「すき、すきだよ、雷蔵がすき」
「…」
あぁ、また、始まった。
「すき、凄くすき。私には、雷蔵だけなんだ」
「…どうしたの、何かあったの?」
「何も無いよ。何か無きゃダメなの?すきでいちゃいけない?」
「駄目じゃない、けど…何かあったかと思うよ、普通」
僕の肩に額を押し付けて『すき』を繰り返す三郎の頭を撫でる。何も無いのは解ってる。いつもの不安病だ、三郎は変に打たれ弱かったり寂しがりだったりするから。
原因はいつも、忘れかけた頃にしか解らないけど。
「やだ…すき、私は雷蔵がだいすきだよ…分かってる、本当に」
「分かって無きゃ今すぐお前を突き飛ばしてるよ」
「……」
「…しないよ、絶対」
抱き締めた。怯える様に震えた三郎は首を横に振って僕の腕から逃げる。逃げた癖に、窺う様に前髪の隙間から僕を見る。
僕の腕が欲しい癖に振り解くのは、もう一度引き寄せられたいからだと気付いたのはつい最近の事。
嫌がっても強引にやらなきゃ、最終的に泣いてすきだと繰り返す。最初は女々しい、とか思ったけど今はそうも思わなくなってきた。
僕まで、泣きそうに胸が痛む。
「三郎、逃げても僕は捕まえるからね」
「…ごめん。でもすきなんだ、雷蔵がすきですきでどうにもならなくて…ごめん、ごめんなさい…」
「僕は大丈夫だから。大丈夫、痛い事からも苦しい事からも僕が全部守ってあげる」
きっと、そんな事出来やしない。三郎は小さな事でも簡単に落ち込む。悲観する。嫉妬する。守れたとしても多分、せいぜいこの部屋の中くらいだ。一歩でも外に出れば、僕は三郎を気にすらしてやれない。
「…ごめん、らいぞ、」
「謝らなくて、良いから。…すき。すきだよ、三郎」
囁いて、冷えた耳朶にくちびるを添える。今度は僕がすきを三郎にやる番だ。
「すき、お前だけ、三郎だけがすき。僕はちゃんと隣に居るから。…安心して、絶対に棄てたりしないよ」
「…絶対なんて無いの、雷蔵だって知ってる癖に…」
「ん、…、僕の言葉は信じられない?」
「そんなんじゃ、ないけど、」
慌てて顔を上げた三郎と視線が合う。いつもは意味不明なくらい自信に満ちた瞳が、今は濡れて不安げに縋る様に僕を見る。
大丈夫、僕はお前にだけは嘘を吐かない。
「無いなら僕達で作れば良いよ」
「…うん、だいすき、雷蔵」
ぎゅっと僕の胸に鼻先を押し付けて、深く呼吸をする。大分落ち着いたのか柔らかく熱を持った吐息が装束越しに伝わってきた。
「…三郎、だいすきだよ」
「私も、いっぱいすき、雷蔵」
「ほんとに?」
「…私のこと疑うのか?」
「…ちがうよ、言ってみただけ」
「なら、直接私の唇に聞いてみればいい」
上目遣いの三郎が唇を指差して見せる。僕のそれが、やんわりと触れる。
震えるそれが離れて、三郎は甘えた声で呟いた。
「…、もっと、良く、聞いて」
「…ん、欲しがり」
もう一度触れて今度は舌を絡めた。
優しく躊躇いがちな口づけの後、三郎は僕の下唇をぺろりと舐めてから口を離した。
「僕のこと、すきだって」
「んん…、うん、口だけじゃないぞ、全部、みんな、すき」
「うん、僕の一番はお前だよ」
微笑んで見せたら三郎も笑ってくれた。
優先順位が変わったのがいつだったかは解らない。
最初は酷く動揺して困惑したけど、愛しいのは三郎しか居ない。
「…ね、雷蔵」
「ん?」
「…すきって聞きたい」
「すきだよ、三郎」
「ずっと言ってね、ずっとずっと、私をすきで居て」
「うん、ずっと」
指を絡めて、力を籠める。擽ったそうに笑う三郎と、また口づけをした。
些細な事で不安定になるお前が愛しくて堪らないんだ。
願わくばこのまま、僕からの好意を拒絶して渇望してズタズタに傷付いて傷付けながら側に居て。
こんな愛し方しか出来ない僕を、赦して、三郎。
…ごめんなさい、
すきだよ、あいしてる