「王様ゲーム?」

「うん! これから家でやろうって、十代が。砂夜子ちゃんもやろう」

「別に構わぬが……。私はあまりそのゲームを知らないぞ?」

真っ青な空の下、学校の屋上に砂夜子と遊菜は居た。
給水塔の上で空を見上げ背伸びをしていた砂夜子を遊菜が見つけたのはつい数分前。
大声を上げて彼女を給水塔の下のまで呼び寄せた。
そして、“王様ゲームをやらないか”と、用意していた台詞を繰り出したのだった。

「大丈夫、とっても簡単だから! お菓子とジュースもあるよっ」

「……わかった。参加しよう」

“お菓子とジュース”というワードに反応した砂夜子に、遊菜は苦笑いした。
砂夜子らしいといえばそうである。

「よし、じゃあ早速行こう! 十代も何人か連れてもう帰った頃だと思うから!」

砂夜子は頷く。
遊菜は嬉しそうに笑い、砂夜子の腕を掴んで走り出した。


 * * *

 
 「……で、集まったのがこのメンバーか」

「何だよ、不満か」

「不満っていうか、殆ど男じゃねえか」

その後、遊城家のリビングに8人の若者が集まった。
3人掛けのソファに座る、十代、遊菜、砂夜子。テーブルを囲んで向かいのカーペットに座るのは、ジム、ヨハン、クロウ、ジャック、遊星だ。

男女比についてクロウがまず不満を漏らした。それもそうである。
王様ゲームというのは、逆らうことのできない王様の命令の下、男女であんなことやこんなことをするのを楽しむという側面も持っている。
だというのに、今回集まった8人のうち、女子はふたりしかいなかった。
これは問題である。このままでは男同士であんなことやこんなことをしなければならないという可能性があるからだ。

「女子少ねえよ……」

「じゃあお前誰か誘ってこいよ、クロウ」

十代が言った。最もである。だが、クロウにも言うことがあった。

「誘ったよ。でも、ものの見事に皆断られた」

うんうん。と、他の男性陣も頷いた。
それを見て十代が「俺も」と言って頷く。クロウは諦めた。
まあ他の男たちも思いは同じなはず。リスクを避けるために過激な命令は下さないだろう。

「始めよう、ルールはさっき説明したとおりだ。あんまり過激なものや暴力的なものは避けるように」

遊星が静かに言った。その手には人数分の割り箸が握られている。
ひとり、またひとりと割り箸に手を伸ばす。全員の手が割り箸に触れたところで、互いに顔を見合わせた。
その中に、やたらと熱い目をした男がふたり、食い入るように割り箸を見ていた。
ヨハンとジムである。

(俺が王様になって遊菜と……!)

(負けられないbattleだ……! 砂夜子との距離を縮めたい)

始まる前から手に汗握るふたり。
全員で声を合わせ、最初のゲームが始まった。

「王様だーれだ!!」

遊星の手から割り箸が抜き取られて行く。
最後に残った一本を遊星がしっかりと握ったところで、全員が自分に割り振られた番号を確認した。

「はい!」

僅かな間のあと、手が上がった。元気な声と共に手を挙げたのは、十代だ。
流石である。引きの良さは健在で、早速発揮された。

「俺が王様だぜ!」

十代の手の中の割り箸には確かに王様の印である王冠が付いていた。
「アンタがキング!」という文字とともに。
十代は割り箸をひらひらと揺らし、見せつけた。
その様子に、遊菜が頬を膨らませ、ジャックが舌打ちする。砂夜子は自分の割り箸以外には興味がないらしく、黙々とテーブルの上に用意されていた菓子を食べている。
お気に入りはチョコレートと遊菜が少し前に焼いておいたクッキーだ。

「十代が王様かー。じゃ、命令してくれ」

ヨハンが言えば、十代は考え事をするかのように腕を組む。
むむむ、と眉を寄せ、指先で腕を何度か叩いたあと、何かを思いついて手を叩いた。

「じゃ、まずは3番……」

十代の命令を待つジムがどこかそわそわとする。落ち着きがない。
砂夜子を気にかける彼としては、十代の下す命令は結構重要である。
運と命令によっては砂夜子とぐっと距離を縮めることができるだろう。
だが、自分以外の誰かと距離を縮めてしまうこともある。そうなっては面白くない。
そんなことを思うジムの隣で、ヨハンがほっと胸を撫で下ろした。
遊菜が指名されなかったことに安堵する。考えることはジムと同じだ。

「そうだな……あ、じゃあ6番! 3番のプリン食っていいぞ」


カタッ………。

物音が部屋に響いた。
遊星はさっと辺りを見回す。すると、正面のソファに座っていた砂夜子の様子がおかしかった。目を軽く見開き、わなわなと震えている。その視線は手元の割り箸を見つめていた。……3番と書かれた割り箸を。
あちゃー、という十代の声が聞こえた。

「それでは6番は……」

ジャックが言った。すぐ近くで静かに手が上がる。

「……お、俺です」

手を挙げたのはヨハンだった。その手には確かに6番の割り箸が握られている。
ただならぬ砂夜子の様子に若干戸惑うヨハン。
テーブルに並べられたプリンたち、その中の砂夜子の前に置かれていたプリンにそろ〜っと手を伸ばした。ちなみにこのプリンは流行りの店から買ってきたそれなりに値の張るプリンである。それだけに、美味しいと話題の品だ。

「え、えっと。じゃあ王様の命令だから……いただきます」

何も言わず固まっていた砂夜子がピクリと動く。
ヨハンがプリンの蓋を開けるのをじーっと見つめた。そして。

……ぶわッ

「え、えええ! 泣くほどいや……? なんか食べにくいんだけど……」

「そりゃそうだよ、砂夜子ちゃんそのプリンすごく楽しみにしてたもん!」

遊菜が砂夜子の肩を抱き寄せながら言った。砂夜子はこくこくと頷きながらヨハンを見る。さらに言えばヨハンの持つプリンを。

「いや、いい……ぐすッ……王様の命令は絶対だから、食べてくれ。私のことは気にするな……」

ごめんなさい、気にします。
ジムが「Oh……砂夜子、可哀想に」と言っているのを聞きながら、なんだか全面的にヨハンが悪者な空気の中、ヨハンはプリンを口にした。

「…………ご、ごちそうさまでした」

重苦しい空気の中、ヨハンはプリンを完食する。
物凄く、盛り下がった気がする。だいたい何故こんな命令をするんだ! 十代の馬鹿!
そう思い十代を見れば、十代は素知らぬ顔で砂夜子を遊菜と共に慰めている。
ヨハンは心の中で泣いた。

「砂夜子! よかったら俺の分のpuddingを……」

「砂夜子ちゃん、私のプリンあげるよ!」

ジムの言葉を押し置けて、遊菜が言った。そうすれば砂夜子は目元を袖で拭い、遊菜の胸に顔を埋める。
よしよし、と遊菜が砂夜子の頭を軽く叩けば、さらに強く抱きついた。

「……Oh……」

その光景を男性陣は見ていた。
それはそれは、複雑な気持ちで。特に、ヨハンとジムは。
ちなみに十代は例外である。彼にとっては珍しくもない光景であり、最早突っ込むのもめんどくさいのだ。

 
 「ええい、次に行くぞ次!」

思い空気を払拭するように、ジャックが声を張る。
割り箸を握り、セットした。

「次は俺が王様だぜ!」

「いや、私が王様なんだから!」

クロウと遊菜が意気込む。
ヨハンはそんな遊菜を見てこっそり目を細めた。

「では行くぞ!」

全員の手が割り箸を掴んだのを確認し、お決まりのフレーズを言う。

「王様だーれだ!!」

一本、また一本と抜き取られて行く割り箸。
それぞれが割り箸を確認する。そしてすぐに手が上がった。

「よっし! 俺が王様!」

クロウだ。クロウは嬉しそうに笑い、王冠マークの付いた割り箸を見せる。
そして「もう命令はきめてあるぜー」と言うと、びしっと指を立てた。
全員の視線を浴びながら、命令を下した。

「2番と5番がキス! 王様ゲームと言ったらこれだろ!」

「……ま、まじか!!」

「さっすがクロウ! 殆ど男しかいないこのメンバーでキス! なんて嫌な野郎だ!」

えっへんと胸を張るクロウをヨハンと十代が取り囲む。

「それで、誰なんだ? 2番と5番」

遊星が言う。盛り上がった男達が騒ぎ立てる中、控えめな声が上がった。
それは、十代の隣、そしてヨハンの隣から上がった。

「わ、私……です」

「オレだ……」

それは遊菜とジムだった。
ふたりは「あははは」と苦笑いをして、少しだけ頬を赤らめる。
決して不仲ではないし、寧ろ良い友人関係を築いているふたりだが、キスをするとなると話は別だ。西洋人のジムはキスに対して抵抗はないが、遊菜は違う。
日本で生まれ育った彼女には、親密な関係の人間以外とキスをする文化には馴染みがない。

「別に遊菜とkissするのは構わないんだが……」

「私も、ジムのことは好きだけど……」

苦笑混じりに顔を見合わせ、声と視線を合わせた。
そして視線をずらせば、それぞれ隣にただならぬ様子の友人がいた。

「砂夜子ちゃんが……」

「ヨハンが……なあ」

遊菜の隣に座る砂夜子は未だかつて見せたことない、鬼のような形相でジムを睨みつけ、ジムの隣のヨハンは絶望したかのような悲壮感を噴出している。

「い、いくら命令とはいジムなんぞと接吻する必要などない」

「そうだぜ遊菜! お前がジムなんかとキスすることないって」

“なんぞ”“なんか”といったさりげなく酷い言い方をされジムは少し傷ついた。
遊菜はほんのちょっぴりジムに同情する。
砂夜子はじっと遊菜を見上げ、遊菜の腕を抱きしめた。その顔は先程の鬼の形相ではなく、塩に揉まれた葉っぱのようだ。
しゅんぼりと眉を下げた姿はさながら犬のようである。

「私は……遊菜が十代以外とそういうことをする必要は無いと思っている」

びくり、と十代の肩が微かに揺れた。
今まで何も言わなかったが、遊菜とジムがキスするのは十代もあまり快くは思わないらしい。
砂夜子は続ける。

「ゲームのルールを無視するのは良くない。だが、遊びで接吻するのはもっと良くない。もっと大切な人としなくてはならない。例えば、十代のような」

「え!」

「えッ」

遊菜と十代が顔を見合わせた。その顔は赤い。
そのまま手をぶんぶんと振り、全く同じリアクションを見せた。

「ち、違うの砂夜子ちゃん! 十代とはそういう感じじゃなくて! 確かに大事な人だけど……でもお!」

「そ、そうだぜ! そういう目で見てないっていうか! できないこともないけど……」

「とにかく、だ。私は反対だ」

砂夜子が強く言う。それを黙って聞いていたクロウは、ふか〜くため息を付いた。
「わかった」と言うとガシガシとオレンジ色の髪を掻き上げ、テーブルの上のジュースを一気に飲んだ。
ごくごくと喉を鳴らし、いい飲みっぷりである。

「今の命令は無効! じゃあジムと……7番をチェンジしてポッキーゲーム! キスよりはいいだろう」

「ま、まあそういうことなら……」

ジムが安堵の息をついた。ヨハンや十代、何より砂夜子の前で遊菜とキスをしなくて済む。そういった気持ちから、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 「……というわけで、レッツポッキーゲーム!」

「いえーい」

「いえーい!」

気の抜けた声と共に、ポッキーゲームが始まった。
遊菜はどこか擽ったそうに笑い、一本のポッキーを取り出しす。
そのままポッキーを口にくわえた。
男性陣が生唾を飲み込む。主にヨハンが。
ポッキーゲームというのは、片端を口に加え、もう片端を別の人間がくわえ、お互いに食べ進め、3cmほど残すゲームだ。3cm以上食べ進めてしまうとそのままキスしなければならないという(大人の)定番のパーティゲームだ。
命令により、ポッキーの片端をくわえた遊菜が目を閉じる。
それを見て、もう片端を7番の割り箸を持った人物がそっとくわえた。

「……しかし、まさか女同士のポッキーゲームを見せられるとはな」

「…………ああ。俺もまさかこうなるとは思わなかった」

「……いや、一番問題がなくていいんじゃないか」

上から、ジャック、クロウ、遊星の言葉だ。
乾いた声を漏らし、ずるずるとジュースを啜る。十代はクッキーをバリバリと齧りながらポッキーゲームの行方を見守っていた。

「まあ……いいんじゃないのか」

「……そうだな」

……砂夜子なら。
ジムとヨハンは力なくグラス同士をぶつけた。
そう、7番の割り箸を持っていたのは砂夜子だった。砂夜子は最初こそ「私でいいのか」と言って戸惑ったものの、遊菜が笑顔で頷くのを見て、大人しくゲームを受け入れたのだった。

はむはむと遊菜と砂夜子はポッキーを食べ進めていく。
至近距離で女子ふたりがポッキーを挟んで見つめ合う姿は、それはそれは男性陣には刺激的である。まずい、かなりまずかった。
ヨハンとジムは目を見開き、鼻のあたりを手で覆った。遊星たちは口を開け、呆然としている。もう、どうしようもなかった。

「……なあ、どうする」

「……これ以上続けられるわけなだろう」

「ああ。もう、帰ろう」

これ以上は続けられない。目の前の甘ったるい空気に圧倒された遊星たちは、ゲーム続行不可能という判断を下した。恐らく懸命な判断である。
3人は荷物をまとめ、腰を上げた。

「……む……」

「……ん…………」

ポッキーは着実に減っていく。それと同時に砂夜子と遊菜の距離もどんどん近づいていく。
甘くふわふわした空気に、もう男達は入り込むことはできない。
王様ゲームはやはり男女のバランスが重要だと再認識しながら、残りの男達3人は、互の肩を叩きながらグラスにジュースを注ぎ合った。

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