「重い……」
「………」
「重いってえ……」
「…………」
「重いってば!!」
「……すまん」
放課後の帰り道、肌寒い秋の風に吹かれながら遊菜は叫んだ。
遊菜の背中に後ろから腕を回して引っ付いていた砂夜子は、相変わらず抑揚の無い声でとりあえず謝った。
半ば砂夜子目当てで帰路を一緒にしていたジムが苦笑いし、十代が同情の眼差しを向けてくるのを感じながら、遊菜はため息をつく。
胸の前で組まれた腕を振りほどくことも出来ず、自宅に向かって歩き続けるしかなかったのだ。
■
その日、何だか砂夜子の様子が可笑しかった。人によってはいつも可笑しいと言うかもしれないが、今回はいつにも増して可笑しかった。
何が可笑しいかというと、普段になく彼女はスキンシップを求めてくるのだ。
朝からボーッとしていると思ったら、音もなく抱き付いてくる。時と場所を選ばずに。
何かあったのかと訊ねても砂夜子は何も言わず、ぴったりとくっついては額を擦り付けた。
砂夜子を引きずるようにして辿り着いた自宅のソファに遊菜は倒れ込む。
やはり砂夜子は肩が触れあう隣で同じように倒れていた。
「なんで砂夜子ちゃんまで倒れてるの! 疲れたのは私の方なのに」
遊菜は砂夜子の黒髪を軽く引っ張りながら言った。何か言い返すことを期待して。
しかし、遊菜の期待はあっさりはずれる。
「……すまない」
「……いや、別にいいけど」
俯せに倒れたまま、砂夜子は言う。
脱力し、トーンの下がりきった声で言われてしまっては、追求のしようがない。遊菜は諦めた。
「砂夜子、お前今日どうしたんだよ。ジムも心配してたぞ。ウザいくらいに」
そんなふたりに、十代が声をかけた。
ホットココアの入ったカップを人数分を乗せたプラスチックのトレイをテーブルに置き、遊菜の隣に腰かける。
一方砂夜子は十代の呼び掛けに答えることなくソファに沈んだまま動かない。
捲れあがったスカートの裾もそのままだ。
十代と遊菜は顔を見合わせ、ため息をついた。
元々賑やかな訳でもないが、こうも黙ったままでいられると妙に息苦しい。せめて砂夜子に理由を話して欲しいところである。
「砂夜子ちゃん、どうしたの? 朝からずっと調子悪そう。どこか痛い?」
「……痛くない」
やった、答えた。遊菜が小さく頷き、十代にバトンを渡す。
「じゃあそろそろジムのストーキングに耐えられなくなってきた?」
「……あいつはどうでもいい」
十代はバッサリ切り捨てられた友人に少しだけ同情した。
その時、もそりと砂夜子が起き上がった。
ネクタイや前髪、頭上のリボンがしわくちゃになっているが、気にした様子はない。
まるで寝起きのような緩慢な動きで一度髪を掻き上げると、目を丸くしている遊菜にもたれ掛かった。そして重そうに口を開く。
「……秋だから」
「……は?」
ポツリとこぼされた言葉に、十代と遊菜はポカンとした。意味がわからない。
ふたりのリアクションなどお構いなしに、砂夜は小さな声で続ける。
「昔から、秋が苦手なのだ。何だか妙に感傷的になる。寂しい、寂しい。あと布団が恋しい。離れたくない」
「いや、最後のは違うだろ」
十代が突っ込むが、砂夜子は気にせず続ける。
「遊菜にくっついていないと私の繊細でデリケートな心が割れてしまいそうになる。」
「自分で言うなよ」
「砂夜子ちゃん……」
「いや、お前も何ちょっとうるうるしてんの」
砂夜子は遊菜にぎゅっと抱きつく。
そのまま額をぐりぐりと擦り付け、獣の子のように唸った。
遊菜も苦笑ぎみに砂夜子の頭を抱き込む。
「……要は人恋しいんだろう。人騒がせな宇宙人め」
「まあ、そう言わないで」
遊菜がくすっと笑う。
それを見て十代は呆れたように息を吐いてふたりを見た。
「……」
遊菜の肩口から目を覗かせる砂夜子と目があった。
砂夜子は何も言わず、じっと遊菜の肩越しに十代を見ている。
その視線に耐えられなくなり、十代は両手を小さく挙げた。降参だ。
そのまま遊菜を覆うようにふたりを抱き締めた。
「わ! 何、十代」
「文句なら砂夜子に言えよ」
突然自分達を抱き込んできた十代に遊菜は驚く。だが、十代は更に腕に力を込めた。
遊菜とくっついているせいか、十代の腕が砂夜子に触れることは無かったが、暖かさは十分に伝わってくる。
ふたり分の体温を感じ、砂夜子は満足げに笑うのだった。