48…素直に謝れる大人になろう

朝方に眠り、ソラが起床したのはその日の夕方だった。
ピカはタオルで包んだアイス枕に抱きつき爆睡中だ。

汗でベタついている体を洗おうと入浴して、今は一人で屋根の上に座っている。
寝巻き用にと持参していたTシャツと黒のショートパンツ……その上からロングパーカーに袖を通す。
暑くならないようにと前ボタンは開けたまま。


『……………………………』


日も落ち始めている涼し気な時間に何をするでもなく、静かに風景を眺めるだけ……
そんな彼女の隣にポンッと煙と共に現れたのはメフィストだ。

いつもと変わらない陽気な挨拶を交わした彼は、立ったままソラへと話しかける。
ちなみに、彼女は一度としてメフィストに振り向いてはいない。

労いの言葉や発火布で作られた手袋はどうだったか等、問えば簡潔に淡々と答えるソラ。
そんな彼女の反応がつまらないのか、メフィストは盛大なため息を吐く。


『………燐の処刑を阻止する事は出来そうですか?』
「今は断言できませんが、今回の事件で私以外の信用できる証人が何人もいます。不浄王を倒し、炎をコントロールした事実は彼らを黙らせるのに有効でしょう」


そうですか……それだけ口にしてソラは眉を下げ、小さく息を吐いた。
処刑宣告が取り消された訳ではないが、助かる可能性が高くなったのは、彼女の心を少しばかり楽にしたようだ。


「さすがの貴女でも、今回の事は負担が大きかったようですね」
『ええ。特に精神的にキツかったので……このままグータラしようかと迷い中です』
「ええー……」


メフィストはせっかく京都に来ているのに?と信じられないといった様子でソラを見る。


「明日は一日休みなのだから、皆と観光でもしてきなさい!若いうちからダラダラと引きこもってどうするんです!」
『せやけどオカン……今はそういう気分じゃないんですよぉ』
「そんな腑抜けた声だしてもダメよ!行くの!これはオカ……理事長としての命令です!」


流れに乗ってオカンと口走りそうになったところで漸く我に返ったメフィスト。
若干焦り気味に咳払いをし、元の喋り方で指を向けながら言い切った。

その時、心底面倒くさそうなソラが振り向き渋る。
断固として譲らない両者、ソラは頼みを聞いてくれるなら行ってやると上から目線で言う。
これにはメフィストの片眉がピクピクと動いている。


「今日の貴女は本当に面倒くさいですね」
『偶には良いじゃないですか……二つありますがOK?』
「………内容によります」
















それから暫くすると、完全に日が落ちて辺りは暗くなっていた。
メフィストと別れたソラは、盛大になる腹の音を止めようと大広間に向かっている。

到着すると既に多くの人で賑わっており、彼女は一番端の席に座り黙々と食事を開始。


(ふむ。なんとか資金調達はできましたね……毎月の分も僅かですが金額を上げれましたし)

「…………ここ、良いか?」


一人で満足していたソラの机を挟んだ前方から声をかけたのは燐だった。
遠慮がちの彼にソラは笑みと共に了承する。

チラッと彼女が視線を横に向ければ、離れた席で勝呂やしえみ達が落ち着きのない様子でこちらを見ているではないか。

ソラが燐に視線を戻すと、安心したように笑顔を見せながら箸を割っていた。


(…………気を遣わせてしまったようですね)

「……ん?食べないのか?」


食べますよと言って食事を再開させたソラ。
大した会話もなく食べ続けること数分後、なんの前触れもなく彼女は一言口にした。


『………あの時はごめんなさい』
「………へ?」


突然の謝罪に燐は間抜けな声を出してしまった。
なんの事を言われているのか分からない燐を真っ直ぐに見つめながらソラは続ける。


『牢で……あの時、私は貴方を信じる事が出来ませんでした。共に戦おうと言えずに置いていく事を選んだ』

『貴方は不浄王を倒し、人々を救ったというのに……私は、素直に喜べませんでした』


すみません……そう言って頭を下げた彼女を燐は困惑しながらも「大丈夫だから!気にしてねぇから!」と言って、彼女の頭を無理やりに上げようと鷲掴みにした。

しかし、頑固として頭を上げないソラ……燐は立ち上がり力を込めて持ち上げようと頑張っている。


「だーから!俺は気にしてないんだって!頭上げろよ!」
『せやかてオカン!!』
「誰がオカンだ!!おまえ本当に反省してんの!?楽しんでない!?」


燐が疑問を抱いた所でソラは素直に頭を上げた。
勢い余って燐は尻餅をつくが、目の前の彼女は素知らぬ顔で茶を啜る。

コノヤロウ……そう睨むもソラの表情が一瞬、暗いものになり燐は頬をポリポリと掻きながら座り直す。


「………おまえはオーラを操る能力者だ。修行始めたての奴が出来るわけ無いって思うのは当然だろ」
『………結果、操れてますから』
「それは……そうだけどよ」


燐はあの時に下された判断は正しいと思っている。
逆の立場なら、自分も同じ事をしただろうと思える程に絶望的だったのだ。

今回の事は勝呂を始めとした仲間達がいたから、己の存在を力を認め、踏ん切りをつける事ができた。
それを伝えた後で燐はソラに礼を言い、彼女は何故?と目を見開く。


「閉じ込められた後、俺……このまま死んだほうがいいんじゃないかって思ったんだ」
『っ!』
「でも、すぐにお前が言ってくれた言葉が次々に頭の中に浮かんでさ……」


燐は強張った表情で言葉に詰まるソラに苦笑しながら続けた。


「人間や悪魔とか関係なく、俺だから友達になってくれたとか……俺の炎の事を褒めてくれたり、好きだって言ってくれた………何よりも、生きてくれって言ってくれたのスッゲー嬉しかったんだ!」

「あの時だって、俺の心配をしてくれてたんだろ?」


問われたソラは小さく頷いた。
彼女は目の前の友人からの笑顔が、言葉が眩しくて目を背けたくなるのに……不思議と心は穏やかだと感じている。


「あの時の言葉は俺を心配してのものばかりだったじゃねーか。それに、お前らが安心して任せられるような状態じゃなかった俺が……一番悪い。嫌な思いさせて悪かったよ」

『…………貴方は本当に……怖いくらいにまっすぐで、暖かい心の持ち主ですね』


そんな褒めんなよ!と照れる燐だが、ソラは僅かに歪んだ苦笑いで返す。
本当に少年漫画の主人公のようだ……と、思ってしまう程に彼は良い人なのだと彼女は改めて知る。


「んじゃ!仲直りしたし、別の話をしようぜ!」
『そうですね。私も他に話がありますし…』


どっちが先に話すかで更にもめて、最終的には同時に言う事となった。
まあ、二人とも明日は観光しようという誘いだったのたが……











その頃のしえみ達はというと、ソワソワしながらも見守り終えて安堵していた。
口数が少なく、いつの間にか姿を消していたソラを皆は心配していたのだ。

しえみが良かったと呟けば、皆も同意の意味を込めて頷く。
神木は頬杖をついてフンッと鼻を鳴らす。


「あーあ、暫くは静かに過ごせると思ってたのに。残念……」


ムッと眉間にシワを寄せる勝呂より先に、目の前に座る志摩がニヤッとしながら神木に言う。


「そんなこと言って……ソラちゃんが部屋にいないからって探しに行ったり、戻って来た時の為にお茶を布団の横に置い「なんでアンタがそんな事知ってんのよ!?」……見てたから」


語尾にハートを付けて志摩はニマニマと神木を見る。
彼女は見られていたと恥ずかしくなり、ワナワナと震えながら顔は赤くなっていく。


「明日は皆で行けたら良いね」
「「!」」


しえみが笑みを浮かべながら言った言葉は、再び皆の同意を得て、場を和ませた。
神木もまた、ツンケンしながらも楽しみのようだ。

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