Endless parts 朽ちかけの街
第2話「フゼッツエムス発電所」01 

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 永久駆動機関(エンドレスパーツ)。発電所。そもそも発電所が、全世界で残り二十基と少なくなってさえいなければ、こんなおとぎ話なんて誰も探そうとしなかっただろう。精々夢を追いかけたい子供や、その夢を追い続ける現実を知らない大人ぐらいだ。
 けれどそれがなければ。明日消えるともしれない二十の灯火の下で、彼らは息を潜めながら、暗闇の中獲物を待ち構える暗獣らに食われる日を待たなければならない。
 日付の間隔もほとんどない。ただ刻まれる時間が、空を覆い隠す天蓋を支える天柱(エングラサード)の足元を照らす光のおかげで、なんとなく分かるだけ。
 壊れた発電所があるフゼッツエムス地区に向かう一行の中、デインはふと周囲を見渡した。
 暗闇、暗闇。どこに暗獣がいてもおかしくなければ、発電所が壊れたせいで明かりなど見る影もない。
 ただ、そんな真っ暗闇の中でも、ものともせずに歩く輝珀(キハク)の後姿が分かるのは、シセスが取り出している紋陣による最低限の光のおかげだった。
「フゼッツエムス、もうすぐのはずなんだけど……」
「位置計測の紋陣(エリア)でも使ったか?」
「うん。でも変ね、街が見えないなあ」
 デインは頭の後ろでのんびりと手を組みながら、周囲を見渡した。
 真っ暗だ。高く遠く、空があった場所を覆う天蓋を照らす光も、ここには届いていないらしい。人間にとっては歩きにくい世界でも、輝珀は軽やかな足取りで進んでいく。
「アンプ、光つけていいよー」
「へーい。光の紋、目覚めよ。先を照らし我が標となれ=v
 デインが掲げたバッジがぼんやりと輝き、シセスの紋陣と共に周囲を照らす。次の瞬間、輝珀が見つめる先の街並みにデインもシセスも呻いてしまった。
「……おいおい……」
「そんな……!」
 瓦礫の山だ。何度か足を運んでいた昔の街並みは忘れ去られようとしている。
 道はほとんどが煉瓦に埋め尽くされ、大通りですら、その名残を瓦礫が作る谷間でやっと感じられるほど。買い物帰りに待ち合わせをしていた大きな時計台は、確かここからは見えなかったはずだ。
 今は、上半分を吹き飛ばされ、石の煉瓦がでこぼこに四角を縁取る建物がその方角にあるだけ。
 お情けのように遺された看板は、旅人に示す輝きを失って、ただの石碑となっていた。
「予想以上……生き残った奴いるんかな」
「ええ……発電所だけの爆発と思っていたけど……輝珀、こっちに来て。毒気が充満してる」
 空気を嗅いでいた輝珀を呼び戻し、シセスは光の紋陣に流れ込む力を止め、別のバッジに手を伸ばす。
 紋陣を刻んだ空色のバッジが輝き、周囲に風を呼び込む。
 空気が澄んだ。輝珀が笑顔で伸びをしている。
「んーっ、すっきり! でもこれじゃあ匂いも消えちゃうんだよなあ」
「そうねー……状況によって、輝珀に何度かこの紋陣の効果範囲から出てもらって、人や食料があるか探しましょ」
 結局失敬する気だ。デインは残り少ない干し肉に諦めを感じ、頷いた。
「しょうがない。俺が食用になるぐらいならそっちがいい」
「アンプまずいよ、やだ」
「いつ食ったよ。さて――」
 デインは空を睨み、溜息をついた。
 街は、煉瓦の山。
「どっから手をつけるかね」


 なんとか怪我も少なく、大通りだった道を抜けて広場に到着した。さすがにパレードが多かった街の中心地は、雪崩れ込む瓦礫の割合が比較的少なかったようだ。周辺の建物の倒壊具合を見たデインが呻く。
「広場にいた人、煉瓦が直撃してたら最悪だな」
「言わないのっ。でも、どこを拠点に爆発が起きたかは分かったわ。やっぱり発電所かあ……」
 シセスの声も沈み気味だ。輝珀は後ろの彼女をちらりと見やり、少しだけ困った顔をして、焦げくさい臭いが立ち込める広場から発電所方面を見やった。
 瓦礫は、発電所側から広場へと押し寄せるように倒れている。
「変だなあ……ねえねえ、これだけ焦げ臭い臭いのって、みんな気づくよね?」
「そりゃあなあ。でも気づくったって、発電所の人間ぐらいだろ? 街中にまで短期間で広がらないと思うぞーキバ」
「キバ言うな!」
 しまったとわざとらしく口を押えるデインを輝珀が威嚇している。シセスは困った顔で輝珀を見ている。
「発電所の異常なら、もうちょっと早く分かって、誰か対処してたかも、ってこと?」
「さっすがシセス! うん、そういうこと。だって臭いもん、みんな嫌だよ、きっと」
「けどなあ、発電所の連中は気づいてなかったんだろ。それだけ急にドカンと行ったわけで――あ」
 シセスが目を丸くした。デインもぽかんとして、輝珀の頭を撫でている。
「輝珀、そうよ! 一気に爆発しそうになったから、連絡があれだけ慌ててたんだわ」
「ってことは避難できた人も少ないはずだな。こんだけ煉瓦散らばってれば脱出も厳しいぞ」
 デインが足元の瓦礫を軽く蹴落とした。途端に輝珀が苦い顔で視線を逸らしている。デインが怪訝な顔で足元を覗き込もうとして、すぐに目を逸らした。
 焦げた人の腕が覗いていた。
「……ってことは、爆発の原因は人為的かもしれないな」
「え、発電所って寿命来ない限り爆発しないんじゃないの?」
「……あのね。輝珀ってばあたし達が教えたこと、全部忘れてない?」
 輝珀が照れた顔で笑っていれば、シセスが頬を膨らませた。
「寿命の原因の一つは、発電所のエネルギー炉が、耐用年数を過ぎて隔壁が限界に達した場合。でもこれって、ありえないのよ。隔壁も含めて、炉っていうのは地面の下からエネルギーを得るだけの力を持っているの。数百年数千年程度じゃ壊れないわ。今までの炉も廃止された理由の中に、この事実はなかったもの」
「一番多かった理由は、地下の地流エネルギーの流れが変わった、だな」
 デインが十字を切った後補足してくれた。
「地流エネルギーぐらい覚えてるだろ。昔はマントルって呼んでた、大地の下の流動帯から得た魔導エネルギーが地流な。こいつの流れっていうのは、電気みたいに同じ場所を延々と流れてくれてなくて、そのせいで、同じ場所からずっとエネルギーを得られない。で、エネルギー不足で廃炉になる。お前が海≠フ話を聞いてくれてれば、潮の流れが変わったせいでエネルギー効率悪くなったって説明で済むんだけどなあ」
「ごめんね覚える気なかった!」
 頭を痛めたデインが「とにかくな?」と瓦礫の向こうを示す。
「普通に考えたって、シセスが言ってた耐用年数だったらもっと早くに人が気づいてる。それを見逃したからって街全体が吹っ飛ぶような、どかーんとでかい爆発は起きないだろ。俺の説明にしたって爆発が起きるようなことはまずない。――ってことは」
「新しい原因か、デインが言ったように誰かが計画して爆発を狙ったか、なの」
 するりとデインの説明の最後をすくい上げたシセス。論弁を振るって指揮者のように動いていたデインの指が、手ごと虚しく垂れていた。
「でも――爆発起こしたがる人がいるなんて、私想像つかないわ。暗獣はそもそも、街の結界紋陣のせいで中に入って来れないもの。結界を消して暗獣に襲わせるなんて……」
「暗獣のせいじゃないよ。街に入ってきてないもん。臭いも残ってないよ」
 空気中の臭いを確かめて、鼻を押さえて戻ってきた輝珀が舌を出して吐き気を訴えてきた。デインが携帯食料の欠片を口直し程度に渡し、輝珀は目を輝かせてそれを口に放ってもらう。
 デインはシセスを見下ろした。
「そりゃあ俺も一緒一緒。けどな、現実考えれば、現状に不満起こして狂った考えに走った馬鹿が、研究所だの政府の施設だの、色々破壊するのは昔も今も変わらないだろ。それが発電所に向いたって、『ついに来たか』って感じじゃないか?」
「それは……でも、自分の命も関わるのに」
「俺達みたいに生き延びようってしてる奴でもなければ、やってもおかしくないんだって。まあ、そういう犯人(ヤツ)ならもうとっくに死んでるだろうけどな。これじゃあ」
 毒づくわけでもない。淡々と溢すデインに、シセスが眉を少しだけ寄せた。輝珀は携帯食料を飲み込んできょとんとする。
「悪魔みたいだね。本当にそんな人いるんならさ」
「まあ、獣ばしった考え方する奴はどこにだっているだろー。どう転んだって、炉をこれだけ大暴発させられるのも摩訶不思議だな」
「不思議じゃないわよ。元々人間が作ったものなんだから」
「頭のいい人の考えなんて分っかんないなあ。――二人とも、ちょっと姿勢低くして」
 瓦礫の山の影に身を潜めるデインとシセス。明かりを消す二人を確認して、輝珀だけは周囲を見渡し、やがて一点をすっと見据えた。
 デインの耳にもやっと届く。瓦礫を踏みしめる音と、小さな欠片が幾つも転がり落ちる音。まばらな音の響き方に頷いた。
 複数人。動物の足並みではないということは、暗獣ではない。
 輝珀が足元の瓦礫をいくつか拾い、小さく手の上で放っては捕まえ、遊んだ。その音で止まる気配のない足音の主に、彼女はやがて瓦礫の向こうへと石を放る。
 カツン
 カラカラカラカラカラカラカラララララ……
 足音が、止まった。
 急ぎ足で煉瓦の山を踏みしめる音が響き、真っ暗闇の中、勢いよく山を下る瓦礫の音が派手に広場に響いた。
 輝珀が小さな声で唸り、デインに裾を引っ張られて彼の手を掴む。
「人か?」
「……人」
 獲物を狙う猫のように潜められた息と返事。デインは苦い顔になった。
 この状況下だ。自分達のように手がかりを求める人間ならば話は別だが――
 荒い息が瓦礫の谷底から聞こえる。周囲を見渡してでもいるのか、足音が同じ場所で二度三度踏みしめられた。
「誰かいるのか!?」
「いるよ!」
「ってうおい!」
 シセスが深く溜息を溢した。デインが輝珀の肩を鷲掴みにして揺する中、彼女はきょとんとしている。
「何ばらしてんのお前!」
「え、なんで?」
「よかった、生きてる人いたんだな! 事情が聴きたいんだ!」
「あ、違うよ!」
「違うの!? 亡霊!?」
「もっと違うわややこしい!!」
 吠えるデイン。シセスが深く溜息をつき、紋陣に触れて灯りを灯した。
 ぼうっと浮かび上がる少女の顔。悲鳴が谷底から上がり、デインは気が滅入りそうだ。
 突っ込み担当じゃないのに。

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