「良かったねー、晴れて」

島の浜辺で、手に持ったバケツを砂浜の上に置きながら、吹雪が言った。
紺色の浴衣を着込んだ吹雪は満足げに夜空を見上げる。
月明かりに照らされ、柔らかく笑む姿はとても画になっていた。

「うん。最近は雨続きだったから、今夜は晴れてよかった」

すぐ隣に立つ露樹が笑顔で頷いた。
白い生地に紅い花を誂えた浴衣に身を包んだ露樹は、腕の中に沢山の手持ち花火の袋を抱えている色とりどり花火を足元に置いて、吹雪の手からバケツを奪った。
「わ……」と驚く吹雪にいたずらっ子のような笑顔を見せ、そのまま波打ち際へ駆ける。
砂浜を下駄で走るのは難しい。時々転びそうになりながら、なんとか波打ち際にたどり着くとしゃがみ込んだ。バケツに海水を入れていく。

「露樹、僕がやるって」

「いいよいいよ」

私がやる! と意気込んでバケツを持ち上げた。
が、濡れた砂浜は足場が悪く、露樹の足はフラフラと頼りない。
その姿に見かねて、亮がバケツを露樹の手から取り上げた。

「大人しく吹雪に任せればいいだろう」

亮はバケツを持ち、露樹を振り返った。藍色の浴衣に身を包む亮は吹雪同様それはそれは様になっており、女子たちが見れば黄色い悲鳴を上げるだろう。

「そうそう、バケツひっくり返して転んでも知らないぞ」

「……うるさいよ藤原」

藤原。
露樹はそう言って、少し離れた所に立っていた藤原を睨めつけた。
吹雪たちと同じように浴衣を着た藤原は呆れたようにため息を付く。
藤原は歩きにくそうに下駄を引きずって亮の隣に立つと腕を組んだ。
露樹はじとーっと藤原を見ると、何も言わずに花火の袋を拾い上げ、さっさとひとりで準備を始めてしまった。


 * * *


 「あははは、やっぱり花火は両手持ちだよね!」

吹雪が両手に持った花火を振り回す。
その火花が、すぐ傍でひとり楽しんでいた藤原の袖元に降りかかった。

「あつ! 危ないだろ!!」

飛び上がるように吹雪から離れた藤原が涙目で怒鳴った。

「あっはは、藤原どんくさいなあ」

「笑うな露樹! ……って、あっつい!」

少し間を空けた所で花火を持っていた露樹が笑い、それに藤原が怒る。
吹雪は相変わらず花火の両手持ちを止めないし、露樹は笑い転げている。
藤原の心は少しへこんだ。

「おい、藤原が可哀想だからやめてやれ、吹雪」

黙って見ていた亮がようやく口を開いた。
ぱちぱちと火花を散らす花火を片手に吹雪を注意すれば、吹雪は口の端に笑を浮かべたまま花火を振り回すことをやめる。ごめんごめん、と適当に謝りながら、消えてしまった花火を海水を張ったバケツに放り込んだ。

「あ、私のも終わっちゃった。次はどれにしようかなー……」

露樹の手の中の花火も煙を残して消えてしまった。
それをバケツに入れ、新しい花火を物色する。がさごそと袋の中を探り回して、気に入った一本を見つけ出すと火を付けた。
花火はすぐに火花を吹き出す。露樹は色とりどりの光を見て楽しげに声を漏らす。

「やっぱり! これ正解だったかも」

自分好みの花火に出会えたらしく、嬉しそうに花火を揺らした。
花火と共に小さく揺れた浴衣の袖を、藤原は見つめる。
花火に照らされ、ぼんやりと暖かな影を作る露樹の顔に視線をずらせば、ついじっくりと眺めてしまった。

「……………」

見慣れない浴衣姿のせいか、綺麗だと思ってしまった。
吹雪や亮がいつも以上に格好良く見えるのと同じことだと、決して特別な気持ちではない、と藤原は自分に言い聞かせる。
手元で美しく輝く花火のことなどすっかり忘れ、藤原の意識は完全に別のところに持って行かれていた。

「……ん? 何、藤原」

藤原の視線に気が付いた露樹がこちらを向く。目があった。
結い上げた髪にそっと手を添えて、露樹は藤原を見ると少しだけ微笑んだ。

「……い、いや。なんでもない」

「そう? ていうかさ、花火、消えてるよ」

無理やり視線を引き離せば、露樹が藤原の手元の花火を指差して言う。
藤原は視線を落として小さく声を漏らした。煙を上げることすらしなくなった花火を見て、ため息を付く。再び露樹を見れば、彼女はもう亮のもとへ行ってしまっていた。

「………………はあ」

もう一度ため息を付き、新しい花火を物色することにした。


 * * *


花火というのは一本一本の楽しむ時間が短いせいか、あっという間に無くなってしまう。沢山あった花火も、一時間もすればだいぶ減っていた。
バケツの中にどっさりと溜まっている遊び終わった花火たちを眺める露樹と藤原に、吹雪と亮が声を声を掛ける。

「ねえ! 線香花火やろうよ!」

「やるだろう? こっちに来い、ふたりとも」

それを聞いた露樹が大きく頷く。「やるやる!」と言って藤原の手を引いた。
藤原は突然のことに驚きつつ、されるがままに歩き出す。掴まれた手を振りほどけなかった。並んで歩き、吹雪たちの元へ行く。

「よし、じゃあ勝負ね! 誰が一番長く続くか。最初に終わった人があとで皆のアイスおごり」

露樹がにっと笑う。
そのまま浜にしゃがみこみ、吹雪たちに同じようにしゃがみ込むよう催促する。
3人がしゃがみこめば、露樹はそれぞれに線香花火を手渡した。


 火を付けて、少しすると線香花火の先端から火花が散り始めた。
ぱちぱちと紅い火花が広がれば、露樹が感嘆の声を上げる。
火花は次第に勢いを増し、けれど静かに輝きを放つ。

「綺麗だねえ。やっぱり最後は線香花火だよ」

「うんうん。風流だねえ」

吹雪と露樹が言えば、藤原は呆れ気味に口を開け、亮は優しく笑う。
露樹は藤原の態度に若干不満を覚えたが、気にすることなく花火を楽しむことにした。
露樹が隣にしゃがんでいた亮にそっと寄り添えば、もう片側の隣に座っていた吹雪が軽く頭を撫でた。擽ったそうに笑う露樹を亮は優しく見下ろし、吹雪は歯を見せて笑った。

「………………」

ぴったりと寄り添い合う3人を前に、今度は藤原が不満げに唇を尖らせた。
仲間はずれにされた気分である。
……それだけではない気もしたが、あえて藤原はそれが何か考えようとはしなかった。

「……あ」

藤原の手元の線香花火が、小さな火の玉を浜の上に落として消えた。
誰よりも早く花火が消えた藤原がほかの3人にアイスをおごることが決定した。

「お! アイスげっと!」

吹雪が言った。一緒に露樹が頷く。
嬉しそうなふたりと、がっかりとした様子の藤原を見て、『あとで幾らか助けてやろう』と亮は密かに思った。高校生の財布は薄いのだ。


 * * *

 
 「あのさあ、露樹……」

「うん?」

藤原(と、亮)が購買で買ったアイスを食べながら、一行はブルー寮を目指して校内を歩いていた。
前を歩く亮と吹雪の後ろを、藤原と露樹は並んで歩く。
その時、藤原はどこか言いにくそうに口を開いた。露樹は藤原を見る。
藤原はぽりぽりと頬を掻きながら、小さく言った。

「……その、浴衣……似合ってる、ぞ」

「…………え、今頃?」

藤原の頬は少しだけ赤かった。
露樹としては、一番最初に言って欲しかった言葉だが、藤原は気恥ずかしくて言えなかったのだろう。
露樹はなんとなくそれを察した。

「……ありがとう。藤原も浴衣、似合ってるよ!」

そう言うと露樹は藤原の肩を軽くたたき、前を行く吹雪たちに並んだ。
藤原はぽかんと口を開け、ただただ呆然とするしかなかった。


back


 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -