(好きになってごめん、なんて、言いたくはないんだけど、)





「利吉くん、仙蔵と何かあったのかい?」
「へ?」

仕事の帰り道、ついでにと忍術学園に来ていた時、土井先生はお茶を飲みながら私にそう尋ねた。
父上は校庭で補修授業をしているようで(毎度の事のようだが例の三人である)、部屋に残されたのは私と土井先生の二人だけ。いきなり切り出されて思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「い、いえ…別に…。いきなりどうなされたんですか、そんな質問」
「何か言いたそうだったから。本当に何もないの?君たち見かけじゃ分かりにくいからさ」
「ほ、本当に何もないです…けど」

何もない。寧ろ最高潮に幸せだ。
でも、いや、だから、

「少し怖いんです」


たまに仙蔵が離れて行く夢を見る。
普段だって離ればなれなのだが。私は仕事があるし、仙蔵には授業がある。お互いそんな甘えるような性格じゃないのは分かっている。仙蔵はそういう子だということも理解している。平生も私との逢瀬もちっとも変わらない、ぶれない性格だということも。
頭では分かっているけど。

「…たまに潮江くんが少し羨ましくなります」
「そう?」
「小さい頃から仙蔵の隣にいれば、不安に思うこともない気がして」

それを理由に、繋ぎ止めておけるんじゃないか。
私は仙蔵の過去を何も知らないし、仙蔵だって私の過去を知らない。
今の関係より、赤の他人だった時間の方が圧倒的に長いのだ。

「…まぁ、確かに文次郎は小さい頃からの仙蔵を知っているけど、二人が小さい頃に出会っていたら、それは利吉くんと仙蔵じゃないと思うよ」
「……」

そうかもしれない。
きっとあの時の出会いがあって、今があるから、仙蔵は私を、私は仙蔵を好きになったわけで、少しでも何かが違っていたら私たちはすれ違うことすらできなかったのかもしれない。
言うなれば奇跡だろうか。あまりそういうかゆい言葉は好きではないけど。
私は湯飲みのお茶を一気に飲み干した。

「隠しておきたい、っていうのはわがままでしょうかね」
「少なくとも仙蔵のためにはならないと思うよ」
「…知られたくないんです」
「それもわがままになるよ」
「……、じゃあ
私だけのものにしたい、って思うことは」

無理だなんて分かっているが、誰の目にも仙蔵を映したくないし、触れさせたくないし、聞かせたくない。
なぁ仙蔵、こんな私でいいのか?
好きという言葉に泣きたいほど嬉しくなるのと同時に、本当は逃げてほしい。
仙蔵のことが好きだ。好きすぎて、自分が怖くなる。

「…間違ってますよね、私。忍者のくせに」
「全部さらけ出してみればわかると思うよ、正解は」
「土井先生、私と仙蔵がそんな性格だと思います?」
「信じてあげようよ」
「……、」

土井先生が少し笑って 、ため息をついた。

「端的に、利吉くんは仙蔵をどうしたいんだい?」

私は先生の顔が見れなくなって、空になった湯呑みを見つめた。
できればどうもしたくない。
ただ。

「嫌われたくない…ですかね」

仙蔵のことを何一つ守れてはいない、こんな私だけどそばにいてほしい。
好きだ。好きで好きでたまらない。





「…だそうだよ、仙蔵」

「…、は」

「本当に何もなかったんだねぇ」
「すみません、ご迷惑をかけて…」

いつの間にか私の背後にある、開けられた扉の向こうには仙蔵の姿があった。
土井先生に頭を下げたあと、その綺麗な瞳に私を写映す。
いや、ちょっと待て。
おかしいだろ。
「せ、んぞう… いつからそこに」
「…隠しておきたいって辺りからです」
「それ、は…殆ど全部?」
「はぁ…すみません」
「じゃ、ワタシの役目は終わったみたいだから…席外すよ」
「いやいやいやちょっと土井先生!!」

意味がわからない。
ただ土井先生が私に「頑張れ」と少し困ったうに笑うので、私は控えめに仙蔵を見た。

「仙蔵…」
「……」

すぐそこに仙蔵はいたが、触れることも話をすることもできなくて俯いた。
まるで沈黙に責められているようだ。

「ごめん、」

それしか言えなかった。
すると、それに答えるかのように仙蔵が私を見上げる。無意識に鼓動が跳ねた。

「利吉さんが離れたら、今の私は何もできなくなりますよ」
「……ああ」
「もしどんなことがあっても、…私は、貴方のことを嫌いになんてなれないです。絶対」
「……仙蔵」

名前を呼べば、少し赤くなりながら私の胸元に顔を埋めて背中に手を回してきた。

「大体そんなこと考えないでください、…利吉さんの馬鹿」
「ば、ばッ……」
「私ばかり貴方のことが好きみたいで、惨めになります」

ああ、だめだ、この子はどこまで私のことを煽るんだ 。
気付いたら仙蔵の体を痛いほど抱き締めていた。


「…好きだよ、仙蔵、好きだ」
「…、知ってますよ」










***
実は独占欲の強い利吉くん

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -