Endless parts 朽ちかけの街
第2話 02 

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「私はシセス。先日ここの発電所から発せられた通信紋陣に応答し、事態の異変を知るべくやってきました紋陣師(エディター)です」
「あんたも紋陣師……?」
「――も≠チてことはお宅もか?」
 言葉を濁す青年の声。輝珀がむっと頬を膨らませた。
「違うよ、この人紋陣師じゃない。血の匂いたっぷりする剣持ってるもん」
「そうさらっと物騒なこと言うなーキバ」
「キバじゃない!!」
 呻くデインに輝珀が噛みつくように吠える。少女らしからぬ唸り声に、青年の声がぼやけた声を漏らしていた。
「あー……彼女の言うとおりだ。僕は暗闘士(スカウト)をやってるよ。紋陣師も一応やってはいるけど、超苦手」
「よし察した。かじっただけと一緒にするな、こっちには理論(てつ)の女がいるんだぞ!」
「誰もそこまで言ってない。自慢はよそでやってくれよ」
 シセスが黙って眉を潜める中、輝珀だけは空気の微妙な変化に背筋を震わせた。
 デインが手をひらひらと振っている。
「で、お宅のご用件は? 発電所の人間捕まえたいなら紋陣で方角探して北西行け」
「人の話聞けよ、機嫌悪いのな……。事情少しでも知ってるなら知りたい。ここに僕の知り合いがいたんだ、街の人を誰か知らないか?」
 デインの目が輝珀に向けられた。輝珀は腰に手を当て、デインとシセスを振り返り、あらぬ方向へと彷徨わせた。
 まだシセスと目を合わせてはいけなかったようだ。
「えーっと……あたし分かんないからシセスに聞いて!」
「ええー? デイン≠ェ要約してくれるんじゃない……? 頭いいんだ・よ・ね」
 冷徹な笑みがデインに向けられ、彼はやっと背筋が重くなったようだ。
 背筋が冷たいとまでは感じていないところが、輝珀との決定的な野生の差かもしれない。
「おう、だめだってさ」
「ふふふっ、デインってば馬鹿ね」
 声が、霜を纏っている。
 シセスが軽やかに立ち上がり、背筋をすっと伸ばして谷底の青年を見下ろした。青年を見下ろした輝珀はかわいそうに思う。
 青年は――凍りついていたようだ。音が全く聞こえてこない。
「あなた、お名前は?」
「……すみません、名乗っていなかったよ。スェゾ・レヴェルト。ここから東のドーンヘイツを拠点に活動している。心配ならギルドに聞いてくれ――って言っても、今街全体が引っ越したからなあ」
 ドーンヘイツはこれから行こうとしていた市の名前ではないか。輝珀は目を瞬かせ、シセスが困ったように頬に手を当てる姿を振り返った。
「凄いね、街の皆でお引越しって」
「輝珀? 私達、出かける前に言ったわよね。発電所が死んだせいで周辺の都市機能が死んだの。都市機能が死んだ以上他の都市に移り住まないと、暗獣の餌食よ? 結界もここと同じで消えちゃうんだから」
「あ、そうだった。じゃあなんでここに暗獣来ないの? いい隠れ場所だよ、瓦礫で身を隠せるし、動いてない餌は沢山あるよ」
「餌ってお前な……」
 ダーン民族らしい獣じみた思考に、デインはやっと二の句を次いでいた。シセスがうんと頷く。
「身分を証明できるものがないのはお互い様ね。でもごめんなさい、あなたを信用できる情報(カード)がないから、お答えできる範囲は限られてるわ」
「え?」
「キバーちょっと黙ってろ」
「キバじゃなっ……う、うん」
 シセスの冷たい目をもろに捉えてしまった。輝珀は暗視が利く自分の目を覆いながら、位置をぴたりと見抜くシセスの地獄耳に身を震わせる。
 ついでに青年がうろたえ、瓦礫に乗せた足を二度三度位置を変えたのが聞こえた。
「答えられる限りでいい。この街で起こったこと、知ってる限りで構わない」
「……爆発が起こったの」
「やっぱりか、どこで!?」
「さあ。中心地は探してみないと」
 先ほど発電所の方角だとはっきり言っていたのに。輝珀がむすっと頬を膨らませた。
 スェゾと名乗る青年を見下ろす輝珀は、暗い中でも目立つ金髪を見つけてはあと小さな声が漏れる。
 綺麗な色だ。目の色までは見えないけれど、この暗闇であの色では、暗獣に狙われやすかっただろう。独りで来るなんて大変だったはずだ。この瓦礫の山の中でも髪の色がよく映えるのに。
「そっか……じゃあ原因も分からないんだな」
「そうね。これだけの規模の爆発だから、もう少し調べれば分かるかもしれないけど……私達、歩き詰めだからそろそろ休もうかな」
 輝珀が口を開こうとした次の瞬間、デインが「そうするか」と、携帯食料を取り出して見せた。
 輝珀、匂いに目を輝かせた。
「分かった。情報どうも! じゃあ、気をつけて」
「ええ。ご武運を」
 瓦礫を踏み崩しながら、青年が去っていく後姿に、輝珀は首を傾げた。シセスがふうと溜息を溢すその珍しさにきょとんとする。
「綺麗な金髪だったよ」
「あ、そう? よかったわあ、追い返して」
 もらった干し肉を噛みしめる輝珀は、シセスの小声に身が縮まる。あんなに綺麗な色の髪を教えただけで追い返してよかったというのなら、灰色に褪せきったデインの髪を見て考え直してほしい。
 この街の発電所が爆発していなければ、デインのくすんだ髪よりも彼の綺麗な金髪のほうがキラキラして綺麗だと思うのに。
 むうと輝珀が唸る傍、デインがやれやれと首を振っていた。シセスはくすくすと笑って、携帯食料を少しだけ齧ると周囲を見渡す。
「ひとまず、輝珀は勿体ない$H料があれば教えてね。発電所に向かって、ゆっくり移動しましょ」
「はーい」
 スェゾの瓦礫を踏みしめる音は、随分と遠くから響いて聞こえた。


 発電所の周辺は、まるで夜闇の中灯台の灯りを目指して航海する船のように、人々を集め、大きな都市を築いていた。
 フゼッツエムス、リバルリア、ゲナンシャード、デヒス、ウォグハバ、アームンゼイア――
 その都市と都市を結ぶ街道にも人々は集まり、発電所の周辺程でなくとも大きな街を作り上げる。物資の行き交いは発電所の火が消える度に途絶え、新たにまた増え、途絶え、消えていった。
 そうして数週間前、このフゼッツエムスも堕ちた。きっとそれだけのことだと、他の市の誰かは言うに違いない。
 目の前でこんな爆発跡を目にしなければ、デインも同じように頷いていただろう。
 そもそも――
「アンプ、光お願い。私は万が一に備えるから」
「……へいへい」
「アンプ?」
 輝珀がやや先を歩き、空気を嗅いでは顔をしかめている。シセスの心配そうな声に振り返らず、デインは紋陣を刻んだバッジを掲げ、光を淡く呼び起こした。
「輝珀、見えるかー? 眩しかったら言えよ、もっと明るくするから」
「その時は暗くしてよ!」
 輝珀の突っ込みに、デインは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。シセスが僅かに溜息をつく。
「デイン」
「あー?」
「また考えてた?」
「まーなあ」
 軽やかに先行し、周囲を観察して戻ってくる輝珀。デインを見やるシセスは、こういう時だけ物音が少ない廃都を淋しく眺めた。
「……輝珀はもう気にしてないよ」
「知ってんよ。邪馬(ヤマ)発電所はもう終わったことだろー。ひきずってんのはお前な、シセス」
「私は――そう、かもね」
 十年前の発電所での出来事を気にしていなければ、自分はこんなこと聞かなかっただろう。
 分かってはいるのだ。出身地も種族も違う彼らが出会ったあの出来事がなければ、きっと残りの人生の生き方はそれぞれ違っていただろうから。
「あったよ、発電所! でも入口壊れてるー!」
「他に入れそうな場所あったかー? 右ー」
「なし!」
「左ー」
「よし!」
「よーし正面突入ー」
「はーい……だから壊れてるってば!!」
 くすくすと笑うシセスを少し振り返り、デインは僅かに顔を綻ばせていた。
 左手の壁伝いに空気が漏れていると、輝珀が意気込んで中に入るルートを模索している。シセスは笑いを治めて、発電所の壊れた外観に悲しげに目を細めた。
 中央に向けてせり上がっていた五角錐の屋根。その屋根は中央付近から大きく捲れ上がり、二枚ほどが頼りなく、遠くの瓦礫の山に頭を突き刺して埋もれている。三枚は見る影もなく吹き飛ばされていた。
 屋根中央に嵌められた、様々な鉱石の融合体が放っていた照明光は、今やどこにも見えない。
 あの光がこの地区全体のエネルギーを賄っていたのだ。爆発なんてあり得るはずがない。
 発電所は壊れない。機能停止するのは全て地流の変化が原因だったのに。
 なのに――
「……アンプ。防御(シールド)の紋陣、よろしくね」
「おう」
 故郷の発電所を思い出したのだろうか。
 入口を睨む輝珀の目は、いつになく真剣だった。

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