第5話「灯火」01
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 ――痛い……どこが?
 全身……? わぁー、このハンモックあったかぁーい……ちょっと硬いしごつごつしてるけどぽかぽかしてるぅー……初めてだよハンモック……

 暗い天井を支えるように枝葉を広げる、茶色の幹。その一部を照らして見せてくれる灯りは、橙色に染まって燃えている。
 幹の反対側には、暗めの赤を主にした簡素なパーカー。
 ……あれ……ハンモックは……?
 ぼうっと見ていると、真上からほっとしたような吐息が聞こえた。
「目覚めたか」
「……けー……」
 啓司……じゃない
 気づくと同時に目を見開き、男を見上げる。
 パーカーのフードを脱ぎ、露になった茶色い髪。結構長い間フードを被っていたかのようにぼさついている。
 赤い光が灯されたような、けれど綺麗な焦げ茶色の瞳は鋭く、正直獣のようにも映る。
「お、お兄さん……!? な、なん――ええっ、何ちょっ、放して!」
「おわっ!? おちつ――ばっ、お前怪我しとっとぞ暴るうな!」
 抱きかかえられていると気づいて慌てて逃げようとするも、痛みが復活して従うほかなくなる。ぐったりした男を恐る恐る見上げ、焚き火を見やる。
 今はちゃんと、枝に灯って燃えている。
「け、けーじは……?」
「え、サツ来とるん!?」
「あ、ち……ぃつ……違うよ、さっき一緒にいた……うぅー……」
 痛みに呻きつつ答えると、男性は僅かに考えるような顔をして気まずそうにそっぽを向いた。
「すまん、分からん」
「え――!?」
「ばってん、狙われとったんはお前やし。あいつは――無事と思う。気絶しとるだけで済まされとったろ。本気なら起きる前にとどめ刺しとっても不思議やなか」

 その人はまだ一度目、どうでもいい。あなたは三度目

 手加減されていた……?
 本当に殺される所だったのだろうか。そう思うと体から力が抜けていく。
 獣道の傍の坂から落ちたのは、分かる。どのぐらい転がって、どのぐらい幹に叩きつけられたかは分からなくても。
 きっと彼は、自分の体が冷えないよう温めてくれていたのだろう。夜の山で体を冷やすのは危険だからこそ、追いかけて――
「……なんでお兄さん、助けてくれたの……?」
 水を操っていた女性は、自分を殺そうとしてきた。火を操っていた彼は、逆に助けようとしてくれた。
 分からないまま見上げると、男性は表情を暗くし、そっぽを向いている。
「一般人を巻き込むんは話が違う。そげんとは、オレは許せん。他に意味はなか」
「……ホントに?」
 困ったような顔をされた。あやすように、怪我をしていない右腕を不器用ながらに優しく叩かれ、ぽかんとする。
「……オレの力、見たっちゃろ。これな、高校入った頃急にできるようになったっちゃん。それまで普通に暮らしとったばってん、近所のおいちゃんに見られてそのまま逃げて来た」
「なんで?」
「バケモン。そう言われた」
 短く切られた言葉の意味を、上手く消化できなかった。
 この青年からは、あまりにもかけ離れた言葉に感じられた。
「そん時に山抜けて他の県行こうとしとったら、姉貴が追いかけて来とった。けど連れ戻されたってバケモン言われるだけやし、振り切ろうとしたら……姉貴、工事中の道路のほうに行っとったらしくて足滑らせとった。近くの電話で警察呼んで、そっから後は、知らん」
 重ねてしまったのだと、青年は教えてくれた。
「……オレ達はそういう奴やけん。人と同じように生きる事はできん」
 日本一周してるのも……ばれたくないから……?
 確かに火を操れるのは、怖い。怖いけれど、怖いだけだ。
 崖から落ちた。自分の能力を見られた相手が落ちて、過去にそんな思いをしているなら、普通は見捨てるはずなのに。
 どれだけ姉と被って見えても、正体がばれる事が、怖くないはずがないのに。
 あちこち打って傷を作って立つに立てない、そんな彩歌の体を守り、冷えないよう温め続けてくれた彼から感じられるのは、諦めにも似た気配。
「――ばってん、この力がない生活、考えれんっちゃん」
「え?」
 温かい手が一度離れた。その手を見つめる青年は、複雑そうで。
「長い間火作ってなかったら、オレの火も消える気がするっちゃん。本当に消えるとは思っとらんけど……人と同じように飯食えたら生きれるし、病気かかったら治したらいいだけっちゃけど……やけん、お前がオレの事誰かに言いたいんやったら言ってもよか。どうせもうここに長居はできんけん――な、なんなんかその顔はっ!」
 慌てられ、けれど彩歌は視界がぼやけていくのを止められない。
 弱ったように周囲を見回す男性を見るとなおの事思うのだ。
「なんで……お兄さっ、悪くないのに……っ」
「わ、悪い悪くないの話やなかろうもん……あ、わ、分かったから泣くな! 頼むけん泣くなっちゃ、なんでなん!? オレなんも変な事言っとらんやろうが!」
 一緒だ
 この人だって、人≠セ
 化け物なんて言われるような事をする人じゃない。
 助けてくれた。守ってくれた。話だけでしか分からないけれど、人を殺してもいない。と、思う。
 人を大切に思ってる人のどこが、化け物なのだろう
 何が化け物なのだろう
 そんな人が他の人の迷惑にならないよう隠れていたのに、それを見つけてしまったなんて――
「だっ、て、あたし山っ、入らなかった、ら……お兄さっ、ここいっ、れたんでしょ……?」
 ぐちゃぐちゃになる視界の中、確かに青年は動きを止めた。そのまま泣く彩歌の顔に、彼の服の袖が無理やり当てられて涙を拭かれる。
「あー……分かったけん泣くな、なんとかここおっちゃるけん……次に水想(すいそう)に会ったらさすがに移動するばってん、それぐらいは許せよ――わ、わーっ! だから泣くなちゃ、頼むけん! って笑うんかい!」
 慌てる青年が、おかしくて。
 痛みがまだ響く体なのに、彩歌は気の抜けた笑みを見せていた。
 青年は調子が狂ったようにかっくりと頭を後ろに倒してしまい、笑いが止まらなくなってしまっていた。
 もう、抱きかかえられている事に抵抗はなくなっていた。


「お兄さんは火を操れるの? 水は?」
「水は水想が操るけん水想言うっちゃろうが。オレは……火錬(ひれん)。火を生み出すけんって、そう呼ばれとうらしいな」
 狩谷弘輝(かりやこうき)と名乗る青年は、そこそこ体力が戻ってきた彩歌が隣に座ってきても気にしないような様子で教えてくれた。パーカーの上に着ていた上着を貸してくれたが、あちこち傷があって血をつけてしまいかねないと遠慮する彩歌に若干無理に着せてくる。彩歌は彼に世話焼き気質な面を見出していた。
「オレ達にはミコって音をよく当てられとる。神社のほうの巫女は水想に当てられとうし、オレは御(おん)と子で御子。神の子でミコって呼ぶ奴もおるらしいな。会った事はないばってん」
 図書館に行って、同じような能力を持った人がいないかどうか探してみたのだという。
 そうすれば、かなり古い文献に、それらしいものがあったのだとか。
「オレがそん人の血引いとるかは知らんけど、何回か昔にもそういう人の話は出とったらしい。四大元素の精霊が今、ゲームでよく使われとうやろ? あれの元になった考え方っつう説もあるとか読んだな。説ってだけやけん本当かは知らんけど」
「よく調べたねえ……弘輝さん、本読むの苦手そうなのに」
 ぎょっとした彼は「なんで分かったん」と今さらな事を聞いてくる。すぐさま話を戻してくれたから、怒られるような事を言わずに済んだのは幸いだったかもしれない。
「けど……そっか。彩歌が自転車ほかしとったん、あいつの力見たからか」
「だから捨ててないもんっ、高かったんだよあの自転車!」
 必死で言えば、弘輝は何がおかしかったのか笑いを堪えている。納得が行かず頬を膨らませると「ガキやんなあ」と言われてさらにむっとする。
「あたし十七だよ」
「おーおー、まだガキやん。思ったより歳近かったな」
「え、弘輝さん何歳!?」
「十九」
「余計ガキって言われたくないーっ!」
 ついに笑い飛ばされる。腹を抱えてまで大笑いされ、彩歌はしょげた。
 何故だろう。昔から男の人にからかわれてばかりいるのは。
 けれど弘輝のパーカーに、ズボンに妙に赤い染みができているのを見ると、ありがたさと一緒に申し訳なくなって、強く言えなくなった。
 ほとんどが掠り傷で済んでいた自分より、弘輝のほうがぼろぼろに見えたのだ。
 黒の上着は若干湿っていて、あの女性との戦いを思い出させた。服はずっと着ているのかくたびれていて、あちこちほつれている。あの女性のワンピースも同じような感じだったけれど――
 こんな人も世の中にはいるのかと、改めて感じてしまう。
「弘輝さん、山小屋にいて大丈夫なの?」
「まあな。日本人でよかったなって思う。一般人に会っても日本一周しとるって言ったら大抵通用するし、水想も小屋の中は勝負せん。オレが本気出したら、あれも材料≠竄ッん」
 木造建築の山小屋。山火事にならない程度に火を煽る事は、彼の得意分野なのだとか。その分近くの人に迷惑がかかる事は申し訳ないらしいけれど。
 ふと後ろの斜面を振り返る弘輝に、彩歌は首を傾げる。しばしじっと耳を澄ましているような彼は、僅かに息を吐いているではないか。
「噂して随分経っとるんにな。けーじやっけ? 来たらしいぞ」
「えっ、本当!? わっ!?」
 焚き火の火が僅かに大きくなった。真上に手をかざし、熱気を気にせずすっと手を上に持ち上げている。と同時、焚き火の高さも上がり、一部が燃えるものもないのに火から離れ、球形に近い形で燃えているではないか。思わず見入る彩歌へと振り向き、弘輝は苦笑い。
「やっぱ、怖いか――へ?」
 勢いよく首を振った彩歌に、弘輝は間抜けに映るほどぽかんとしている。彼から借りた上着の裾を握り締め、むっとする。
「犯罪者だったら、怖いけど……人怖がる必要なんて、ないよ?」

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