「兵助、」
「ん?」
「抱いてもいい?」








「勘ちゃんおはよう」
「お、兵助とはっちゃんおは、……ってどうしたのはっちゃん、その頬!」
「あはは、ちょっと色々」
「随分腫れてるけど…兵助、何で下向いてるの」
「…何でもない」
「…」
「…」
「…」
「…喧嘩したの?」
「…」
「…」

昨日、竹谷が突然変な事を言うから。
目が、本気だった。俺も冗談だろって言い返せば良かったのだろうか、完全に言葉を失ってしまった。
竹谷の事は、本当に好きだ。でも、だけど、そんな事は考えた事も無かった。


『…いきなりすまん』
『え、…』
『…やっぱり嫌か?』
『!お、れは』
『優しくするから』
『…たけ、や』
『兵助、』
『!!!』


ばき。



(俺は何で思い切り殴ったりなんかしたんだろう…!!)
思い出すと恥ずかしくて情けなくて、顔から火が出そうだ。
(だって、いきなりあんな事言うから!)
真剣な、あんな目で見られたら何も考えられなくなる。
竹谷は、ちょっと笑ってからごめんって言ってくれたし、何事も無かった様に、おはようって言ってくれた。でも俺は、心臓がばくばくして、声が出なくて何も言えなかった。

(考えた事は、無かったけど)

あの大きな手で髪を撫でられると、嬉しい。抱きしめられた時は、胸が苦しくて、泣きそうになった。キスする時は、どうしようもないくらい幸せで。

(…抱かれるって、…どんな感じなんだろう。)


「兵助」
「ひぁ!!」
「…大丈夫か?」
「た、竹谷、」
「顔真っ赤だぞ…?さっき土井先生が呼んでたぜ」
「わ、わかった」
「本当に大丈夫か?」

額に、竹谷の手が触れた瞬間、体が動かなくなった。体の奥が痺れて、目の前がぐらぐらと揺れた。

「熱いな、風邪か?…兵助?」
「…あ、の…」
「ん?何だ?」
「…っ」

優しい。本当に優しい竹谷。きっと俺が拒み続けても、それでも竹谷は傍にいてくれる気がする。
(でも、それでいいのか…?)
この愛しさは何処にやればいいんだろう?どうやって伝えればいい? 
 
 
 
 
 
 
「よー兵助。なんだ、今日は一人か」
「…三郎」
「どうした?なんか暗いぞ」
「…」
「八左ヱ門は?」
「…」
「喧嘩したとか」
「…!」
「あったりー。さすが私」
「…三郎、」
「まあ座れよ。今日は雷蔵もいなくて暇なんだよ」

三郎と雷蔵の部屋には三郎しかいなかった。勘右衛門に相談しても良かったのだが、同じクラスだと何となく気が引けた。竹谷にはまだ委員会の会議があると言って先に帰した。

「で?何があったんだ?」
「…」
「言わないと解んねーぞ」
「…竹谷、が、」
「もう我慢出来ないって言ったのか?」
「、さっ!三郎!!」
「だってお前ずっと顔真っ赤。成る程な。で?その様子だと拒んだのか」
「…なんで解るんだよ…」
「変装名人の観察力なめんなよ。…兵助、お前は竹谷が好きだよな?」
「…うん」
「じゃあ拒んだ理由は?」
「…考えた事が、無くて」
「なら今考えてみろよ」
「は?」
「考えてみろって。想像すんだよ」
「そっ、想像…?」
「竹谷もお前も全裸、男同士ならアレも二つあるよな」
「さ、三郎!!!」
「気持ち悪いか?」
「…え」
「竹谷がお前に触れるのは、気持ち悪いのか?」
「……、いや…」
「じゃあ、それが答えだろ」

気持ち悪い、筈がない。
竹谷の目を思い出した。
真っ直ぐ、真っ直ぐに俺を見るあの目が、俺だけを見ている所を想像した。
会いたくて、たまらなくなった。

「…三郎、ありがとう」
「ん。…青春だなぁ」
「お礼に今度豆腐料理ご馳走するよ」
「ご遠慮します」

怖くなんかない。嫌じゃない。俺はもっともっと、竹谷に近付きたい。
竹谷に触れたい、触れてもらいたい。
この言葉じゃ伝えきれない気持ちを、今すぐに、

「竹谷!」
「ん?兵助、おかえ、」

部屋に入ってそのまま竹谷に抱き着いた。走った所為で体が熱い。鼓動が早い。

「ど、どうした、具合悪いか?」
「ちがう、ごめん」
「え?」
「すき、」
「…俺も、好きだよ」

ほっとする、いつもの声。強く抱き着くと、優しく頭を撫でてくれた。

「えーと…兵助」
「…ん?」
「…このままでいると、ちょっと俺辛いかなぁー…」
「辛い?」
「抱きたくなる」
「……ぃ」
「え?」
「…なんにもしらない、けど、」
「…兵助」
「…どうしたらいいのか、わからな、」
「兵助」
「…」
「抱いてもいい?」

頷くと、いきなり抱き上げられて、布団の上にゆっくりと降ろされた。瞬間、深い深い口付け。頭の中が溶けていく。このまま、どろどろに溶けて、竹谷とひとつになれたら。

「へいすけ」

熱い吐息も、鼓膜を震わす声も、触れる指も、体も、全てが気持ち良い。
(触れられるのは、こんなに気持ち良いことだったのか)

「…ほ、本当にいいんだな?怖くない?」「…竹谷、顔、真っ赤…」
「いや、だってさ…」

ぎゅうぎゅうと強く抱きしめながら、竹谷が名前を呼んでくれる。

「兵助、好き、大好きだ」
「ん…俺も、好き、」











「仲直りしたんだ?」

翌朝、食堂で勘右衛門が俺達を交互に見ながら言う。

「まぁな!そりゃもう」

竹谷が満面の笑みで答えるのを見て、顔が熱くなる。

「それなら良かったけど、あのさ」
「どうしたの、勘ちゃん」
 
笑顔竹谷とは裏腹に半笑いの勘右衛門を不思議に思って聞き返すと、勘右衛門がにっこりと笑った。

「壁薄いから、あんま声出すと丸聞こえだからね。へーすけ」
「…!!?」
「あーすまんすまん勘右衛門、次から気をつけるわ」
「ッ!!!!!」


ばき。


「た、竹谷の馬鹿!!ふざけんな!!」
「…あーあ、また腫れちゃうね」

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