ずっとこうしたかった、と呟いて、あの人は私の指先を握った。



最近、天気が悪い。
曇った空から時折雨が降る。 灰色。気持ちまでどんよりしていく気がする。 いつも明るい海もひんやりとしていて、薄暗い。
それでも毎日変わらない光景。…けど、ひとつだけ変わった事がある。

「おはよう、利吉」
「…おはようございます」

目元のほくろに、茶髪のウェーブ。
袴が濡れていて、さっきまで船を出していたらしい。

「仕事、終わったのか」
「はい」
「ふぅん、そうか」

義丸さん。
変わったのは、変えたのは、彼だ。少し笑う横顔を見ていると、遠くで雷が鳴った。





初めて会った時、真っ暗な上に霞んでよく見えなかったけど、きれいなひとだと思ったのはよく覚えている。

私は情けないことに怪我を負って、おまけに刺さった矢には毒が塗られてて、海まで逃げた時にはもう立っていられなかった。
もう丑三つ時を回っていて、人なんてこの辺りにいるわけがない。声も掠れて、ああ、もしかしたら私はここで死ぬんじゃないか、そう思っていたら、彼が私を見つけた。

大丈夫か、とか、しっかりしろ、とか、色々声がかけられていたけどあまりよく覚えていない。だけど、義丸さんに抱き抱えられたときの、頬に当たったじんわりとした温かさはなんとなくだけど覚えている。
温かくて、大きくて、とてもきれいなひと。

気づいたら私は布団で眠ってて、怪我の手当てもされていた。義丸さんは私のそばにいて、壁に寄りかかって眠っていた。

それから、私は海を訪ねるようになった。
あの日の失敗を忘れないために。





「…怪我はもう治ったのか?」
「まぁ、お陰様で」
「そうかい」

このひとはいつも笑っている。平和なひとだ。
その笑顔を見る度に、手を汚している自分には不釣り合いだと思ってしまうのだけど。

「…何か、私に用ですか?」
「いや?別に」
「…」
「はは、じゃあなんで自分んとこ来たんだって顔」

義丸さんは楽しそうに笑いながら、寄せる波に足を浸けた。

「お前いつも俺が来る前に帰っちまうだろ」

「え?」
「ふたりきりになりたかっただけだよ」
「…」

どくんどくんと、血が巡る。

「利吉」

義丸さんの手が、伸びてくる。 よけようとは、思わなかった。

「怖いか、好意は」

髪の横をかすめた傷だらけの手が、私の後ろ髪を撫でた。

「…貴方は、本当に、」
「ん?」
「…私が…好きなんですか」
「うん」
「…嘘だ」
「嘘じゃねぇって」
「、なんで…」
「利吉?」
「…」
「怖いか?」

怖い? 違う、戸惑っている。 必死に、必死に閉じ込めて、見ないふりをしてきた気持ちを、このひとは簡単に開けてしまう。

あの日。ふたりきりの部屋で。
起きた私が気づいたのは、貴方が指先を握っていてくれて。寝ているふりをしたけれど、もう始まってしまった。完全に気付いてしまった。
(もっと握って、いっそ抱き締めてほしい)


「人を、男の人を好きになるなんて、違う、そんなこと、駄目なんです…!単なる気の迷いだ、貴方だってそうだ、からかっているか、そうじゃなきゃ、貴方もおかしいんです!」

一気に言葉を吐き出した後、涙が零れた。

悔しい程に切ない。
これは特別な感情ではないと、何度も自分に言い聞かせたのに。
(本当はずっと、貴方に会いに来たのに)
気付かれない様に、息を殺してきたのに。

「利吉」

ああ。 義丸さん。
あなたの声に、全てが崩れていく音がする。

「いや、です」
「利吉、」「私は貴方が思ってるような人間ではありません!!!」

貴方が思ってるような、そんなきれいなひとなんかじゃない。
そう言って手を振りほどこうとしても、力が入らなかった。

「っわたしは、自分のためなら他人を殺すような人ですよ」
「それがお前のやることなら否定はしねぇよ」
「貴方を殺すことだってできるんですよ!?」
「だったら」

「だったら何であのとき俺を殺さなかったんだよ」

腕は掴まれたままで、私の顔はきっと涙でぼろぼろだ。
なんて女々しい。なんて脆い。
今なら舌でも噛み千切って死ねるんじゃないか。

「だっ…て、」

貴方の手があまりに優しくて、温かくて、
離したくなかった。
義丸さんが息をつく。何もできない私を見て、いきなり腕を引き私の身体を抱き締めた。
(…あ、これ)
初めてあったときと同じだ。

「俺もお前も、少しおかしいのかもしれないなぁ。…こんな話したらどう思うか知らねぇけど、最初から、決まっていたように思わないか?」

決まっていた?

「出会って、好きになる運命、とかよ」

思わず目を丸くすると、貴方は少し笑った。

「お前は怪我してたけどよ、なんか、綺麗な人だって思った。…はは、俺やっぱおかしいな」
「…じゃあ、」
「ん?」
「私もやっぱり、おかしいんです。」

義丸さんは、私を抱きしめて笑った。

「ずっとこうしたかった」

私は、義丸さんの腕の中で、泣いた。

義丸さんの肩越しに見た海の向こうは、もう小雨になっている。 雲の隙間から太陽の光が覗いていた。

「(…あ、きれいだ)」




***
きれいなひと と 綺麗な人
見た目とかじゃなくてね!ね、ほら!だから、えーと(ボキャ貧)
利吉くんと義丸さんの出逢いって何通りも想像しちゃいます。もうちょいギャグ調もありですね(義丸さん的に
ナンパのおはなしも書きたいんだ
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テーマ「人外ファンタジー」
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