「砂夜子ちゃん!プール行かない!?」

今日も当然のように遊城家を訪れていた砂夜子は、遊菜が十代に淹れさせた紅茶を飲みながらくつろいでいた。
そこに走ってきたのは遊菜で、右肩にクリア素材のバッグを携えている。 砂夜子は紅茶をゆっくりと飲み干し、そのカップを同柄のソーサーに置くと、遊菜を見据えた。

「プール?……もしかして、水に入って遊ぶ娯楽施設のことか?」
「あれ?砂夜子ちゃんプール知ってるの?」

知っているも何も。砂夜子は長い睫毛の生えたまぶたを下ろし、薄く桃色がかった唇を動かす。

「私の住んでいたところにも、プールなるものがあったのだ」
「そうなの!?いやー偶然!すごい!」

嬉しそうに両手を合わせる遊菜に、砂夜子も嬉しくなり、笑顔を浮かべる。

「じゃあさ!一緒にプール行こうよ!」

遊菜はソファに悠々と座る砂夜子の腕を引き、問答無用で外に飛び出した。


* * *


「プール着いたー!」

十代も連れた三人は、一度砂夜子のUFOの下まで行き、砂夜子が星から持ってきたという水着を確保してからプールに向かった。 熱い日差しからして、今日は絶好のプール日和だろう。

三人が無事プールに着くと、十代が呼んだヨハンと、もう一人が立っていた。
そのもう一人に、遊菜は驚きを隠せずにいる。

「ジム!?」

当の本人は、片手を上げながら暢気に「Hello!」などと言っているため、遊菜は 本物だ… と嘆息する他なかった。

ジムはヨハンと同じく、遊菜たちが中学二年の時に学校にやって来た留学生だ。留学期間を延長したヨハンとは違い、ジムはきっちり期間を守って母国に帰って行った。そんなジムが今、目の前にいる。

「十代!説明して!」

さっきから全然動揺してない彼を見た遊菜は、十代なら事情を知っているのだろうと予測をたてて詰め寄る。

「あれ?言ってなかったっけ?」
「言ってない!」

そうだっけ?と首を傾げる十代に、遊菜は思わず頭を抱える。十代の抜けたところは好きだが、時々、どうしようもなく殴りたくなる遊菜である。

「ジムな、今夏休みだから、遊びに来てるんだよ」

簡潔に説明をした十代に、遊菜は なるほど と納得をしてジムに向き直った。
そして、日焼けを知らない真っ白な手を差し出す。

「久しぶり。ジム」
「oh!久しぶりだな!遊菜」

相変わらずな胡散臭いしゃべり方に苦笑を漏らしながら、遊菜はジムと握手を交わし、再会をよろこびあった。

「ところで、遊菜」

握手を終え、いざプールに向かわんとする一行を、ジムの一言が止めた。
呼び掛けに応じて振り向いた遊菜に、ジムは困惑を隠しきれないように話し出す。

「彼女は誰だい?」

彼女……?遊菜はああ、と頷き、砂夜子を紹介しはじめた。

「この子は砂夜子ちゃん。宇宙人の砂夜子ちゃん。私の大切な友達だから、変なことしないでね!」

遊菜は限り無く明るく言うが、その瞳は、どこか本気の色が伺える。しかし、ジムはそれに怯みもせずに言葉を吐き出す。

「Beautiful…!!」
「は」

遊菜の低くドスの効いた一言に、十代とヨハンだけじゃなく、砂夜子までもが肩を揺らす。

「もしかしてジム…あんた、砂夜子ちゃんに一目惚れしたんじゃないでしょうね?」
「oh!All right!当たりだ!」

何も隠さずに言うジムに、遊菜は肩を下ろす。そして、瞳の端で砂夜子を確認すると、どこまでも無関心そうにあくびをしていた。
まぁ、砂夜子ちゃんは強敵だから、大丈夫だよね。 遊菜はそう諦めると、ジムに がんばってね と告げ、プールへ向かう足を動かした。


* * *


「ヨハンー!流るるプールに行きませう!」
「なんで古文風に言ったんだよ」

ヨハンの的確な突っ込みに、遊菜は笑みを漏らすと、ヨハンの腕を引く。
白のビキニを太陽光に輝かせながら走る遊菜に、周囲の男子は思わず目を向けた。長い髪の毛は綺麗にツインテールに結んである。それでもその髪は、腰の辺りまで伸びていた。

「いいのか、十代」

水着の上から水色のパーカーを羽織った砂夜子は、プールサイドに立てたパラソルの中から、付近に立つ十代に問い掛ける。

「………何がだよ」
「遊菜とヨハンのことだろう」

別に。そう漏らした十代は、砂夜子の隣に腰を下ろす。ちょうど遊菜が向かいにある流れるプールに飛び込んだ時だった。それに続き、ヨハンもそこに身を投じる。
一度潜水した遊菜は、十代と砂夜子を見つけると、その手を振る。 十代と砂夜子は静かに振り返した。

「十代!!ジムから砂夜子ちゃんを守ってね!」

それだけ言うと、遊菜は人魚のように、水中にはちみつ色をはためかせながら消えていった。ヨハンもそれを追う。さながら、人魚に恋をした王子のようだ。人魚姫が悲劇だということは、この二人には適用されないだろう。何て言ったって、王子の片想いなのだから。
遊菜らしい言葉に、十代は苦笑を浮かべ、砂夜子は首を傾げた。十代はそんな砂夜子にも苦笑する。

「砂夜子!」

両手にソフトクリームを持ったジムが、パラソルの下へと駆けてきた。その姿はさながら忠犬だ。

「ソフトクリームはいるかい?」

ソフトクリームという単語に、砂夜子は過敏に反応する。甘党な砂夜子にとっては、魅惑の響きだ。

「…………いただ」
「ダーメ」

ゆっくりと手を伸ばした砂夜子を、十代が遮る。遊菜から頼まれた限り、餌付けすらさせてはダメだと判断したのだ。

「why!?俺の邪魔をするのかい、十代!」
「悪いなジム。俺はお前に何の恨みも無いんだけど、遊菜が怒るから」

遊菜が怒る。その言葉に肩を揺らした砂夜子は、十代を見上げ口を開く。

「このソフトクリームを受け取ったら、遊菜は怒るのか?」
「怒るな」

俺に。 十代は心の中で付け足し、一人溜め息を吐く。
そうか…。と神妙に頷いた砂夜子は、それなら と腕を引っ込める。

「? 砂夜子、いらないのか?」

ジムの問い掛けに、砂夜子は頷く。するとジムは、飼い主に見限られた犬のように頭を垂れ、シュン…… というSEが付きそうなほど落ち込んだ。 それは砂夜子も同じで、目の前に大好きな甘いものを出されながらもお預けされ、項垂れている。
十代はそんな二人に挟まれて、息苦しそうに視線を泳がせた。

見ると、遊菜とヨハンがちょうどプールから上がってきたところだ。 楽しそうな笑顔に、十代は少しばかり胸を焼く。

「遊菜!」

今まで一度もこの場から動かなかった砂夜子が腰を上げ、遊菜に飛び付く。遊菜は パーカーが濡れるよ? と言うが、そういうパーカーだから構わない。 と砂夜子は更に腕に力を入れる。

「俺も!」

砂夜子に便乗して、後ろから遊菜に抱き着こうとしたヨハンは、遊菜の背中に回されていた砂夜子の右手にあえなく撃墜され、床に転がる。どうやら鳩尾に入ったらしい。

「遊菜。私はソフトクリームの誘惑に勝ったぞ…!!」

え? と首を傾げながら遊菜は、視線を持ち上げ、パラソルの方を見る。すると、ジムがソフトクリームを持っているのが見えた。それにより、十代が餌付けを阻止したのだと悟り、十代に親指を立てて見せる。 十代もせれに、同じく親指を立てて応えた。

「砂夜子ちゃん偉い!ソフトクリームは私が買ってあげる!」

遊菜の言葉に砂夜子は両の瞳を輝かせて頷く。
ジムはそんな遊菜を見て、「Rivalは遊菜か…」と呟いた。


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