52…初めて抱いた激しい感情の名は?

説明が終わり、それぞれが遊び寛ぐ中……ソラと雪男はシュラに呼ばれていた。
パラソルの下でシートの上に横になりながら、シュラは二人に座るよう手招きする。

彼女の両隣に渋々ながらも座った二人のうち、最初にソラへ悩みごとを話せとシュラは言う。

軽く目を見開き、特には……そう口にしたところで、盛大に砂をかけられた。


「嘘はイカンぞ。嘘は……アタシにも話せないような重ーい悩みなのか?それとも、アタシの事がキライか?」
『嫌いなわけ……ありません。ただ、その……』


体操座りのままソラはウジウジとしだす。
その様子に雪男やシュラはらしくないと首を傾げている。

その視線に堪えられずに彼女は小さく……『あまりにも情けない内容なので……』と呟いた。
眉間にシワを寄せ、口をへの字に曲げているソラに声をかけたのは雪男だ。


「不浄王討伐の時から様子が変だったね。僕も気になっていたんだ……大丈夫。他言はしないって約束する」
「………………………」


シュラはジト目に近い視線を雪男に送っているが、当の本人は素知らぬふりをしている。
悩み相談に呼ばれた内の一人で、一番厄介なお前が何言ってんだ……と、シュラは心の中で思う。

雪男の真剣な眼差しにソラは観念し、視線を前に戻して話しだした。


『私は小さい頃から鍛錬を重ねてきました。暇さえあればずっと……何年も…』


思い出すのは過酷な修行の日々……楽しかったのもある。
特に獅郎との手合わせは幸せな一時だったと微笑みながら彼女は言う。

今の様な力を得る為に、費やした時間も苦しみも無駄ではなかったと続けるが……ソラの視線は皆と海で遊ぶ燐へと向けられた。

僅かに眉を下げて口を開く。


『それでも、私は人々を守る事など出来ませんでした。戦う事を望んだ彼を置いて行きながら……不浄王を倒す算段すら何も……っ』


悔しげに唇を噛み締めた後に、ソラは再び話し始める。
その様子を黙って聞いている雪男は彼女が抱いた感情に気づきつつあった。

彼もまた似た想いを抱き生きてきたからだ。


『なのに……燐は不浄王を倒した。力に目覚めて半年と経たない……炎の扱いの訓練を始めたばかりの彼が……』

『オーラを使用するから余計に……あれ程のエネルギーを操る事がどれだけ困難か知っているから………気持ち一つでやり遂げたと本人から聞いた時はもっと……っ!』


悔しげにそこまで言って、彼女は再び硬く口を閉じてしまう。
シュラは背中を擦り優しい声色で……「最後まで言え。恥じる事じゃない」と言葉をかけ、雪男は心の中で安心にも似た感情を抱いていた。


『っ………私は……あの日、あの時………燐に対して………』


ソラは顔を膝の中に埋め、声を必死に絞り出した。
その言葉に二人は察してはいても驚きを見せる。
普段の彼女はポジティブ思考の燐擁護派であり、今回の事もしえみ達と同じ感情を抱き、共に喜ぶ筈だったのだ。

本人も意外だった感情に戸惑いながら恥だと思い、友人として、仲間として決して口にしてはならないと心の内に閉じ込めていた。


『っ!……嫉妬、していましたっ!』


長年かけて得た肉体と能力、錬金術に至っては前世から引き継がれたもの……
それらを以ってしても勝てなかった相手を、つい最近まで普通の子どもとして育ち……鍛えたこともない燐が倒した。

それも、膨大なエネルギーを……ミスも許されない土壇場で、己が想い一つの変化で成し遂げている。

それを目の当たりにして何も思わない訳がない。
今迄の自分が費やしてきた日々は何だったのかと……悔しさが込み上げてきたそうだ。


『………共に喜ばずに嫉妬する私って……嫌な女ですよね』
「別に。普通だと思うよ」
『「!」』


え?……そう声を漏らし、顔を上げたソラが雪男の方に振り向く。
彼は僅かに眉間にシワを寄せ、楽しそうにはしゃぐ兄を見ている。


「君がどんなに過酷な修行の日々を送っていたか知ってる。僕も小さい頃から父さんに鍛えられていたし……」
『すみません。ちゃんと気づいてあげられなくて……』


ソラは雪男が何かに怯え泣いている姿を思い出す。
傷だらけになる事もあったが、イジメられた訳ではないと……頑なに真実を話さなかった。

後に獅郎から燐やソラを含む、一般人に話してはならないと口止めされていた事が判る。
塾に通いだして、幼き日の雪男が自分達の知らない所で絶え間ない努力と恐怖に堪えていたのだと知っていく。

震えて泣いている幼い友人の傍にいるか、時には優しく抱きしめることしか出来なかったソラ。
彼女は雪男の方が過酷な幼少の日々を送っていたのだと思い出し、もう一度謝罪する。

すると、雪男はソラの方を見て苦笑しながら返す。


「謝る必要はないさ。隠していたのは僕の方だからね……それに、ちゃんと傍にいてくれた。今だって……!」
『………どうしました?』
「……いや、何でもないよ」


途中で言い留まった雪男は再び海へと視線を戻し、少し焦りながらも先程の続きを話しだす。
隣で横になっているシュラは少しでも雪男の本音を知ろうと観察している。


「どんなに頑張っても、堪えても……費やした時間も努力も……関係ないと言わんばかりに前へと進んでいくのが兄さんだ」

「………他の皆よりずっと近くで、長年連れ添ってきたから余計に……そう感じるんだよ」


フッと小さく自嘲気味に微笑った雪男は、傍に置いてあったお茶をソラに向かって投げ渡した。
幾分か表情が柔らかくなっているソラに彼は笑みと共に言う。


「おつかれ。ソラ」
『!』


幻滅されるのではと思っていたソラは、雪男が自分の気持を肯定してくれたことも、変わらずに笑顔を向け労いの言葉をかけてくれた事も嬉しくて堪らないようだ。

泣きたいような、笑いたいような複雑な心境の彼女は、緩みかけた頬を思いっきり叩いた。
驚く二人を他所にソラは両頬を叩いた状態で、視線を逸らしながら礼を言う。


『……ありがとうございます。だいぶと楽になりました』
「そう。助けになれたなら……良かった」
『……ユッキーナ、シュラさん、ご心配をおかけしました』
「台無しだよ」


真顔で突っ込んだ雪男の隣では、シュラが口を抑えて笑いを堪えている。
その状態のまま、彼女は雪男の肩に手を起き口を開く。


「んじゃ、次は……プッ…ユッキーナの番な。ユッキーでも良いんじゃね?」
「その名で呼んだら、他の先生方に……貴女が生徒へ酒を飲ませたと報告しますよ」
「スンマセン……」


雪男の目が本気だった事もあり、シュラはすぐに謝った。
そして、不満の類があるだろう?と問われた雪男はシュラを軽く睨みながら返す。


「シュラさんは気を抜きすぎです」
「アタシかよ!?」


なんでアタシなんだ!他にあるだろ!と叫ぶシュラを無視しながら彼は続ける。
燐は処刑宣告を受けたまま、メフィストが守ると言っても彼自体が油断できないのだと言った。

ちゃんと何か考えがあるのかと問われたシュラは、明るい声で考えていると返す。
信じられないといった視線を送る雪男にソラも暫くは大丈夫ではないかと言う。


『メフィさんは燐を祓魔師にしたがっています。少なくとも資格を得るまでは……その後の事が想像できなくて怖いのですが』
「フェレス卿の真意が分からないうちは油断しない方がいい」
『はい。私達の方でも処刑宣告を取り下げてもらえるように動かなければなりませんね』
「…………そうだね」


二人が楽しそうに笑う塾生達を眺めて口を閉じる。
そんな二人にシュラは盛大なため息を吐き、雪男にミネラルウォーターを投げ渡す。

そして、自分も座って開けるはチューハイ……後輩二人は注意する気になれないのか見なかった事にしている。


「若いもんが揃いも揃って……お前ら将来ハゲるぞ。後悔するからせめて今は楽しめ!ほれ、カンパーイ!」
『カンパーイ!』
「…………かんぱーい」


シュラとソラは豪快に飲み、雪男は至って普通に水を流し込んだ。

シュラは困った後輩だと苦笑し、ソラは気持ちを吐き出した事や話を聞いてくれた二人に感謝した。
雪男は自分と似た感情を持つソラに親近感を抱き、一人ではないという事が彼の心を少し和らげたようだ。






それでも、人はいきなり変われるものではない。
悩み苦しみながらも彼らは戦い、共に進まなければならないのだ。


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