「むむむ……うむ……素晴らしい……!」
「何が?」
湯船に浸かっていた遊菜が訊ねた。
砂夜子はわしゃわしゃと髪をシャンプーで泡立てながら、口を開く。
「やはりシャンプーハットは良いな。文明の利器だ」
「大げさだよ」
冷静な突っ込みである。
シャワーを頭から被り、シャンプーを洗い流す砂夜子には聞こえていなかったが。
砂夜子はシャンプーを洗い流し終えると、コンディショナーを手に取った。
「砂夜子ちゃん、私がやってあげる」
もたもたとコンディショナーを髪に馴染ませる砂夜子を見かねて、遊菜が言った。
浴槽から立ち上がり、砂夜子の背後に回り込む。
新たに手にコンディショナーを馴染ませて、黒い髪を優しく掴んだ。
「……おい、擽ったい」
「砂夜子ちゃんの髪、トリートメントしやすい」
肩に届かない黒髪は簡単に手の中に収まった。
耳の後ろを遊菜の指が掠め、砂夜子は肩をすくめた。
遊菜は気にすることなくトリートメントを続ける。
「……遊菜、背中に当たるのだが」
「何が?」
「……胸が」
ボソッと砂夜子は言った。自分の胸を押さえながら。
そのしぐさに遊菜は何となく察した。
にやり。充分に馴染んだコンディショナーを洗い流すためシャワーのコックを捻る遊菜の口角が上がる。
「ははーん……」
「な、何だ、その顔は」
「べっつにー」
シャワーを当てて、コンディショナーを洗い流していく。
「………うりゃ!」
「わ! わぶっ! 目、目に入ったぞ!」
シャワーを放り出して、遊菜が砂夜子に飛び付いた。
砂夜子は洗いきれなかったコンディショナーが目に入ったようで両目を押さえる。そこに背中から自分のものより大きな遊菜の胸がガッツリ当たるのだから、目が痛いやら悔しいやらでパニックだ。
「目があ、目があああ!」
「うりゃあ! 食らえこちょこちょ!」
「よせ……うわ、ま、おおああ!?」
後から張り付く遊菜を振りほどこうとは暴れた。
それはもうパニック状態で。
そんな砂夜子は気が付かなかった。足元に石鹸が転がっていたことに。
「ふっふっふ! 良いではないか良いではないか!」
「遊菜! いい加減に……あ」
ずるっ!
砂夜子の足が石鹸を蹴り上げた。
宙を舞う石鹸……バランスを崩す砂夜子と遊菜……巻き込まれたシャンプーやコンディショナー、ボディーソープのボトル達、その他もろもろ……。
スローモーションで流れていく景色に、砂夜子と遊菜はすべてを悟り、そっと微笑んだ。嗚呼、ヤバい。
がしゃん!!!
ゴトン!!!
……ガランガラン……カン……。
ダダダダダ……バタン!
「どうした! ……」
「無事かい!? ふたりと……も」
浴室から響いたけたたましいド派手な物音に、リビングにいた十代とジムが駆け付けた。
扉を蹴破って浴室に飛び込んだふたりは、浴室内の惨状に絶句する。
「……あ、だ、大丈夫です。はい」
「……痛い……」
泡まみれになりながらも何とか顔を上げた遊菜と砂夜子。
と、同時に鼻血を吹き出して卒倒するジム。
「ジ、ジムうううう!!!」
十代の悲鳴がこだました。
そこに、ひとり遅れて駆け付けたヨハンが合流した。
「…………え、なにこれ阿鼻叫喚」
ひとり状況を掴めないヨハンの声が虚しく響いた。