47…蟠りのない人間などいない

広範囲に渡る青い炎の波が迫ってくる。
それを見た雪男は驚愕すると共に逃げられないと顔が強張っていく。

そんな彼の腕を掴んだのはソラだ。
反射的に振り向いた彼に、ソラは何処か悲しげに微笑みながら言った。


『大丈夫ですよ。アレは燐の優しい炎ですから……』


言葉を返す前に炎は二人を通り抜けて行き、彼らの肉体は焼かれずに周りの菌塊だけが焼却されていた。

自身の両手を見つめ呆然と佇む雪男とは違い、ソラは炎が送られてきた方を苦笑しながら眺めている。


「こんな事って……菌糸だけを…浄化したのか?」
『そのようですね……行きましょう』
「!」


そう言って走りだしたソラは雪男から見て、いつもと違うように感じられた。
彼の知る今迄のソラならば、満面の笑みで喜び、良かったと……凄いと燐を誉めている筈だ。

それなのに隣を走る彼女は、喜びと同時に別の感情があるのか複雑な表情をしている。
気になり声をかけようとするが、あと少しで目的の場所に着く為に言葉を飲み込み進む。

森を抜けた広い岩場には他の祓魔師や勝呂達が既に集まっていた。
燐の姿を目で探しながら歩き進む二人は、子猫丸の頭を撫でながら晴れやかな笑顔を見せる燐を発見。

その笑顔を見た瞬間、雪男は胸の奥が痛むような苛立ちを感じ立ち止まる。
ソラは怪我もなく、無事である事に安堵するも笑顔を見せていない。


「おっ!雪男とソラじゃん!お前らも無事だったか!」
「「!」」


燐は二人に気づいて笑顔のまま声をかけ、皆の視線が向けられる。
ソラは牢でのやり取りを思い出して胸が痛むも……『ええ……』と軽く笑みと共に返した。

そして、興奮を抑えられないのか、燐は二人に得意げな笑みを向け言う。


「どーだ二人とも!俺、ここにいる人達助けたんだ!!アゴはずすくらいビックリしたろ!」

「オメーらを追い抜く日もそう遠くないな!!」


その言葉に雪男は遂に我慢の限界を迎える。
処刑宣告を受けて考える間もなく戦場へ、藤堂との戦いでは己の心の内まで探りを入れられ精神的に追い詰められた。

兄への不満も心配も、彼を苦しめていたというのに……当の本人は疲れも見せずにはしゃいでいる。
人の気も知らないで……雪男からしてみれば腹ただしい事この上ない。

ズカズカと進み、彼は怒りを顕に燐の頬めがけて強く殴り叫んだ。


「ふざけるな!!自分の状況が判ってるのか!?」


驚く周りとは違い、ソラはこうなると分かっていて彼を止めなかった。
心配していた一人としては、多少なりとも雪男の怒りに共感していたからだ。

だが、今回の事で多くの人々が助けられ、燐の処刑が取り消しになる可能性が高くなった事も理解している。


(素直に喜べないのは……燐を信じなかった後ろめたさがあるのと……)


それ以上先は心の中でも呟くことはできなかったようだ。
皆が無事に生き延びた喜ばしい時に思う事ではないと、そんな自分の想いに自嘲を含んだ笑みを浮かべた。

そして、燐は口の中の血を吐き出し雪男へと真っ直ぐに目を向け返す。


「判ってるよ。やっと判った。俺は……やっぱりサタンの仔で、この炎(ちから)から逃げる事はできない」

「ずっと向き合うのが……認めんのが怖かった」


いつも前向きの言葉を口にしていた燐が弱音を……本音を口にし、二人は目を見開く。
それじゃダメだったんだよな……意識を失いながらそう口にして燐は倒れた。

倒れる前に雪男が身体を支え、兄を呼ぶが意識は既に失っている様子。
見た目は無傷でも肉体は疲労が大きかったようだ。





その後、燐も含む負傷者は旅館へと運ばれ治療を受ける事となる。
ソラも長いこと瘴気を吸い続けており、医師に診てもらえとシュラから言われるが……


『シュラさん、ハッピーエンドなのに……素直に喜べない私は、このまま長距離ランニングに行くべきだと思いませんか?』
「まっったく思わねー!!大人しく診察受けて寝てこい!」


軽く頭を叩かれ、渋々ながらも山を下りて行こうと脚を進めるソラ。
そんな彼女を心配し呼び止めたシュラだったが、タイミング良く仲間に呼ばれてしまう。


「しゃーない……ソラ、今日はとにかく寝ろ。んで、落ち着いたら話を聞いてやる!いいな?変な行動は取るなよ!」
『………はい』


苦笑しながら返事を返したソラは再び脚を進める。
次にシュラが呼ばれた先へと移動しながら盗み見るのは雪男だ。

先ほど燐を殴り叫んだ事で落ち着いてはいるが、表情は未だに硬い。


(燐や他の塾生達は親睦を深め、前に進むのに対し、最も近しい存在の二人は胸の内に蟠りを抱えて……雪男に至っては歩くストレスと化してんな)


上司として、姉弟子としてシュラは二人を気にかけている。
頭を荒く掻きながら面倒くさいと思うも、いつ話を聞いてやるかと考えていた。









旅館に着いてすぐにソラとピカは診察を受けて、点滴を打ってもらい寝る事になった。
自室のある勝呂や子猫丸以外の塾生六人は同じ部屋に布団を用意してもらっている。

ソラが布団に入る頃には皆が眠りについており、ピカと共に静かに布団の中へと入り眠りにつく。

その日、彼女が見た夢は幼き日の過酷な修行を繰り返していた時のもの。


゛強くなりたい!あの人よりも……以前の私よりも強くなって、エド達のように戦い、守る側の人間になるんです! ゛


゛今度こそ、最後まで生きる為に!失わない為……休んでなどいられません! ゛


【念】を使用出来るとは分かってから、彼女の鍛錬時間は増えていた。
燐と会うまでは親しい友人を作らず、当たり障りのない関係ばかりを築いている。

この時のソラは悪魔の事など知る由もなく、それでも過酷な鍛錬を重ねていたのは前世での未練があったからだ。

来る日も来る日も休まずに【念】や己の肉体を鍛えていく。
長い月日を重ねて漸く、現在のような強さを手に入れた。


゛まだまだ弱いなぁ……だが、二十年後くらい先だと俺もヤバイかもな ゛


いつだったか、獅郎が負けて横たわるソラに向けて言っていた言葉。
二十年後……普通ならばそんな先なのかと思うが、彼女は『二十年後ですか……』と嬉しそうに笑った。

二度の死を経験した彼女だが、最長で二十歳迄しか生きていない。
その先を生きられたらという憧れと、生きた分だけ強くなれるのだと思ったら自然と笑みが浮かんだようだ。


゛良いですね。更に鍛える時間を増やしましょうか ゛

゛それは駄目。これ以上は身体を壊すからな……たまには身体を休ませてやれ。それに、遊ぶ時間も減ってあいつらが寂しがるだろ ゛


そう言って獅郎が視線を遠くへとやり、ソラもその先を見ると……雪男と燐が物陰から覗いており、見つかったと慌てて隠れていた。

それを見たソラは『そうですね』と声に出して笑っている。
前世での友人だった兄弟と重ねる事もある奥村兄弟、再び得た大切な友人との時間を大切にしたい。
彼らとは十年、二十年先まで一緒に笑いあっていたいと心から思っていた。











獅郎に呼ばれてやって来た兄弟と笑いあいながら話をしている光景を最後に、彼女は目を覚ました。
ボーッとしたまま、ソラは先程の夢を思い出し軽く息を吐く。


(………今日は休もうかな)

[ 48/53 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -