早々に退場しようとしていた三人を遊菜がなんとか捕らえ、王様ゲームは続いていた。
ちなみに、ポッキーゲームのポッキーは、ほとんど砂夜子が食した。実にご満悦気味である。

最初こそは渋っていた三人だが、まだ遊びたいと懇願する遊菜に、遊星とクロウの良心は揺れ、ジャックはなし崩し的に再参加が決まった。

そして、遊星の手の中に再び割り箸が収まる。


「王様だーれだ!」


遊菜の明るい掛け声と共に割り箸が次々と抜かれていった。最後の一本は必然的に遊星の物となる。
各々が手元の割り箸を確認し、一人が徐に手をあげた。


「砂夜子、か」


十代の呟きは、全員の耳へと届く。当の本人は手をあげながらも遊菜の作ったクッキーを咀嚼している。
口の中を空にしてから、砂夜子は命令を下した。


「5が1に抱き着く」


砂夜子らしくない命令に、ジムとヨハンが吹き出した。砂夜子自身はなんとも思っていないようだ。 どうやら数回の命令で、大体の趣旨を理解したらしい。
砂夜子は王冠の書かれた割り箸を突き出しながら「ほら」と急かした。


「5番は……?」


十代の問いかけに、一本の手があがる。


「俺です」


遊星だった。 半ば空気と化していた男が、やっと明るみに出た瞬間である。
遊星が手をあげた瞬間に揺れた肩が一つ存在した。反応したということは、つまりその肩の持ち主が1番ということになる。
その人物に視線が集まった。


「遊菜」


十代の声に、その人物……遊菜は小さく頷き、割り箸を見せる。 そこにはしっかりと「1」が書かれていた。砂夜子の盛大な舌打ちは聞こえない振りだ。彼女のことだからきっと、遊菜と十代を繋げようとしたに違いないだろう。


「遊菜か」
「う、うん……」


遊星はなんの躊躇いもなく立ち上がり、遊菜の背中に回り込む。誰かが生唾を飲み込んだ。

たとえ遊星が、ミルク厨で、機械オタクで、蟹で、時々なぞ発言をするとしても。
たとえ遊菜が、変態で、バクラオタクで、遊戯王厨だとしても。
二人は一応、美男美女であり、それはそれはお似合いなのである。

息を飲む光景だ。シチュエーションが完璧なら、恋人にすら見えるだろう。


「悪い。命令だからな」
「うん……。大丈夫……」


ヨハンと砂夜子の口から、ギリィ…… という音が漏れる。ヨハンはまだしも、命令した砂夜子まで歯軋りとはどういう了見だろうか。

遊星の腕はするりと動き、遊菜の首に回されていく。 どこからか、ブチッ という音までした。しかし、命令実行中の二人の耳には届いていない。
遊菜の心臓は口から飛び出そうなほど跳ね、遊星も少しばかり頬を染める。
クロウは小さく「まじか…」と漏らし、ジャックは鼻を鳴らす。

ついに遊星は遊菜を抱き締めた。真っ赤な顔する遊菜の耳に、遊星の声が溶けていく。


「柔らかいな」


その呟きは、ヨハンの耳にも届き、彼は威勢よく立ち上がった。そして声を荒げる。


「おい!遊星おらぁ!表出ろや!」


ギャーギャー騒ぐヨハンを十代が捕らえ、「柔らかいってそういう意味じゃないからなー」と言う。
十代の言う通り、遊星が言ったのは髪のことである。遊菜の髪はさらさらであることに間違いは無いが、ボリュームがあるため柔らかいのだ。ヨハンは勿論、思春期ならではの勘違いをしていた。
しかし、髪のことだと知った後もうるさいので、この命令は早々に切り上げられる結果となったのである。


* * *


次の王様は遊菜であった。キタコレ!とテンションが上がる。


「2番が7番を押し倒す!」


流石遊菜である。このむさ苦しい中でも、若干腐女子の血が流れる遊菜には、なんの障害にもならないのだ。

2番の割り箸を掲げたのはクロウ。7番を掲げたのはヨハンである。 遊菜は軽くガッツポーズ。
ジャックなら暑苦しくて嫌だったが、クロウとヨハンなら構わない。むしろ、クロウが上でナイス!などと考えているのだ。


「俺がヨハンを押し倒すのかよ!」
「なんか俺、さっきから嫌な命令ばっかじゃ……」


二人は王様に抗議をするが、遊菜の満面の笑みに威圧され、逆らうことを止めた。


「え、えい!」


クロウは勢いよくヨハンの肩を押し、組敷く。遊菜の奇声が上がった。


「キャーッ!!クロウ可愛いっ!ヨハン真っ赤!ヤバイ!目覚める!」


ソファの上で悶える遊菜の隣の十代は、目の前の光景から目を逸らし、横でバタバタする遊菜を見やる。遊菜は長い足を激しく動かし、今にも中が見えてしまいそうである。
十代はそれに溜め息を吐き、遊菜を軽々と抱えあげると、自分の足の間に座らせた。動きを止めようという寸法である。そのまま顎を遊菜の肩に置くと、それを見ていた砂夜子の瞳が輝いた。実に嬉しそうだ。
遊菜は十代の頭をくしゃりと撫でて、十代はくすぐったそうに目を細めた。

未だに命令実行中の二人は、揃って声を上げる。


「「イチャイチャしてんじゃねぇぞお前らぁ!!」」


半泣きであった。


* * *


「王様だーれだ!」


幸せそうな遊菜の掛け声で、一斉に割り箸が抜かれる。そして、静まり返った部屋に、「あ」という声が漏れた。


「俺だわ」


やはり引き運か。今回の王様は十代である。ヨハンは今度こそ空気を読むことを願った。


「んーじゃ、4番がここにいる奴らを一言で表す」


ん。4番と呼ばれ、手をあげたのは砂夜子だった。砂夜子は静かに頷き、まずヨハンを指差す。


「邪魔者」
「じゃまっ!?」


少なからずショックを受けたヨハンは、その場で固まる。
次に、砂夜子はジャックを指差した。


「でかい」
「む…!?」


適格である。遊菜は腹を抱えて笑いだす。十代がいるから転がることは出来ないが、今すぐにでも転げたいだろう。
そのまま、砂夜子は淡々とクロウを指差した。


「お母さん」


ドッ と笑いが起きた。
クロウは顔を赤くさせ、「誰の所為だと思ってんだよ」と呟く。その視線の先にはジャックがいた。

遊菜は既に過呼吸気味であり、ヒーヒーと声を溢す。十代も笑い声をあげ、いつの間にか復活したヨハンも腹を抱える。ジムも堪えきれないようで、遊星でさえもうっすらと笑みを浮かべていた。
そんな遊星に砂夜子は指を差す。


「残念なイケメン」
「……」


遊菜は耐えきれないといったようにソファを叩いた。もう声は出ていない。息が切れて、笑えないのだ。
イケメンという言葉に過剰反応を示したのはジム。「残念な」が耳に届いていなかったのか、どこか絶望感に揺れる表情をしている。勿論、砂夜子に遊星への気は無い。むしろ、遊菜に抱き着いたことは重罪だと認識している。
砂夜子は次に十代を指差すと、少しばかり口角を上げる。


「優しい」


十代はそれに虚を突かれたようだ。ぽかーん とバカみたいに口を半開きにしている。砂夜子は満足気に頷くと、ジムを指差した。


「ルー語」


また遊菜の笑い声が響いた。当のジムは、苦笑いのまま固まっている。
クロウも一緒に笑い、ヨハンまでも巻き込む。三人で床を叩く勢いで笑う。どうやらツボらしい。


「oh………砂夜子、他には…」
「化石オタク」
「オタ……!?」


ついにジムは固まった。砂夜子が自分のことをしっかりと認識してくれたのは嬉しいのだが。言葉が悪かった。一方、砂夜子は何も気にしていない。反省などもっての他だ。
そして、固まったジムから視線を外し、その瞳は遊菜を捉える。


「大好き」


砂夜子の言葉に遊菜が頬を赤らめ、頬を赤らめた遊菜を見たヨハンも、頬を赤くした。なぜだ。ジムなんかは、早々に復活し、砂夜子の「大好き」を脳内で反復させている。幸せそうだ。表情筋が緩んでいる。


「どうだ。命令を完璧にこなしたぞ!」


砂夜子は自信たっぷりに胸を張る。遊菜がその頭を撫でた。


* * *


割り箸が再三集められる。勿論、遊星の手中にだ。遊星ならイカサマをしないから、という判断により遊星が持っているのである。


「お、俺だわ」


王様の印である、王冠の書かれた割り箸を見せびらかすのはヨハンだ。


「よっしゃ。2番で、女子なら王様のほっぺにキス!男なら男らしく上を脱げ!」


ズルいと思われるかもしれないが、自分に対するリスクと相手に対するリスクを最小限に減らしてある命令だ。男女バラバラの命令は、酒の席なら叩かれるだろうが、健全な学生たちには丁度いい命令である。


「あ」


俺です。と手をあげたのは遊星。やけに命令が当たるヤツである。ヨハンは仕方ないか…と溜め息を吐き、命令実行を促した。

遊星はなんの躊躇いもなく制服のネクタイを外すと、シャツの裾をズボンから出し、ボタンに手をかける。隙間から見えた鎖骨に、遊菜のフェチズムが加速した。
段々と露になる筋肉に、遊菜はうっとりと目を細める。遊星は全体的に細いが、筋肉質である。遊菜にとってはかなり重要なポイントだ。


「脱ぎましたけど」


シャツを脱ぎ去った遊星は、どうすればいいんですか?と首を傾げる。しかし、ヨハンが何かを言おうとした時には、もう遅かった。


「遊星!」


顔を朱に染めた遊菜が、上半身裸の遊星を押し倒す。その息は荒い。


「遊星……遊星……」
「ゆ、遊菜……?」


ただならぬ雰囲気の中、幼馴染みの奇行に慣れている十代は息を吐いた。砂夜子はクッキーを頬張りながら、「私も筋肉を…」などと呟いている。今にも筋トレを始めそうな砂夜子を止めるのはジムとクロウだ。ヨハンは顔面蒼白で固まっている。ジャックは出来るだけ二人を見ないように努めていた。


「遊星……」
「遊……つぁ……」


遊菜の細い指が遊星の横腹辺りをなぞる。小さく声を漏らした遊星に、遊菜のテンションは上がる一方だ。


「はぁ……!!遊、な……っ!やめっ……」


照れながら身悶えする遊星に、遊菜の中のストッパーが外れた。ジムとクロウは砂夜子の視界を遮る。教育によろしくないことが行われてしまうからだ。遊星を助ける気は無い。助けれるわけがない。
遊菜の双眸は野獣のように煌めく。


「ゆーーーせーーーいっ!!!!」
「やめ、止めろ!遊菜!?ああっ…!!うわぁああああ!!!」


焦る遊星も珍しいなー。十代は暢気に思考し、浅く溜め息を吐いた。

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