家々に明かりが灯り始める。それと比例して暗くなっていく空。
時は夕暮れ。人々が仕事や学校から帰宅し、一家団欒の時間を過ごし始める頃。
遊城家も例外ではなく、橙掛かった明かりが灯るリビングで、夕食の一時を楽しんでいた。

「遊菜、遊菜。ハンバーグというのは不思議なものだな。ベタベタして柔らかい、よくわからない物質だったのに、フライパンに入れて少し待ったらこんな形になって固まったぞ」

「あはは、お肉っていうのはね、火を通すとこんなふうに固まるんだよ」

「ふむ、実に興味深い。私のいた星にはこの様な料理はなかった」

テーブルを囲んで、砂夜子は隣に座る遊菜に話しかけた。
相変わらず表情は固いものの、目はキラキラとしている。遊菜は笑って頷いた。
それを向かいの椅子に座って見ていた十代が呆れ気味に口を開く。

「当たり前だろー、そりゃあ生の肉に火通したら固くなるっての。当たり前過ぎて考えたこともないって」

「こら、フォーク振り回さない。お行儀悪い!」

フォークを軽く振りながら言う十代を、遊菜が軽く注意する。
十代は「おう……」とバツが悪そうに返事をして、フォークを皿の上に置いた。
素直である。

「そうか、貴様は疑問に思わぬのか。身近な疑問ほど私は解明したいと思うがな。よくわからないものに囲まれて生活するのが貴様にとっては当たり前なのか。ほう」

「……おう砂夜子、遠まわしに今さりげなーく俺のことディスった?」

「でぃする? なんだそれは」

そんなもの知らん、と言って、砂夜子はハンバーグを口に運んだ。
十代も同じようにハンバーグを食べる。その眉間にはほんの少しだけ不機嫌そうにシワが寄っていたが。

「ははは……ハンバーグおいしー」

遊菜は苦笑いし、ハンバーグを一口サイズに切り分けた。それをフォークに刺す。そして、そのまま自分の口元……ではなく、砂夜子の口元に持っていった。
砂夜子が遊菜を見る。

「はい、あーん」

「……む、いただこう」

特に何も言わず、砂夜子がそのハンバーグを食べた。遊菜はそっとフォークを引き抜くと、もぐもぐと咀嚼する砂夜子を見てくすりと笑う。
もぐもぐと動く頬をつつきたくなる衝動に駆られつつ、案の定目の前でぶすくれている十代の口元にも、先ほど砂夜子にしたように、ハンバーグを一口持っていく。

「十代も」

「……いいっての」

不機嫌そうに唇を尖らせる十代。
自分より先に砂夜子に食べさせたのが気に入らないらしい。

「そう言わずに、是非」

にこっと遊菜が笑う。この笑顔を向けられては、十代も断れない。

「……あー……」

……ん、と、十代が遊菜の手首を掴み、少々乱暴にハンバーグを食べた。
もそもそとハンバーグを食べる十代を見て、遊菜は満足げに頷く。
やはりみんなで囲む食卓はいいものである。十代とふたりだけでも良いが、たまにはふたり以上で食べるのも悪くない。今度はヨハンたちも呼んで壮大に盛り上げてみよう、と遊菜は思った。


* * *


 「この星は素晴らしいな、十代。シャンプーハットなる便利なものが存在するとは」

「砂夜子ちゃん、シャンプーハットするの初めてだったみたい」

夕食後、先に十代が入浴し、そのあと入浴を済ませた遊菜と砂夜子がリビングに戻ってきた。
ほかほかと頬を赤く染めながら、ふたりはソファに座る。
ピンクのもこもことした素材のパジャマを着た遊菜は、タオルで髪を吹きながらドライヤーを掛け始めた。ビュオオオと音を立てる強い熱風がはちみつ色の髪を揺らす。
砂夜子は遊菜のパジャマのフードについたうさぎの耳を軽く握ったり離したりを繰り返しながら、シャンプーハットとの衝撃的な出会いについて語っていた。

「あんな素晴らしいものがあるとは。シャンプーが目に入らないのだ、驚いた」

「……おー、そうか。そりゃあよかった」

「うむ」

黒いスウェットに身を包んだ十代は、ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、麦茶を飲みながら適当に返事をする。
シャンプーハットか、それはよかったな。
だがそれよりも、十代には気になることがあった。それは。

「砂夜子、お前って意外な趣味してんのな」

「む?」

十代はピッと砂夜子を指差した。正確には、砂夜子の着るパジャマを。

「……そうか? 別に普通ではないか」

砂夜子は自分の格好を見回して、首を傾げた。
黄色い生地に、背中には茶色の縞模様。同じ縞模様がついたギザギザ尻尾。
フードには赤いほっぺと長い耳。耳の先は黒かった。

「でも……ピカチュウって……」

砂夜子が着ているのは、ピカチュウの着ぐるみパジャマだった。
上下一体のパジャマを着ながら動く砂夜子はなんだかいつもと違って鈍臭く見えると密かに十代は思った。

「ピカチュウのパジャマ可愛いじゃん。似合ってるよ砂夜子ちゃん」

「ありがとう」

「ていうか、何でピカチュウ」

十代が麦茶をおかわりしながら質問すれば、砂夜子はフードを被り、答える。

「私の星でも親しまれているのだ。ピッピカチュウー」

あ……さいですか。
十代はそう言って、麦茶を一気にあおった。

「ね、せっかくだしDVDでも見ない?」

髪を乾かし終えた遊菜が言う。長い髪はいつもと同じように軽やかに揺れた。
十代と砂夜子は頷く。それを見て遊菜はあらかじめ用意していたDVDを取り出す。

「じゃーん、となりのトトロ〜」

とある姉妹と森の物の怪の心温まる有名な作品だ。
しかし、十代が不満げに声を上げる。

「えー、それもう何回も見たぜ。俺は洋物ホラーとかがいい」

「却下!」

スパッと遊菜が十代の意見を叩き潰す。十代はホラーのDVDを掲げるも、遊菜に無視された。

「砂夜子ちゃんは?」

「私は……」

遊菜は砂夜子に話を振る。ピカチュウのパジャマを着ているくらいだし、きっと可愛らしい映画を提案してくれるに違いない。

「私は……『悪魔の手毬唄』なるものが見てみたい」

「………………」

遊菜が顔を引きつらせた。可愛らしいものどころか日本のミステリーホラーを提案されてしまっては仕方ない。
砂夜子の両手にそっと握られたDVDを直視しないようにして、遊菜は歯痛でも我慢するかのような表情を浮かべた。

「じゃあ、公平にじゃんけんしよう。勝った人の持ってるDVDを見る」

「おう! 負けねえぜ」

「うむ……じゃんけんか、いいだろう」

3人は拳を付き合わせ、互いに顔を見合わせた。
最初はぐー! じゃーん、けーん、ぽい!!

* * *


 「うう……ぐすッ、怖かったよお! 夜眠れないよお」

「ふむ、この星に……日本に昔から伝わる謡というものは大変面白いものだな。都会から離れた、閉鎖的な村ではの恐ろしさがある」

「俺は詐欺師の件でピンと来てたけどね」

白熱したじゃんけんの後、勝利は砂夜子のものとなった。
約束通り砂夜子が持ち込んだDVD『悪魔の手毬唄』を見ることになったのだった。
探偵、金田一耕助が、静養に訪れた村で次々と起こる、手毬唄になぞられた不気味な殺人事件を解いていく物だ。横溝正史が送る推理小説を映画化したものである。

「ふん、どうだか」

「いやこれほんと」

「もういいよお、さっさと寝よう! 眠れないけど」

遊菜がふたりの肩を叩く。しかし苦手なホラーを見たあとのせいか、緊張して、とても眠れるような状態ではなかった。
上映中、遊菜は終始、砂夜子と十代の服の袖を掴み、時々叫び声を上げ、最後にはほとんど泣いていた。

「どんだけ怖がりなんだよお前。そこまで怖かったか? 叫ぶようなシーンも泣くようなシーンも無かっただろう。謎解き楽しかったじゃん」

「わわわわ私が怖がりなの知ってるでしょ! だってあの手毬唄すんごく不気味だったじゃん! なんていうかこう、わっと驚かす感じじゃなくて、じわじわ来る感じが怖いんだよ!」

遊菜が顔を真っ赤にして言った。十代は呆れたようにため息をつき、遊菜の頭をぽんぽんと軽く叩く。

「うーちのうーらのせんざいにー、雀が3匹とーまってー」

「あああああやめろやあああああ益々眠れないだろおおおお」

遊菜が頭を抱えた。ピンクの兎耳が垂れている。
そんな遊菜の肩を砂夜子が叩いた。

「砂夜子ちゃん……」

砂夜子の目元は優しい色をたたえており、遊菜は少しだけ冷静さを取り戻す。
はっきりとした表情を砂夜子は浮かべないが、目元には感情がよく出ることを遊菜は知っていた。砂夜子の手に自分の手を重ねようとしたとき、砂夜子が口を開いた。

「一番目の雀の言うことにゃーおらが在所の陣やの殿さん」

「あああああああ!!!」

遊菜がブランケットを被って絶叫した。
十代はその様子を見て笑い転げ、砂夜子は「悪戯が過ぎたかな」と言って少しだけ反省した。

「もうむり、今夜はオールな! 私もう眠れないわ」

「えー、ちゃんと寝ないとお肌に悪いぜ」

「女子か!」

遊菜が素早く突っ込んだ。
砂夜子はふたりのやり取りを見ながら、じっと考える。
そして何かを思いついたのか、いつも大切にしている地球儀を取り出した。

「では、少し旅に出ようか」

「……え? た、旅?……」

砂夜子はソファから立ち上がり、部屋の中央まで移動した。
ギザギザのしっぽと長い黄色の耳が揺れる。
部屋の中央まで来た砂夜子は、地球儀をフローリングの上に置いた。

「この街も好きだが、海の向こうも良いものだ。明かりを全て消してくれ」

「う、うん」

言われた通り、遊菜が部屋の明かりを全て消した。
当然、部屋は真っ暗になる。
真っ暗な部屋はでは壁も天井もどこにあるのかわからない。
遊菜は暗闇に目が慣れず、近くにいた十代の腕を掴んだ。

「……あ!」

暗闇の空間に一粒の光が生じた。部屋の中央で輝く地球儀が見せているらしい。
その光はみるみる大きくなり、部屋一面を照らす。そして異国の風景を映し出した。
壁や天井をスクリーン代わりに、美しい西洋の街並みが部屋の中に出現する。
まるで入り込んでしまったようだ。

「すごいすごい! なにこれ! あ、みてみて猫!」

「お、今度は海だぜ。お前いろんなとこ行ってんだな」

「こう見えて旅好きなのだ」

遊菜と十代が言った。砂夜子はソファに座り、頷く。
3人はソファに並んで腰掛け、映し出される様々な風景を眺める。
それは異国の町並みだったり、赤く染まった夕暮れの空だったり、水溜りや木々、葉っぱだったり、小道を行く野良猫だったり、ケーキ屋だったり、沢山の人々だったり、様々だ。

「いいなあ。私もこんなとこ行きたい。行ってみたい」

「行けるよ、結構簡単だぞ」

「そりゃあお前は簡単だろうな。あれだろ、UFOでびゅーんと行っちまうんだろう」

「残念、UFOは街を散策するとき邪魔になるから封印だ」

映像が切り替わる。船に乗っているのか、船のテラスと海面が映った。
十代が黙る。それを見て遊菜が笑った。
海を超え、新たな街に入ったところで、また映像が変わった。

「大人になったら、きっと十代が連れて行ってくれる」

「そうそう、俺が……って、おい」

十代が砂夜子を見るも、砂夜子は知らん顔だ。
よくわかっていない遊菜は笑顔で頷いている。

「うん、楽しみにしてる!」

いつの間にか、映像は星空を映し出していた。
港にいるのか、灯台の明かりと暗い海が見える。そのまま真上を見上げ、部屋いっぱいに星空が広がった。

「……きれい」

「おう」

ちょっと変わった世界旅行、もといプラネタリウムを楽しんで、遊菜と十代は満足してくれたようだ。
砂夜子は小さくあくびをすると、膝を抱える。
すぐ隣で遊菜と十代がなにやら話しているが、自分が会話に参加する必要はなさそうだ。今部屋を埋め尽くす星たちは、朝を目指して動いている。
部屋の外と同じように、本物の日の出とともに朝を迎えるだろう。
先ほど遊菜がかぶっていた大きなブランケットの端っこにそっと潜り込み、砂夜子は目を閉じた。

うむ、良い一日だった。



ピカチュウ……ポケットモンスターより
となりのトトロ……ジブリより
悪魔の手毬唄……横溝正史著、金田一耕助より

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