私達は常に当たりの籤を引くように、分かれ道の前に立つように試されているんだと思う。
何時如何なる時も、どんな行動するのか、どんな選択肢を選ぶのか、神だか仏だかなんて知らないが、恐らくそんな存在にほんの一瞬行動を見誤る瞬間を見極められたとき、私達は終わるのだろう。
「三郎!後ろだ!」
「っ、わかってる!」
(自ら奈落に落ちるその時を、)
「ちっ…八左ヱ門伏せろ!」
「三郎!?」
(見極められた瞬間、その時に)
「バカッ!三郎危ねぇっ…」
「……ハ、チ?」
私達は終わる。
あの時のことをあまり明確に覚えていない。それでも脳裏に過ぎったのは八左ヱ門の忍装束を染める赤で、狂おしい程にそこだけは鮮明だった。
何回も何回も反芻して、ようやくわかってきたこと。
「…さぶろう、」
八左ヱ門が寝ていた布団の脇で膝を抱えて顔を埋めていたそこへ、聞きたかった声音が降って来る。
予感と共に顔を上げれば、真っ白な布団にいつもより白い顔色といつも通りの笑みがあった。
「……どうだ」
「平気だよ。咄嗟に急所は外したから」
いつものようにニカッと笑う八左ヱ門のその体、ほぼ全体に巻かれた包帯。更にそこで血が滲むのは三ヵ所。あの瞬間に発せられた銃声は少なくとも六発だったが、八左ヱ門だからこそ三発で済んだのかもしれない。
「…いつから復帰出来そうなんだ?」
「あ〜…どうだろ、伊作先輩が薬ケチんなきゃ1週間くらいじゃねーかな」
「ハチにだったら、ケチるかもな」
「うるせー」
お互いに肝心な箇所には触れない。
なんで庇ったんだよ、私だって急所くらい外せた。お前が傷を負った事で助かっても、嬉しくはないのに。
なんで身代わりなんかになったんだよ。頑張ればきっと何とか出来たはずだ。自分が助かってお前が死んだって、誰も喜ばないのに。
生きていて欲しいのに、こんな場所に生きているから自分達はそれを上手く言葉に出来ない。
だから私は、喉の奥まで出てきた言葉を全て飲み込んだ。
「あー、腹減った!食堂のおばちゃんの料理食べたい」
「暫くはおかゆだろ」
今更になって私達が普通になんてなれる筈もなくてむしろ『普通』なんて言葉の概念さえ分からない。
今ここにあるものを維持するのに精一杯で、必死にこうやって心の穴を塞ごうとするのに、八左ヱ門が私の穴を見透かしてくるからなかなか埋まらない。
「三郎」
「………」
八左ヱ門が、私の前にそっと手のひらを差し出す。
いやだ、いま触れたら、私は。
「…三郎」
笑った顔に誘われて、おずおずと八左ヱ門の手のひらに触ると温かくて、愛しい人が、今ここで生きているということを実感させられる。
そのまま手を握られ、包帯の巻かれた左胸に私の手を持っていくと、手のひらをかえして八左ヱ門の鼓動が伝わってきた。
(ああ、穴が塞がった。)
「…っはち」
私は何も考えずに八左ヱ門の胸に直接頬を当てる。すると八左ヱ門の手が、私の頭を包み込む。
「…生きてるよ、三郎」
「…分かって、る」
想いを感じるから、私達は常に試されていて、自ら奈落に落ちるその瞬間を見極められている。
生憎、往生際の悪い私達はこんな事では終わらないようだ。例え選択を間違えようと、傷を負い膝をつこうと終わるわけにはいかない。
分つのは、流れる血の最後の一滴、それが地を染める刹那。