午後、眠たい目を擦り、十代がペンを握った。
テストを間近に控え、自習となった5限を図書室で過ごしていた。
「……あー、俺やっぱ勉強無理だわ」
「そう言うなよ十代、筆記もしっかり取っておかないと後々泣くはめになるぜ」
向かいの席に座り、ノートを広げていたヨハンが十代の肩を軽く叩く。
「そうだけどさぁ、やっぱりこう……頭に入らないというか」
「ははは、そりゃどうしようも無いな……。」
ヨハンが小さく苦笑いをした。十代は唇を尖らせ、ヨハンを睨む。
「わ、悪かったって……」
「別にいいけど。……あ、そうだ。なあヨハン」
「うん?」
十代がひそひそ話を始める。ヨハンは十代との距離を縮め、耳を傾ける。
「ヨハンはさ、どう思う?……露樹さん」
「どう思うって……。」
2人は、少し離れたテーブルに吹雪と共につく露樹を見た。
露樹は吹雪と控えめに談笑しながら勉強しているようだ。
ヨハンと十代は視線を戻し、再び向かい合う。
「どうって別に……、“さすが余裕そうだなあって思ったけど」
「えっと、そういうんじゃなくてっ!」
十代が語気を強める。
「もっとこう、普段どう思ってるのかってことをだな……」
「ああ、そういうこと」
ヨハンが頷いた。そして考える仕草を見せる。
「そうだなぁ。まず、いかにも優等生って感じだよな。留学帰りなだけあって。気さくだし、いい人だと思うよ」
「ほ〜……」
「あと、美人。」
「……まあ、そうだな」
「何でそんなこと訊くんだ?」
ヨハンが不思議そうに瞬きをした。
十代は少し悩んだ顔をする。
「……実は……あ、いや、やっぱり何でもないや」
「え、言えよ。気になるじゃん」
十代は、屋上での出来事を思い出し、口に出そうとするも躊躇う。
自分と同じく精霊と触れあえるヨハンに、露樹の言葉を伝えてしまって良いのだろうか。
自分が感じた、微かな恐怖をヨハンも感じてしまわないだろうか。
「ごめん、ほんとに何でもない。突然変なこと訊いてごめんな」
「や、別にいいけど……。」
ヨハンは少しだけ考える素振りを見せるも、直ぐに勉強を再開してしまった。
(……露樹さんのあんな冷たい目、初めて見たな……。吹雪さんの前でも、ああいう顔したことあるのかな)
十代は心の中でそう呟いて、ノートに目線を落とす。すると、ノートに人影が写っていた。自分やヨハンのものではない。
顔を上げた。
「……あ、露樹さん!」
たった今まで考えていたその人が、教科書を抱えて立っていた。
『やっほ、十代くん、ヨハンくん』
「露樹さん」
ヨハンも気付いて、露樹を見上げた。
『どう?勉強捗ってる?』
「まあまあですかね」
「俺は、さっぱり」
ヨハンに続いて十代が答える。それを聞いて露樹が笑った。
『ヨハンくんは大丈夫そうね。じゃあ、十代くんに勉強教えてあげる』
「いいの!?」
十代は、先程の重たい考えを隅に押しやり、代わりに教科書とノートを引っ張り寄せた。
露樹が十代の隣に座る。
『いい?難しいことなんて無いわ。“勉強”って漠然と思うから面倒なの。小分けにすれば楽なもんだよ!テストなんてさ、大方教科書以外からは問題出ないし、今回範囲も狭いから、集中的に押さえれば大丈夫!』
「おうっ」
『応用問題もパターンがあるから、攻略は簡単!』
「うんうん!」
『で、今回の範囲とポイントだけど……』
十代と露樹が教科書とノートを挟んで、本格的に勉強を始めた。その様子を眺めながら、ヨハンが溜め息をつく。
「……なんか、疎外感」
彼の呟きが、2人に届くことは無かった。