐き出した。
「オレも分からん。あいつ見とるだけで頭が回らんごとなって、無性に腹立つっちゃん。あいつと初めて会った時もな。むしろあいつのほうが冷静で、水の柱立てて『人が近くにいる』って言って姿消しよったけん」
「自分から種撒いてんじゃねえか」
「そげん見えるよなぁ。三日前がもう決定的やったし。あれでも抑えようとはしとったんぞ」
「でもま、あんな性格の女なら誰だって腹立つ」
「そうやんなぁ……ってお前どっちの味方なん?」
 別に。素っ気無く返す啓司に、弘輝はげんなり顔。外だけでも閉店の支度を終えた城条が戻ってきて、彩歌の頭を撫でていく。
「とりあえず、この子を守ってくれただけでも本当なら礼を言うべき所だ。判断もほとんど間違ってなかったのは驚いたよ。てっきり俺と同じぐらいの歳の奴だろうとばかり思ってたからな」
「け、けど、けーじのほう忘れとったんは」
「けー坊は気絶しただけで済まされていたんだろう。崖から落ちて、重症になってもおかしくないあやちゃんを見に行ってくれたのは、けー坊には悪いが妥当だと思うがな。けー坊も部活で武道を習ってる分、人以上には自分の身を守れるんだ。あくまで結果論だが、俺はお前さんの判断は間違ってなかったと思うぞ」
「別に俺も自力で対処できたし」
 やはりまだ素っ気無い、啓司のつっけんどんな言葉。弘輝は渋い顔。
「深くは突っこまんばってん、お前んとは中途半端やぞ。これから彩歌やりんば守るとやったら、本気でやらんと」
 むかっ腹が立ったようにむっとする啓司だが、それ以上何かを言う事はしなかった。代わりに弘輝の近くに来た彼に一瞬緊張が走るも、そろそろと引っ張り始めるのは弘輝の皿。慌てて悲鳴上げて取り返す弘輝に、全員が笑いに包まれて。
「きさん、人の飯とんな!」
「全然食ってねえから片付けてやろうと思っただけだぜ」
「あははっ、けーじ意地わるーい」
「山野も同じ事やってただろ」
「あら失礼しちゃう。あんたと違ってちゃんと返したわよ」
「はははっ、けー坊らしいな!」
「うっせえ、けー坊言うなって言っただろ!」
 腹を抱えて笑う彩歌は、再び顔を上げると弘輝を見上げて首を傾げる。同じく笑っていた彼からぽかんとして見下ろされ、目が合う。
 不思議な色。
 暖かくて、柔らかくて。鋭くて、穏やかで。
 とても不思議な光をした目に、彩歌からは見えた。

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