個体を分ける為の識別番号。
私にとっては、それだけでしか無く、それ以上の意味は無かった。

『ねぇ、貴方の本当の"名前"は?』

とある一人の女に聞かれた。
私は覚えていないと返した。

『それは、淋しいわね』

いつも行く夜の店にいて、様々な情報を売っていた。娼婦の様な事をして情報を仕入れる、その女の目は、深い夜の色をしていた。

『貴方には、"名前"なんて必要ないものなのね。私はそうは思わないわ』

よく喋る女だった。仕事に関しての口は固いが、世間話は長くなる事が多かった。
私はそれを聞くのが、少し好きだった。

『私が、貴方に意味を教えてあげられたらよかったわ。その役目は、私じゃないのね』

それが、女と話した最後の言葉。
復讐をする為に、ある男の情報を売れ、と言われた女は、その男の事は何も知らない、と答え、口を割らぬなら、と殺された。
それを聞いた時、身体の中から何かがストン、と落ちた気がした。


『それ、あんたの事だったみたいだぜ』

思い出すのは、女のあの夜の様な色の目だけだ。女に依頼した男は、親を私に殺されたと言った。
私は、覚えてない、そう言って殺した。


『本当の"名前"は?』

意味なんか…無いだろう。
その人物を指す為の"名前"?
なら実体がないものの"名前"って、何だ?仮初めの姿を指す"名前"は、本当の"名前"じゃない?私にはわからない。
この先も、私に意味を教えてくれる人なんか、きっといない。
女の名前は、何といっただろう。思い出せ無い。











「…三郎?」

閉じた目に光が射し込んで、薄く開くと、見慣れた天井だった。

「…あれ、らいぞう」
「兵助たち、もう食堂行っちゃったよ」
「…」
「どうかしたの?」
「…私が大人になった夢を見た」
「…、今日は、魘されて無かったけど」
「…ああ」

未だ、思い出せる。
あの目を。私に意味を教えようとしてくれた人。

「雷蔵、来て」
「? うん」

両手を広げて、雷蔵をぎゅう、と抱きしめた。
(やっと、解った気がする)
時間は掛かったけど。

「雷蔵、私の名前呼んで」
「…三郎?」
「うん、雷蔵」
「さぶろう、」
「…らいぞう」

名前を呼ばれる事の嬉しさとか、呼ぶ名前の有る幸せとか。"名前"が、あるとか。
きっと貴女が教えてくれようとした事。雷蔵に会えて、初めて鉢屋三郎という"名前"を貰って、漸く解った。

「らいぞう」
「…うん?なに、三郎」
「すき」
「うん」
「ありがとう」
「うん」






(『ねえ、いつか貴方にも、解る時がくればいいわね。』)



***
"名前"=顔みたいな解釈でいいと思います
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