02
「おーい、紫苑」
不意に耳に入ってきたのは、聞き慣れた声。僕が、ずっと焦がれていた声。待ち望んでいた声。
辺りを見渡す。目についたのは、2階にある割と綺麗で、休み時間に駄弁ることのできるスペース。特進と、普通コースの生徒両方から近くて、紫苑とネズミが学校の中で会えるとしたら、この場所くらいのもので、その場所からネズミがこちらの方に手をひらひらと振っていた。
その傍らには、こ綺麗な女の子達がいた。
…また、もやもやが、大きくなる。
そこは、僕の場所なのに。
そこに、僕以外の奴が……
……ネズミは、僕の胸の内のこのもやもやの存在を知っているのだろうか。
多分、知ってるだろうな。ネズミは、人の表情を事細かに読み取ってしまうから。
だからこそ、ネズミは人付き合いが上手いのだろう。
ネズミに手を振りかえして、また歩く。
隣では、沙布がまた頬を膨らませていた。
ネズミが色んな人から評価されるのはいいことだと思う。
けれど、女の子が近くにいると、変な焦燥感に駆られる。ネズミが、ほかの誰かに、取られてしまうかもしれない、と。
そもそも、僕は男で。ネズミの恋愛対象にもならないのは、当たり前すぎる。
…僕は、ネズミが好きなのだろうか。
よく分からないけど、ネズミと会いたいと思うし、話したいと思うし、ずっとネズミの隣にいたいと思う。
ずっと?
…そんなこと、不可能だ。いづれ、ネズミにも大切な人ができて、その人に最大の愛を注いで、注がれて、幸せな家庭を、築くのだろう。
ネズミに選ばれる相手が、羨ましい。妬ましい。ネズミに、生涯愛してもらえるなんて。なんて贅沢なのだろう。……いいなぁ。
…だけど、ネズミには幸せになって欲しいから、仕方ないとは思っている。…彼を幸せにしなければ、僕が許さない。
こんな感情を持つ時点で、僕は、きっと、ネズミのことが、好きなのだ。
どうしよう。ネズミから、離れなくては。ずっと一緒にいるわけには、いかないのだから。ネズミに、恋人ができた時のために、いつでも離れられるようにしなければ。
いつか、君に「好き」と口走ってしまわないように。この気持ちに、鍵をかけて。封印しなければ。
男が、男を好きになるなんて。
溜め息が、漏れる。
息を吐いたあとに、ネズミが「溜め息をつくと、魔につけ入れられるぞ」と言っていたことを、思い出しながら。
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