第5話 02
[ 10/39 ]


 言葉に詰まった様子で、やがてふいと顔を背ける弘輝。顔がほんのり赤くなっているような、ほっとしているような彼は、すぐに火を頭上に掲げ、飛ばす。葉と葉の間を器用に抜け、やがて花火のような音を奏でて消えた。
 見届けた青年は、さっさと歩き出してしまう。彩歌はぽかんとして、慌てて追いかけようとして――立ち上がれず呻いた。
「少し待っときい、けーじが来るやろうけん。帰り気つけえよ」
「えっ、こ、弘輝さんは?」
「オレが一緒やったらあいつが怒る。絶対」
 別に、殺すつもりで一緒にいてくれたわけではないのに。
 ぽかんとする彩歌は、青年が暗闇に姿を消したその後、はっとしたように上着を見やって苦い顔になった。
 どう転んでも、これでは啓司に「さっきまで一緒にいました」と言っているようなものだ。
「変なのぉ……」
「彩歌ーっ! 返事しろ!」
「あっ、けーじ、こっちだよ!」
 足音が近づいてきてくれる。弘輝の上着はほんの少し後ろめたくても、今は啓司の顔を見てほっとしたかった。
 互いに見つけた途端、彩歌は近くまで走ってきてくれた啓司に泣きついていた。


 ふえぇぇえぇぇぇん……ひっ、う……っんく、ふぇぇぇえぇ……!

 な、なん――子供?

 お、おじちゃあぁぁん……ふえぇ、あやかのおうちどこぉぉ……おさいふなくしちゃったぁぁぁ……

 って迷子か! おうちって、分かるわけないだろ――わ、分かったから泣くな、泣くな! 腹空いてるのか? ちょ、ちょっと待ってろ、俺の店来るか?

 お、店……? おなか空いたぁ、お母さんのグラタン食べたいぃ、ハンバーグぅぅ……!

 わっ、分かった、分かったから! じゃ、じゃあお兄ちゃん≠ェシチュードリア作ってやるから、な、な? ご飯食べたら動けるだろ、それからおうち行こうな!

 ひっく……う、うん……!
  
  
 あの時は、不安だった。
 弘輝が言った言葉に泣いた、先ほどのように。
「大丈夫かよ――うわっ!? 何やらかしたんだおまっ、その傷!?」
「が、崖落ちちゃった、みたいで……けーじ生きてたあぁ……よかたよぉぉ……!」
「勝手に殺すなよ……歩けるか?」
「う、うん……よかったぁぁぁ……!」
「……頼むから泣くなよ……山野に殺されるなこりゃ……」


 お、おいしい……っ!

 はは……そりゃよかったな。火傷するなよ

 うんっ、舌びりびりする!

 言った傍からか! お前将来変な男に連れ去られるなよ……?

 おじちゃんも変だよ? けーじもね、変なんだよ!

 俺はおじちゃんじゃない、お兄ちゃんな……? 変は認めるがその意味じゃなくてだな。けーじって友達か?

 うんっ。さっきね、けーじと、りんちゃんと、かくれんぼしてたの。でね、どこなら見つからないかなってね、川渡ってね、そしたらね、どこか分かんなくなっちゃったの

 ……そっか

 うん。けーじが鬼でね、すっごく速いの。かくれられる場所もね、いっぱい知っててね、公園の外なら見つからないかなー? ってね、出てみたらね、川があったの!

 で、川を渡って町越えて、ここがどこかさっぱりか。川の向こうの公園なあ……もしかしてみずどり公園か?

 うんっ!

 あやちゃーんっ!

 あっ、けーじの声!

 お、噂をすればか。よかったな、あやちゃん

 うんっ。あ、おじちゃん、けーじとりんちゃん、呼んでもいい? これね、すっごくおいしいからね、食べさせてあげたいの! 迷子なっちゃったからお詫びしなくちゃいけないの

 お、お詫びなあ……構わんよ、一緒に迎えに行くか?

 うんっ! おじちゃんありがと、大好きーっ!


 あやちゃんどこだよーっ! かくれんぼ終わったよーっ! りまちゃん、見つかった?

 ううん、いないよ。あやちゃんどこ行っちゃったのぉ……お財布公園に落としちゃってたし……

 けーえーじー! りーんちゃあーん!

 あっ、あやちゃん! どこ行ってたんだよぉっ!

 ぅ……ごめんなさあぁぁぁ……うあああああああっ、あああうああんっ、っく、ふえぇぇぇえええええぇぇぇぇぇっ、ぇぁぁぁああああぁぁぁ、うわあああああん――っ!

 あやちゃんよかったあぁぁ……!

 うっ、ん。おじちゃんっ、が、ね、あやかがね、迷子になったから、ね、守っててくれたの

 おじちゃん……? 変な事されなかった? 大丈夫?

 おーいそんなに信用されないと淋しいぞー

 あやちゃんかわいいから、変なおじちゃんについていっても変じゃないよ!

 ……否定はせんが俺はジェントルだぞ。紳士だぞ。まあお子様には分からんか

 ジェントルは紳士じゃなくて優しいって意味だよ? 紳士はジェントルマンだよ? 発音も違うよ?

 い、今時博識な子もいるんだな……! ま、まあ、無事に会えてよかったな。帰りは気をつけろよ

 うんっ! あ、おじちゃん、約束!

 あーはいはい! 分かった分かった、シチュードリア作ってやるから!

 ありがとーっ!

 ご飯もらえるからついてったの? ダメだよあやちゃん、悪い人かもしれなかったんだよ!

 そこまで疑うか……っ。よし、お前のあだ名はけー坊だ。ありがたく思えーこのやろうっ

 いやだーっ、なんかダサい、やだーっ!

 やっぱりお巡りさんのになるね、けーじくん

 お巡りさんじゃないよ、もうぼくお巡りさんなりたくないっ! 大工さんでいい!


 今は、あの時のような。
 ただほっとして、嬉しくて。恐怖という水で満たされた部屋から、その水を流し出せた。
 そんな涙で、顔で。
 彩歌はひたすら、啓司にすがりつくように抱きついて泣いていた。


[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -