第5話 02
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言葉に詰まった様子で、やがてふいと顔を背ける弘輝。顔がほんのり赤くなっているような、ほっとしているような彼は、すぐに火を頭上に掲げ、飛ばす。葉と葉の間を器用に抜け、やがて花火のような音を奏でて消えた。
見届けた青年は、さっさと歩き出してしまう。彩歌はぽかんとして、慌てて追いかけようとして――立ち上がれず呻いた。
「少し待っときい、けーじが来るやろうけん。帰り気つけえよ」
「えっ、こ、弘輝さんは?」
「オレが一緒やったらあいつが怒る。絶対」
別に、殺すつもりで一緒にいてくれたわけではないのに。
ぽかんとする彩歌は、青年が暗闇に姿を消したその後、はっとしたように上着を見やって苦い顔になった。
どう転んでも、これでは啓司に「さっきまで一緒にいました」と言っているようなものだ。
「変なのぉ……」
「彩歌ーっ! 返事しろ!」
「あっ、けーじ、こっちだよ!」
足音が近づいてきてくれる。弘輝の上着はほんの少し後ろめたくても、今は啓司の顔を見てほっとしたかった。
互いに見つけた途端、彩歌は近くまで走ってきてくれた啓司に泣きついていた。
ふえぇぇえぇぇぇん……ひっ、う……っんく、ふぇぇぇえぇ……!
な、なん――子供?
お、おじちゃあぁぁん……ふえぇ、あやかのおうちどこぉぉ……おさいふなくしちゃったぁぁぁ……
って迷子か! おうちって、分かるわけないだろ――わ、分かったから泣くな、泣くな! 腹空いてるのか? ちょ、ちょっと待ってろ、俺の店来るか?
お、店……? おなか空いたぁ、お母さんのグラタン食べたいぃ、ハンバーグぅぅ……!
わっ、分かった、分かったから! じゃ、じゃあお兄ちゃん≠ェシチュードリア作ってやるから、な、な? ご飯食べたら動けるだろ、それからおうち行こうな!
ひっく……う、うん……!
あの時は、不安だった。
弘輝が言った言葉に泣いた、先ほどのように。
「大丈夫かよ――うわっ!? 何やらかしたんだおまっ、その傷!?」
「が、崖落ちちゃった、みたいで……けーじ生きてたあぁ……よかたよぉぉ……!」
「勝手に殺すなよ……歩けるか?」
「う、うん……よかったぁぁぁ……!」
「……頼むから泣くなよ……山野に殺されるなこりゃ……」
お、おいしい……っ!
はは……そりゃよかったな。火傷するなよ
うんっ、舌びりびりする!
言った傍からか! お前将来変な男に連れ去られるなよ……?
おじちゃんも変だよ? けーじもね、変なんだよ!
俺はおじちゃんじゃない、お兄ちゃんな……? 変は認めるがその意味じゃなくてだな。けーじって友達か?
うんっ。さっきね、けーじと、りんちゃんと、かくれんぼしてたの。でね、どこなら見つからないかなってね、川渡ってね、そしたらね、どこか分かんなくなっちゃったの
……そっか
うん。けーじが鬼でね、すっごく速いの。かくれられる場所もね、いっぱい知っててね、公園の外なら見つからないかなー? ってね、出てみたらね、川があったの!
で、川を渡って町越えて、ここがどこかさっぱりか。川の向こうの公園なあ……もしかしてみずどり公園か?
うんっ!
あやちゃーんっ!
あっ、けーじの声!
お、噂をすればか。よかったな、あやちゃん
うんっ。あ、おじちゃん、けーじとりんちゃん、呼んでもいい? これね、すっごくおいしいからね、食べさせてあげたいの! 迷子なっちゃったからお詫びしなくちゃいけないの
お、お詫びなあ……構わんよ、一緒に迎えに行くか?
うんっ! おじちゃんありがと、大好きーっ!
あやちゃんどこだよーっ! かくれんぼ終わったよーっ! りまちゃん、見つかった?
ううん、いないよ。あやちゃんどこ行っちゃったのぉ……お財布公園に落としちゃってたし……
けーえーじー! りーんちゃあーん!
あっ、あやちゃん! どこ行ってたんだよぉっ!
ぅ……ごめんなさあぁぁぁ……うあああああああっ、あああうああんっ、っく、ふえぇぇぇえええええぇぇぇぇぇっ、ぇぁぁぁああああぁぁぁ、うわあああああん――っ!
あやちゃんよかったあぁぁ……!
うっ、ん。おじちゃんっ、が、ね、あやかがね、迷子になったから、ね、守っててくれたの
おじちゃん……? 変な事されなかった? 大丈夫?
おーいそんなに信用されないと淋しいぞー
あやちゃんかわいいから、変なおじちゃんについていっても変じゃないよ!
……否定はせんが俺はジェントルだぞ。紳士だぞ。まあお子様には分からんか
ジェントルは紳士じゃなくて優しいって意味だよ? 紳士はジェントルマンだよ? 発音も違うよ?
い、今時博識な子もいるんだな……! ま、まあ、無事に会えてよかったな。帰りは気をつけろよ
うんっ! あ、おじちゃん、約束!
あーはいはい! 分かった分かった、シチュードリア作ってやるから!
ありがとーっ!
ご飯もらえるからついてったの? ダメだよあやちゃん、悪い人かもしれなかったんだよ!
そこまで疑うか……っ。よし、お前のあだ名はけー坊だ。ありがたく思えーこのやろうっ
いやだーっ、なんかダサい、やだーっ!
やっぱりお巡りさんのになるね、けーじくん
お巡りさんじゃないよ、もうぼくお巡りさんなりたくないっ! 大工さんでいい!
今は、あの時のような。
ただほっとして、嬉しくて。恐怖という水で満たされた部屋から、その水を流し出せた。
そんな涙で、顔で。
彩歌はひたすら、啓司にすがりつくように抱きついて泣いていた。
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