第二章 歯車は静かに回りだす
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「明日履歴書持って来てね〜面接はしないけど☆」
という奈津子の声を背中越しに聞きながら、勇気は帰路についた。
空を仰ぎ見ると、日はとっくに暮れ、真っ暗になっていた。
街の明かりのせいか、星は殆ど見えない。
(ホントに参ったな…。叔父さんと叔母さんにどう説明しよう…?)
一応あの後、少しの間話し合ったのだが、結局自分を店員として迎えたいという奈津子の熱いラブコール(?)により、引くに引けなくなってしまったのだった。
その時あの男の名前も聞いたのだが、大上 黎明(おおがみれいめい)というらしい。
(しかしあの野郎…絶対ただ者じゃね〜な…)
無数の矢を一瞬で切り伏せるあの技は、相当鍛練しているのか【何を使っていたのか】さえ早くて分からなかった。
恐らく剣か刀のような物を使っているんじゃないかと思うのだが…。
(よく警察に捕まらないよな…)←そこかよ
(…ま、考えてもしょうがない。履歴書は確か家に残りがあったはずだし、とにかく早く帰ろ)
自然と小走りになり、割と早く自宅に着いた。
自分が持っている合い鍵でドアを開けると、夕飯らしき良い匂いが漂ってきた。
(やっぱり焼肉…て?あれ?キムチっぽい匂いがすんだけど…)
どうやらメニューをキムチチゲに変更したらしい。
内心がっかり、しかし自分には夕飯より大事な事があるため、そそくさと2階にある自室へ向かった。
(確かこの辺に…あ、あった!)
今にも雪崩が起きそうな本棚から引っ張り出したのは、だいぶ前に叔母さんが買ってきた履歴書だ。
【アルバイトでもしてみたら?】
と言って差し出され、仕方なく受け取りはしたものの、自分には【記憶】がない。
叔母さんが小学校から高校までの学歴を教えてはくれたのだが、たとえそれが【自分】の人生だとしても、【他人】の事を聞いているみたいで、気味が悪くて一度もこれを書いた事がない。
(確か…一枚だけ叔母さんが学歴だけ書いたやつが…あった。……けど……)
−俺は、【誰】なんだ?
それを考える度、背筋が寒くなる。
誰だっていいじゃん。俺は俺だと開き直ろうとした事もあった。
けれど、無理だった。自分が一体どんな奴だったのか、どんな人生を送って来たのか。
真っ白な自分。
16歳だという事と、【勇気】という名前がある。それしか分からない。
いや、あとは。
『おかえり〜。久しぶりに掃除でもやっちゃう?』
この変な『能力』。今は幸い夜なので眠っている物が多く、喋るのはこのシャーペンぐらいだ。
(この能力…何時から聞こえてるんだろう…)
壁に画鋲で留められたカレンダーに、赤い字で【病院】と書かれている。
日付は明日。
(何度行っても…記憶も【これ】も治りはしないのに…)
勇気はベットに寝転がり、頭を抱えた。
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