Endless parts 朽ちかけの街
第1話「朽ちかけの世界」
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その欠片を手にすれば。私達は光を得られる。
その欠片さえあれば。この世界に青空を取り戻せる。
あと数年しかない世界の終わりを、変えられるって。誰もが知っている。
諦めるか、妥協するか。
――そんなの、決まってる
Endless Parts 朽ちかけの街
第1片「朽ちかけの世界」
「はいちゅうもーく! 番号!」
「一」
「二ー」
「よし全員集合確認! 解散!」
「だから、集まった意味ない!!」
拳が地面に叩きつけられる。暗い街中でも明るい笑い声が響く中、少女に鋭く突っ込む少女の吠えは流された。まったりと、青年は欠伸。欠伸である。
「本当、お前どうして男に生まれなかったんだろうなあ」
「そーいうあんたはなんでそんなのんびり屋なのかなーあ。殴っていい? ねえ?」
「男相手だからってそんな横暴許されるなんて思うなよ。許されるんだろうけど」
「許すの、許しちゃうの!? だめじゃん!!」
「ほら許したって拳向か」
向いた。顔と腹に一発ずつ。
毎日繰り返される日常に、シセスは遠い顔。
「アンプも諦めようよ……挑発……」
「髪切るのはおまえだろ」
「長いの悪くないー。むしろアンプの髪のほうが長いー」
アンプ――デイン・アンパーサーは腰まである灰色の髪を振り返り、一つまみ持ち上げて揺らした。そもそも長髪ではなく挑発と言ったのにと、髪が長い少女はこっそり溜息を溢した。
唯一髪が短い――というより、長い黒髪を乱雑に纏め上げている少女、輝珀(キハク)・ヴァンダーンはくっと拳を固める。
暗い中でも分かるほど顔が怖いと、親友から正気を確かめられた。輝珀は苦い顔になり、ぐったりと頭を傾げる。
「ねーえー。どうすんの本当。出る気あるかないかを聞きたいんだけど」
「点呼取ったんだからあるんじゃないのか」
「アンプは黙っててよ」
暗い街中についた街灯は、地熱を利用した発電だけ。その地熱発電も、現在行われている個所は最盛期の三十パーセントにも満たない、世界でたった二十か所。
その街灯から外れ、暗闇の中で会話する自分達の声は、余りにもはっきりと聞こえ、周囲にすぐ沈んでしまう。
当然だ。もうこの街に人の姿はなくなりつつある。
髪が長い少女、シセス・フライタスはショールを肩に駆け直した。文様を刻んだバッジを胸元から一つ外すと、地面に置いて手をかざす。
瞬時に輝く光が、地図を描く。三人の顔が照らされる。
「じゃあまあ、一通りこれからの予定ね。まず探すなら、私は人があんまり行きかわない場所をお勧めかな」
「なんで? 情報収集するなら王都に行くもんじゃないの?」
「王都での情報は十分集めました。それにねー……」
先が割れたワンピースを軽やかに舞わせ、振り返ってきたシセスは、困ったように藍色の目を輝珀に向けた。輝珀は金色の目をぱちくりと瞬かせる。
相変わらず、この金色の目は宝石のような輝きだと、シセスはむぅと頬を膨らませる。
「人が沢山行きかう場所には、まずいって手が入り込んでるものなの。それも嫌ってぐらいに。それぐらいなら、もう人が中々寄りつかない場所のほうが、確実に何かがある。そうでしょ?」
「えー、でも昔話ではそんなことなかったよ。灯台は根暗だって」
「それ灯台下暗しなー。灯台に心って凄い凄い」
「うるさい!!」
飛び蹴りが入った。さすがにデインは逃げた。頭部を若干掠めていく足に、彼は頬が引きつっている。
「あかんって女の子」
そう言えば、幼馴染が沈黙してしまうのは知っている。シセスが冷めた目でデインを見た。
「で――結果的に言うと。未開の地は避けて、中途半端に人が入った場所――開拓地だね。そこや、廃墟地区を中心に探してみようかなって。永久稼動機関(エンドレスパーツ)があるとすればそこだよ」
「しつもーん。どうして未開の地避けるの?」
「あと残り十数年もないこの世界の寿命で、一生そこで迷子になりたいならどうぞ?」
輝珀、ふるふる首を振った。目が涙目だった。その目が困ったように辺りを見渡した。
デインが欠伸をしている。シセスは溜息をついて、文様が入ったバッジの光に手をかざす。明かりが消えたバッジを胸に留め直した。
「シセス、デイン、紋陣(エリア)の準備お願い」
「いやだから俺の紋陣使い時違う。戦闘能力ゼロ」
「い・い・か・ら!」
金色の目が黒く染まり上がった。輝珀が完全に、暗闇の世界を見ようと、能力を使ったのだろう。
戦闘民族ダーンは、暗闇を透視できる。より制度を高めるために黒目となったその色を見やり、デインは溜息をこぼした。
人の話を聞いてくれないこの幼馴染は、こういう時に厄介だ。拳を地面にそっと置き、獣のように姿勢を低くした輝珀に、シセスは別のバッジを取り出すと、手の中で感触を確かめる。
「何が来てるの?」
「……分かんない」
「おーい」
「しょうがないでしょ来てるのしか分からないんだから! 最近毎回そうなの、暗闇が増えすぎて獣も同化してるから!」
獣が暗闇に同化するという表現こそ、まさにシセス達には理解しがたいものだ。暗闇の中、じっと敵の気配を待つのももどかしく、デインが手の平の札と球体を転がし始めた、次の瞬間だった。
輝珀が勢いよく飛び出した。獣のように早く駆ける彼女は、あっという間に接敵し、未だ見えない敵を拳で殴り飛ばした。
相変わらず、戦闘民族なのだか人間なのだか分からない戦い方だ。腕に添えるようにつけられた、牙のような逆刃の彼女の愛刀が、拳からギリギリ逃れた暗闇の中の生き物を確実に掠めた。
切り裂く音が、広がる。
音さえ聞こえればもう、あとは人間であるデインやシセスでも位置が分かる。バッジに手をかざすシセスは笑んだ。
装飾具に、複雑な文様が赤く浮かび上がる。
「アンプ、動かないでね」
「俺じゃなくてキバに言えって」
「だって無理だもーん。あの子まともに聞いてくれないし──」
陣が輝きを、一瞬だけ強めた。
偏りを持って放射状に飛ぶ火炎弾に、輝珀が悲鳴。上手くかわしたのだろうことは、彼女の乙女らしからぬ罵声と、シセスがそしらぬ顔でそっぽを向いたことで分かった。デインは溜息。
喧嘩まみれの彼カノか。
「おーい怪我ないかー輝珀ー」
「ない! さっきまたキバって言ったな!」
「うっわ、相変わらずだよ地獄耳」
本当に地獄に行っても、この世の全てを聞き取りそうな耳の持ち主がまた怒った。シセスが隣で防光ゴーグルをかけ、苦い顔になるアンプは目を手で覆う。
まばゆい光に、獣と輝珀の悲鳴コンサートだ。
フラッシュが止むと同時、アンプは球体を取り出した。
カチリ
カチリ
「おっしゃ行ってこーい」
やや腹がふくよかな小竜が、嬉しそうに可愛い鳴き声と共に球体から現れた。竜の腹が膨らみ、顔も空気をため込んで──
暗闇の中、確かに水の固まりを勢いよく発射した。着弾と同時に周囲から熱を奪う水弾に、獣の足音が一気に遠ざかった。
代わりに、人間の獣じみた足音が猛烈に走ってくる。
「ピュニックー!」
勢いよく飛びついた。子竜、ふいとデインの目の前から逃げた。
竜を抱きしめようとした輝珀の手が、同じく彼女を抱き留めようとしたデインの顔を掠めかけ、デインが悲鳴を上げた。
シセスは呆れ顔で、懐いてくる子竜を撫でている。
「お馬鹿馴染みよねー」
「キュルルルル」
「かっ、刀! 顔面危うかった今!」
「あ、ごめん。大丈夫だってイケメンじゃないから」
「アルパカの顔をお前が見極められたら認めてやる!」
「分かるよ可愛さともふもふレベルと臭いは!」
子竜ですら、はばたきながら欠伸をしているというのに。
シセスは子竜ピュニックを見やった後、デインへと目を向けた。
「……デイン、自称ラマじゃなかったの?」
食用の。
尚も仲間内で続くいらない攻防を眺めつつ、シセスはふと鼓動を感じたバッジへと手を差し伸べ、細い指で黒のバッジにふれる。
「誰?」
『あ、ああ! よかった……! そちらは!? おい大丈夫か、もう少し耐えるんだ!』
知らない声の男だ。眉を潜めたシセスはしかし、次いで聞こえた緊迫の声に耳を疑った。 なんだろう、異常な機械音も混じっている。通話紋陣の使用者の近くに何が──
「私はシセス。紋陣師(エディター)です」
『紋陣師!? ならたっ、助けてくれ! フ』
ガザッ
『ツエムス発』
ザザ
『の──陣が!』
「な、何? 音がおかしいわ、紋陣が欠けてない?」
『と、とにか』
ザッ、ザー
『れ! なんでもいいた』
ドンッ
その音は、通話の紋陣の向こうから聞こえたのだろうか。
「な、何あれ!?」
それとも──
火の手を示す、遠くの天蓋の、ぼやけた明かりから
「……フゼッツエムス発電所……」
「えっ、じゃあさっきの焦ってた声の人って──」
「おいおいどっから聞いてたんだお前は……まずいな」
聞こえて、きたのだろうか
「発電所、あと十九基だろ。──この街も死んだのか」
「……え、うそ……え……」
街の灯りが一挙に消える。いたずらに大きな手が灯りを隠したような暗闇に、輝珀が目を見開いた。
「嘘じゃない。ここはフゼッツエムスからエネルギー得てたんだ」
デインは苦い顔で、手元の紋陣球をいじった。
「ドーンヘイツ市も、フゼッツエムス地区も──セナーデイムの都市機能もきれいに落ちたってことだ」
「──うん、予定変更しよ、シセス」 ……。
…………。
輝珀の切り替えの早さに、デインは喉を締め付けられたような声が漏れる。
「お、おーい待てよ。その突拍子は不吉呼ぶ気だろーキバ」
「不吉呼ばないしキバじゃない! 発電所に行けば原因分かんじゃん!」
「ほーらやっぱオーソドックスにそういうこと言うからねーこの子ふぅっ!?」
デインの腹に、拳がめり込んだ。シセスは声が聞こえなくなった黒いバッジを見つめ、唇を僅かに噛む。
「そうだね。そうしようか」
「ぉ、ぇ……ぇ、うそ」
「どう転んだってドーンヘイツを経由してから、東央地域を抜けて、イヴァンダム遺跡群に行く気だったんだもん。東に行くなら、多少南下してフゼッツエムスに寄っても変わらないよ」
地図を紋陣で出し、細い線を細い指で示すシセスの顔は、紋陣の輝きのせいか青い。
「都市機能が落ちても、人はそう簡単に移動できるわけじゃない。なら残っている人を頼りに、食料、必需品の調達も可能だよ。最悪廃都化してたら……」
「してたら?」
「残ってる道具がもったいないよね!」
「うんもったいない!!」
デイン、火の手の真反対の暗闇を見上げた。
それってつまり。
「失敬するんだよな……」
シセスはギンとデインを睨みつけた。
「有・効・活・用です」
「そーですね」
盗んでな。
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