「ささささ砂夜子…!!!」

宇宙人の名前を呼びながら遊城家のリビングに転がり込んできたのはヨハンだった。
テレビを見ながら優雅に紅茶を飲んでいた砂夜子は煩わしそうに彼に視線をやる。

「なんだ、うるさいぞ。遊菜ならバイトとやらに行ってるが」
「遊菜がバイトなのは知ってる!! そのバイトが大変なんだ!!」

いつになく焦るヨハンを不思議と思ったのか、砂夜子は手にしていたカップをソーサーに置いた。
ダイニングでデッキを調整していた十代も何事かと近付いてくる。

二人が話を聞いていることを確認したヨハンはひとつ頷き、重々しく唇を開く。

「遊菜のバイト先……Citrineっていうカフェなんだけどさ、そこのコスチュームが…!!」
「「コスチューム?」」

十代と砂夜子の声が重なる。
今二人の頭の中には、以前遊菜が着て見せてくれたシンプルなウエイトレス姿が浮かんでいた。
白のブラウス、黒のスカート、カフェの名前にもなっているシトリンという宝石の色をイメージしたのだろうオレンジ色のエプロンがそのカフェの正装だ。

ヨハンは一度唾を飲み込み、二人に耳打ちをする。

「期間限定でいかがわしくなってるんだよ…!!」

「え」と動揺の声を漏らした十代とは裏腹に、砂夜子は顔面を蒼白にして家を飛び出した。
最後に呟いた言葉は「店長ユルサナイ」だったため、ヨハンは心の中で合掌した。


…………………………


「遊菜…!!」

砂夜子はカフェ「Citrine」の扉を乱雑に開く。扉に掲げてあったベルが涼しげな音を奏でた。

「いらっしゃいませ!カフェ「Citrine」へようこそ!一名様で」
「遊菜はどこだ!!花村遊菜!!」

砂夜子の来店に対応した店員は鬼気迫るその様子に言葉を失う。
肩をがしりと掴まれ、上ずり声を上げた。

砂夜子はその店員を足の先から頭のてっぺんまで確認し、舌打ちを漏らす。

その姿は以前見たものとはまったく異なっていたのだ。

白のブラウスはそのままに、黄色が強いオレンジ色のスカートはプリーツが入っており、針金でも入っているかのように広がっている。
砂夜子はスカートの下から覗くレースを視認し、中は幾重にもレースが広がっているのだと理解する。
しかも膝上20cmときた。
そこから伸びる白く細い足は、シースルーのオーバーニーソックスに包まれていた。
うっすらと透けている肌色がどこか扇情的である。

砂夜子は店員をどかし、店内を見渡す。

そして男性客に接客している遊菜を見つけた。

「遊菜!!」

砂夜子は駆け出す。
見ると男性客は遊菜の方に手を伸ばしているではないか。当の遊菜は困ったように眉根を寄せている。

「遊菜に触れるな…!!」
「キャッ…!!」
「うわっ!?」

両手を広げた砂夜子は遊菜と男性客の間に身体を滑らせる。

「遊菜は貴様のような奴が触れていい存在ではない!! 早急に遊菜から離れ、ろ……?」

勢いよく啖呵を切った砂夜子はその客が誰であるかを確認し、首を傾げた。

「ク、クロウ……?」
「すごい威勢だな、砂夜子」

そこに座っていたのはクロウだった。
もしやと思って周りを見渡すがジャックは見当たらない。

「こら!砂夜子ちゃん!!」
「っ!」

遊菜は砂夜子の頭を軽く小突き、クロウに対し腰を折った。

「失礼いたしましたクロウ様、私の連れがご迷惑をおかけして…。今謝罪の品を持ってきます」
「あー、いいって」
「いえ、そういう決まりなので…」
「相変わらずバイト中のお前は固いなー。んじゃ、ブラックコーヒーをアイスで」
「かしこまりました」

礼儀正しく頭を下げた遊菜は、厨房に注文を伝えに行ってしまった。
砂夜子はその様子を唖然と見送る。

「座れよ」

しばらく呆然と立っていると、クロウにそう言われたのでその隣に腰を下ろす。

「お、怒らせてしまったか……?」

心配そうに砂夜子が呟いたため、クロウは目を丸くした。
頭上のリボンはへにゃりと下がっている。

クロウは「あー」と声を漏らし、頭をがしがしとかきむしる。

「怒ってはないだろうけど、バイト中のあいつはスイッチ入ってるからさ…」
「そうか……」
「ま、仕事なんてそんなもんだろ」

バイト戦士クロウが言うとやけに説得力がある。砂夜子はこくりと小さく頷いた。

「で、砂夜子はどうしたんだ?」
「私は…ここの制服がいかがわしくなったと聞いて…」
「ああ……。あれか。ヨハン情報だろ」

また砂夜子は頷く。
先ほどの遊菜は新しい制服に身を包んでいた。
まるでそういう店みたいじゃないか と砂夜子は呟く。

「クロウはなぜここに…?」
「んあ?ああ、制服変わったから見に来てって遊菜に割引券渡されたんだよ。んで、ここでランチ食べてたら店内見て顔青くして走り出すヨハン見てさ。もしかしてとは思ったけど」

まさか砂夜子が突攻かけてくるとはなー クロウはあっけらかんと笑う。
砂夜子は意地悪だ と頬を膨らませた。

「遊菜はあの制服をよろこんでいるのだろうか…」
「めちゃくちゃ喜んでるよ。期間限定らしいけど。可愛くなったってすっげぇテンション高かったしさ」
「期間限定……?」
「聞いてないのか? Citrineが今月の今週で十周年だから、本店、秋葉原店の専用制服を支店でも着て接客しているらしいんだよ。一週間限定で」
「………」

まさかの期間限定に砂夜子は言葉を失う。
クロウはどうした? と首を傾げるから、砂夜子は少しだけ恥ずかしそうに「勘違いしてた…」と頭を垂れた。

「ここがそういう店になったかと思った」
「なるわけないだろ」

クロウの呆れにも似た突っ込みに砂夜子は返す言葉もない。
二人の間には遊菜がブラックコーヒーを持ってくるまで静寂が広がっていた。


…………………………


「今日はビックリしたなー」

バイトが終わり私服に着替えた遊菜は、それを待っていた砂夜子と帰路につく。
砂夜子は遊菜の言葉にうっと唸った。

「いきなり砂夜子ちゃんが間に入るんだもん」
「あ、あれは知らない男だと思ったからで。それに手を伸ばしていたし、遊菜はどこか困った顔をしていたから…!!」
「あれねー。私の髪がボタンに引っ掛かってさ。自分じゃ上手く取れなかったからクロウが取ってくれようとしてたんだよ」

ま、あの後厨房で取ったんだけど。と遊菜は簡潔な説明をする。
砂夜子は「悪いことしたな…」とリボンを凹ませた。
遊菜は分かりやすいその反応にクスクスと笑みを漏らす。

「さ、帰ってご飯にしようか!」

遊菜は気落ちする砂夜子の手を掴み、駆け出す。
砂夜子は慌てて前を向いて走り出した。

「遊菜」
「んー?なぁに?」

砂夜子は少しだけ照れ臭そうに口を開く。

「制服はいかがわしかったが」
「うん」
「似合っていた」

遊菜は花開くような笑顔を浮かべ、「ありがとう!」と感謝を告げるのであった



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